KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2013年07月18日

海陽学園という試み 中島尚正さん

photo_instructor_669.jpgきょうの講演者、中島尚正先生が学校長を務める海陽学園の設立は2006年。
学園のサイトでは、「将来の日本を牽引する人材」の育成を目標に掲げている。
日本の教育の危機感をもった中部財界が音頭を取った。トヨタ・JR東海・中部電力が40億円ずつ。他に80社が1億円ずつを寄付して計200億円の基金をもとにして生まれた次代のリーダー育成の場である。
完全全寮制で中高一貫教育。男子のみ一学年120名の生徒達が三河湾を望む13万平米のキャンパスで寝食をともにしている。
学費は280万円。私立の二倍以上になる。
全人教育を謳うだけあって生活指導は厳しい。
ケータイ、ゲームは禁止、PCのネット接続も制限する。マンガやテレビも限られた時間しか許されない。24時間定められたスケジュールをこなさねばならない。年に数週間の休暇以外は、その生活が6年間続くことになる。
全寮制という教育システムは、「リーダーの全人教育」の方法として有効だとされて、英国のパブリックスクール、米国のボーディングスクール、日本では戦前の陸軍幼年学校、海軍兵学校がそうであった。私も受講者の質問で初めて知ったが、都立秋川高校(1965年開校)という学校もあったそうな。
しかし、日本では現在完全全寮制はほとんど存在しない。秋川高校も2001年に閉校した。
コストの問題が一番のネックになるようだ。
中島先生によれば、多感な少年に全人教育を施すためには、一人の寮長(舎監)が面倒を見ることができる生徒は20人程度だという。
300人の生徒がいれば、15人の舎監が必要になる。それだけで億単位の費用。しかも誰でもよいわけではない。


この問題に対処するために、海陽学園は「フロアマスター制度」という独自の方法を考案した。
設立の音頭を取った企業から20代の男性社員を毎年交代で派遣してもらい、フロアマスターとして寮生活での生徒指導・教育にあたってもらうという制度である。現在28名のフロアマスターがいるという。
企業にとっては若手社員に異文化経験、指導経験の場を与える研修として活用できる。
生徒達にとっては、ビジネスの世界に触れる効果もある。
実によく考えられた制度だと思う。
生徒には早い時点から世界を意識させるカリキュラムも組まれており、直接海外の大学を目指す生徒も多いという。
今春は東大と海外の大学のダブル合格した生徒が3名いた。そのうち2名は海外を選んだ。東大に進んだ一人も海外の大学の奨学金を得られなかったことが東大選択の理由だったとのこと。
さて、こう聞くと、疑問を持つ人も多いだろう。
経済的に恵まれた家庭の子供に、純粋培養方式のエリート教育を施して、社会に出た後でどうなるのか。
庶民の気持ち、弱者への配慮が出来るリーダーになれるのか、という不安である。
無菌状態で思春期を過ごした真っ直ぐな若者が、いきなり社会に出て適応できるのかという心配もある。階級社会の英国や戦前の日本ならいざしらず、大学に入れば、ケータイやゲームで育った友人達のコミュニティになじんでいかなければならない。
誘惑や落とし穴があちこちに口を開いているはずだ。
同じ主旨の質問をする方も多くいた。
中島先生の返答は落ち着いたものであった。その類の不安や心配は想定の範囲内。いろいろな手を打っているようだ。
確かに若者の環境適応力はすさまじい。心配する必要はないかもしれない。生徒達もわずかな休暇で帰宅した際に、それなりに世間を楽しんでいる。子供は大人が心配する以上にしたたかだろう。
むしろ、多感な十代にしか経験できない貴重な資産を得られる効果の方が大きいはずだ。
6年間寝食を共にした120人の友人達の絆や一体感はかけがいのないものだ。一生の財産になる。
「学校の成果がはっきりと認知してもらえるには20年かかる」
中島先生はそういう。
海陽学園の一期生は、いま大学二年。日本を牽引するリーダーが育ったかどうかを判断できるようになるのは、まだまだ先のことだ。
いまは、新しい試みを楽しみに見守るべきだろう。

メルマガ
登録

メルマガ
登録