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夕学レポート

2012年05月22日

「人事を尽くして 天命をもぎ取る」 二宮清純さん

photo_instructor_602.jpgスポーツジャーナリストとして、数百人、いや数千人のアスリートや指導者を取材・インタビューしてきた二宮清純さんは、勝負に「勝つ」人と「負ける」人を、識別することが出来るという。
負ける人は、決まって
「人事を尽くして 天命を待つ」
という。
それに対して、勝つ人は
「人事を尽くして 天命を“もぎ取る”ことが出来る。
人事を尽くすのは当たり前のこと、いくら尽くしたところで、天命は降りては来ない。従って待つものではない。自らもぎ取りにいかなければ絶対に掴むことは出来ない。
勝者はそう考えることができる。
「運は回転寿司のようなもの。各自に平等に回って来る。ただし時速300キロの高速で...」
運は、その有無を論じるものではない。気がつくか、つかないか。掴めるか、掴めないか。当人の能力を論じるものである。
これが、二宮さんが辿り着いた「勝者の思考法」である。
天命をもぎ取る。運を掴み取る。
二宮さんは、この感覚を「準備力」という言葉で評した。
ここまでやるのか。そんなことまで考慮するのか、という驚異的な執着心をもって準備する力、という意味である。
準備は表面からは分からない。言われてみればそうかという程度の小さなことの積み重ねでもある。
しかし、オリンピックでの勝敗を決するのは、この「準備力」に他ならない。


二宮さんは、自らの取材経験を振り返りながら、国際スポーツで、日本チーム(人)が「準備力」を発揮できた事例を三つ紹介してくれた。
ひとつは、2010年南アのサッカーワールドカップでの日本チーム。
この大会での日本のオンターゲット率(シュートが枠をとらえたパーセンテージ)は59%で出場チーム中第一位であった(98年の仏大会では、約20%で最下位)。
この理由は、選手の技能向上や精神力の醸成にもあっただろうが、それ以上に「ボールに慣れていた」ことがあったのではないかと二宮さんは見ている。
この大会の公式ボールは、アディダス社のシャブラニというブランド。表面がツルツルしていることが特徴のボールであった。
Jリーグは、いち早くこのボールを採用、選手達は感覚に慣れることが出来きた。国内リーグでシャブラニを使っていたのは、日本とドイツだけであったという。
前回の北京五輪の女子ソフトボールチームの優勝も「準備力」が支えたものであったという。
野球後進国の中国のこと、球場の設備やメンテナンスに思わぬ不備がでた。外野の照明が思いのほか眩しかったのである。
日本チームは、事前の入念なリサーチでこれに気づいた。そして急ぎでサングラスを特注し、決勝リーグでは選手に装着を義務づけた。その結果エラーはゼロであった。
一方、星野ジャパンは、そこまでの「準備力」を持っていなかった。
レフトのG・G佐藤は、大事な試合で二度も致命的な落球をした。彼の帽子の庇には、使われなかったサングラスが乗っていたという。
88年のソウル五輪での男子水泳100メート背泳の鈴木大地とヘッドコーチの鈴木陽二の「準備力」も凄かったという。
当時鈴木のライバルは、バーコフ(米)とポランスキー(ロ)。二人とも30M近くまでバサロで潜る泳法であった。一方、鈴木のバサロの限界距離は25Mに過ぎない。
バーコフは予選で世界新を出し絶好調、鈴木はポランスキーに続く3位で決勝に進んだ。
鈴木コーチは、この状況を予見していた。その上で精神的な脆さを持つバーコフを攪乱するために、決勝では鈴木大地にバサロの距離を30Mまで伸ばすように指示した。
鈴木の動きに動揺したバーコフは泳ぎを乱し、それに影響された隣のポランスキーもリズムを作れなかった。
最後は、ゴール間際タッチの差にもつれ込んだ。
一瞬早くタッチした鈴木の爪は、3~4センチも伸ばしてあった。
「勝つならミリでの勝負になる」と読んでいた鈴木コーチの指示で、この日に備えて伸ばしてあったのだという。
まさに「詰め(爪)の差」で、競泳16年振りの金メダルをもぎ取った。
日本サッカー協会のシャブラニ採用、女子ソフトボールの外野照明対策、鈴木のバサロと爪。いずれも取るに足らない小さなこだわりである。しかしそこまでこだわる人間は、それ以外にも数多くの工夫を積み重ねていたに違いない。そして、それらの多くは、きっと徒労に終わったのに違いない。
それを承知で、どれだけのムダを重ねることが出来るか。
「天命をもぎ取る」人間というのは、無数の徒労で培った土壌にしか、栄光の華は咲かないことを知っている人であろう。

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