夕学レポート
2012年07月24日
行動観察は、「声なき声」「見えない言葉」を可視化する 松波晴人さん
全ての答えは顧客(現場)にある。
顧客が答えを知っているわけではない。
このふたつの言葉は、一見矛盾するような命題だが、多くの業界で語られる信念体系でもある。
全ての答えは顧客(現場)にある
現場主義を標榜する小売業やサービス業、製造業では必ずそう言われている。
頭の固い保守的な上司を動かして、業務革新や制度変更を行わなければならない時に「これが顧客の声です」というひと言は、究極の殺し文句になる。
顧客が答えを知っているわけではない
マーケティングや商品開発の専門家は、「どんな商品が欲しいですか?」という問いを顧客に発することは絶対にしない。それは愚問だということを知っているから。
顧客は商品を評価することは得意だが、提案することは苦手なのだ。
顧客(現場)にある答えは、「声なき声」「見えない言葉」でしかない。
二つの命題を統合する理論的な概念を、学術的な言葉では
「情報の粘着性」という。
顧客が持っている情報は、粘着性が高くて、容易に他者に移転することが出来ない。移転するにはコスト(時間や手間)がかかる。
大阪ガス行動観察研究所所長の松波晴人さんが推進する「行動観察」というメソッドは、これに対するひとつの答えなのではないか。
「声なき声「見えない言葉」を掬い取るには、顧客の行動をつぶさに観察し、問題を抽出しなければならない。
次いで、抽出した問題に向き合い、さまざまな理論やツールを使って分析し、気づきや洞察を深め、解釈することが必要になる。
さらには、紡ぎ出した解釈から発想を広げ、いくつもの仮説を提示した方がよい。
最後に、いくつかの仮説をもとに、現場当事者と一緒になって議論したうえで、ソリューションを決定する。
これが、「行動観察」というものだと理解した。
これ以上の詳細の解説や事例紹介は、『ビジネスマンのための「行動観察」入門』を是非読まれたい。あるいは、大阪ガス行動観察研究所のサイトをご覧いただければと思う。
「行動観察」のポイントとして、私なりに認識した点はふたつある。
ひとつは、観察=ソリューション決定ではないという点である。
先述のように、顧客(現場)に潜む答えは、粘着性の高い情報である。移転するにはコストがかかるのだ。それを惜しんではいけない。
「なぜ」「ひょっとして」「こうじゃないか」という問い掛けと仮説立案を繰り返す段階がきわめて重要なのではないか。
「行動観察」には時間と手間がかかる。しかし、それはどうしても必要なコストなのだ。
ふたつ目は、「行動観察」決定論ではないということである。
「行動観察」を経て紡出されるソリューションは、絶対的な答えではない。あくまでも仮説のひとつに過ぎない。
ただし仮説と侮るなかれ。
専門家と実践家が喧々諤々議論して選び取った仮説が、真実に進化することもある。
顧客が持つ答えはひとつではないのだから。
従って、「行動観察」は手法というよりは、アプローチの仕方と呼んだ方がよいかもしれない。誰もがすぐに出来るわけではないが、習熟したスタッフが何人か育成できれば、組織のさまざまな問題に摘要できる。
講演終了後、松波さんのところには、何人かの実務家が挨拶に訪れた。
大手製薬メーカーでは、組織内に行動観察の専門家を育成することを決定し、適性者の選抜と育成に入っているという。
大手通信キャリアでは、スマートフォンのアプリケーションソフト開発に行動観察を取り入れようとしている。
大阪ガスのサービス生産性向上に向けた取り組みから始まった「行動観察」は、松波さんらの地道な活動を経て、サービスサイエンスという不毛地帯を切り拓こうとしているのかもしれない。
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