KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2012年10月26日

これまでとは異なった飛行機の乗り方  井上慎一さん

photo_instructor_636.jpg「LCCを作って、アジアの流動を取り込め」
2008年、当時の全日空経営トップから指示を受けた井上慎一さんは、航空業界にイノベーションを起こすべく、二人の人物に教えを請うたという。
ひとりは、一橋大学イノベーション研究所所長(当時)の米倉誠一郞教授。
米倉氏は、井上さんに戒めたという。
「”失われた10年”と言う奴にイノベーションは起こせない。”失われた”のではなく、”失った”のだから。 失敗を一人称で語る人間であれ」
もうひとりは、ライアン航空社長のパトリック・マーフィー氏。LCC業界で「レジェンド」と呼ばれるカリスマ経営者である。
マーフィー氏は、日本にこれまでLCCが誕生しなかった理由(数々の規制)を縷々語る井上氏を一喝したという。
「それに対して君はいったい何をしたのだ。他者に自分の人生を支配されていいのか!」
ふたりに共通しているのは、イノベーションは環境が起こすのではなく、人間の強い意志が可能にするのだ、というシンプルな原理である。
さて、わたしはLCCについてはよく存じ上げなかったが、欧米の航空業界ではすでに主流になっているようだ。


搭乗旅客数実績のデータでみると、国際線、国内線ともに世界第一位はLCCが占めている(国際線はアイルランドのライアン航空、国内線はサウスウェスト航空)。
欧州では、航空会社の全提供座席数の半分はLCCである。ちなみに既存のレガシーキャリアの座席数が減ったわけではない。LCC分が純増したのである。
LCCが新しい顧客を開拓したと言える。
「LCCを格安航空会社と訳すメディアがあるが、間違いである。」
「LCCは、低コストマネジメントを徹底した航空会社という意味だ」
井上さんは、それを強調した。
確かに、「格安」というと同じ商品・サービスが他社より安いというイメージがある。流通経路をカットしたり、仕入調達方法を変えることで、同じ商品・サービスを他社より低価格で提供できる、というのが「格安」モデルと言えるだろう。
LCCは、飛行機に関わるあらゆるコスト構造を見直すことによって、「これまでとは異なった飛行機の乗り方」を実現する。
同じエアラインであっても、レガシーキャリアとLCCでは、まったく違うモデルであると井上さんは言う。
ビジネスマンの出張需要がメインの既存エアラインに対して、peach社利用客のビジネス層は1割程度、これまで飛行機を使わなかった顧客層を新たに掘り起こすことに成功した。
だから、母体である全日空とのカニバリゼーションはほとんど起きていないという。
「低コストマネジメント」というが、その徹底ぶりは凄まじい。
機材の稼働率にこだわり、最も効率的に稼働できる場所、時間、運行システムを最初に割り出して、それに合ったお客さんを後から見つけるというのが、peach社の考え方だ。
24時間稼働でありながら使用料金が安い関空を選び、片道4時間以内で飛べるエリアを就航路線に定めることで、一機の1日あたり稼働時間は13時間(レガシーは7時間程度)になる。
チェックイン時間は厳格に守り、1分の遅れでも受け付けない。言わば、空を飛ぶ電車であって、時間通りに発着することを重視する。
搭乗にあたって、ゲートからの送迎バスはない。顧客はてくてくと飛行機まで歩いてもらう。
座席は機械が自動的に振り分けていく。指定する人からは210円を頂戴する。
エアラインに抱きがちな既成のサービス感覚をことごとく否定する。その代わりに、高速バスよりも安い、圧倒的な低価格を実現する。
利用者も最初は戸惑うだろう。しかしやがて「だから安いのだ」という理由を納得し、割り切って利用してくれるようになる。こうして新たな顧客層を開拓しているのだ。
飛行機の乗り方、利用の仕方のイノベーションに他ならない。
Peach社をはじめとして、LCCの最後発国であった日本にも、内外のLCCが続々乗り入れ始めた。これからはLCC同士の競合が始まる。
井上さんは、競争優位を決めるのは「低コストマネジメント」の徹底度合いである、と喝破する。
その一点に、しっかりとアンカリングが出来ていれば負けることはない。
イノベーションは環境が起こすのではなく、人間の強い意志が可能にする。
その原理を体現している経営者である。

メルマガ
登録

メルマガ
登録