夕学レポート
2005年11月11日
情熱と冷静 宮本亜門さん 「亜門流コーチング」
感動的な舞台やコンサートを見た夜、ベッドに入った後も軽い興奮が冷めずに、心地よい疲れとハイテンションが続くことがあります。いま、亜門さんの夕学講演を終えて、よく似た感覚に浸っている自分を感じています。パッションに包まれて自分自身も熱くなった後に、そんな自分の状態を客観的に分析しているもう一人の自分がいる。そんな感じでしょうか。「情熱と冷静」。何年か前によく似たタイトルの映画がヒットしましたが、亜門さんはこの二つの世界を自由に行き来している人なんだということを強く思いました。
講演はお父様のご紹介から始まりました。お父様は慶應の出身で、その年代の方に多い「慶應大好き人間」とのことですので、慶應に気を遣っていただいたこともあるのでしょうが、講演やテレビ出演の際に、お父さんを紹介されるのは慣例なのだそうです。講演前に控え室に訪ねてこられたお父様を我々にご紹介いただきながら「僕は親父とものすごく仲がいいので...」嬉しそうにおっしゃいました。いまでも東京にいる時には毎日のように一緒の食事をされるそうです。照れとか気恥ずかしさを超越した次元にあるピュアな表現と行動には、幼子のようなストレートな愛情が込められていて、周囲を一気に明るい素直な雰囲気にさせる力を感じてしまいました。ただ、そんな理想的な親子関係が構築されるまでのさまざまな軋轢や危機をも冷静に分析して、関係成立の理由づけされることも忘れないのが、演出家宮本亜門の真骨頂なのかもしれません。
慶應病院でカウンセリングを受けた引きこもり時代の逸話も、演出家になったばかりの頃の挫折や失敗も、ブロードウェイで体験した米国流の舞台づくりの苦労話も、状況にのめり込んで熱くなる当事者の視点と自分を客観的に見つめる冷静な分析者の視点を同時に合わせ持った亜門さんならではのお話だったと思います。
さて、きょうの主題であるコーチングについては、「亜門流」と揶揄してはいましたがコーチングの本質をしっかりと踏まえていました。前CTIジャパンの代表の榎本英剛氏は、コーチングのベースになるコアな考え方の第一に「人間は自分で問題を解決できる力を持っていることを信じること」をあげています。それは、「演出とは相手の才能を引き出すことだ」という亜門さんの考え方とまったく同じ思想です。共通の目的を掲げると前提にたったうえで、お互いの考え方や価値観をぶつけ合うプロセスを通して相手を理解し、論点を明確化したり、認識のズレを調整していくという演劇のものづくりの基本思想は、ビジネスの世界にそのまま置き換えることが出来るほどの親和性があるようです。
もうひとつ、個人的に印象に残ったのは、ブロードウェイで体験した米国流演出方法の特徴と沖縄での生活で遭遇する底抜けの開放性を対比して説明された場面でした。異質な価値観の共存を前提として成り立つ米国社会は、社会構成の知恵として、論理性、表現力、分業や制度等を重視する規範が浸透しています。一方で、究極の同質共同体社会である沖縄では、物理的にも精神的にも自己と他者との境目が希薄な家族意識が根元的な価値観になっています。幸福の基準が対極にある世界を仕事場と自宅という左右の足場において、自由に行き来しながら、両者の違いを楽しんでいるのが亜門さんの人生なのかもしれないと思いました。
講演でも触れた「メアリースチュアート」という芝居は、パルコ劇場で22日までやっているそうです。
また、亜門さんはオフィシャルサイトもありますので、こちらもご覧になってください
http://www.puerta-ds.com/
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