夕学レポート
2013年07月10日
ひとつの道に頼らない生き方 安藤美冬さん
「この道より我をいかす道なし。この道を歩く」
この名言を残したのは武者小路実篤だという。
実篤がこの言葉に込めた本意は、何だろうか。
ひとつの道をとことん突き詰める。
という意味だと言う人が多いかもしれない。
その背景には、ひとつの仕事に打ち込んで、その道を極めることを尊ぶ日本社会の気風があるのではないだろうか。
ひとつの仕事は、ひとつの会社、ひとつの場所、ひとつのチームと同義語になることもあり、例えばプロ野球の世界では、フリーエージェントの権利があっても、そのままチームに残る道を選ぶ選手の方がファンの声援が温かいような気がする。(私の気のせいかもしれないが)
私は二度転職した経験があるが、最初の時(30歳)に、転職をする(した)という話をすると、多くの人から、そこはかとない憐れみの表情を浮かべられたことをよく憶えている。
兼職や兼業ということのイメージもよくない。
「二足の草鞋を履く」ということわざがあるが、調べてみたら、江戸時代、博徒が十手を握り捕吏になることを言ったようで、同じ人が普通は両立しないような仕事を一人ですることをいうらしい。
二つのことを掛け持ちすることは、無理のあること、普通ではないこととされていたようだ。
安藤美冬さんが、30歳で集英社を辞めノマドワーカーの道を選んだのは、上記の気風に対する逆張りの戦略であった。
ひとつの会社・仕事・専門性に生涯をかけることほどリスクが大きい選択はない。
いま安藤さんは、そう話す。
先行き不透明で、何が起きるかわからない社会環境にあって、その言葉には圧倒的な説得力がある。
確かにその通り。いくら道を極めたところで、会社・仕事・専門性そのものが社会的必要性を失えば、依って立つ土台が崩れてしまうことになる。
そういう悲劇が何度も、そしてまさかという所で起きたのがこの20年の日本社会であった。
また、ひとつの専門性の世界で戦うということは、勝つための戦略としては効率が悪い。どんな専門性であれ、No1になる道はたいへんなことだ。
ひとつの道で100万人中の1位になることはとてつもなく高いハードルだ。
しかし、考え方を変えて、100人の中で1位になれる道を三つ持てれば、同じ稀少性を持てることになる。
ひとつの仕事・専門性にこだわらず、いろいろな仕事をつくりだそうという安藤さんの働き方は、世の中で抜きんでるためには合理的な発想と言える。
なぜなら、安藤さんが目指したのは、「自分で自分をプロデュースすること」であったからだ。雑誌を作るように自分を編集する。自分というメディアにどんな読者がつくのかを徹底的に考えて、自分という商品を際立たせる。
安藤美冬という人間メディアの編集コンセプトは、こうして出来上がった。
ひとつの仕事に打ち込んで、その道を極めることを尊ぶ日本社会の気風があるのではないか、と書いたが、実はその気風が成立したのはそれほど古い時代のものでない。
江戸時代、名主が酒造業や金融業を兼ねることはいくらでもあった。地方の住職や神官はてらこやの師匠でもあった。公務員をやりながら週末は先祖代々の田畑を耕す人々はいまでもたくさんいる。
日本人はもっと融通無碍で、同時にいろんな仕事をこなす柔軟な働き方が出来るのだ。
「この道より我をいかす道なし。この道を歩く」
という実篤の名言も、この道を仕事や背紋性ではなく、生き方・働き方の哲学と捉えれば
安藤美冬さんにもピタリとあてはまる。
安藤さんのような才能豊かな若者にとって、必要なのは、ほんの少しの勇気なのかもしれない。
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