夕学レポート
2013年07月24日
シチューではなく、サラダを 坂井直樹さん
「日本にはいいデザイナーがたくさんいる。にもかかわらず日本企業はデザインで負けている」
坂井直樹さんの危機意識は、この言葉に集約されそうだ。
45年間デザインの世界で生きてきた自らの経験・知見を活かして、ビジネス・経営とデザインの結節点を大きく、強くする。
それが、坂井さんの社会的使命感なのかもしれない。
だから、実務家に向けてデザインの意義を語るし、大学でデザインマネジメントを教える。
坂井さんによれば、デザインの歴史は工業化社会の到来とともに始まったという。
産業革命を経て、人間の手に頼っていた「工芸」が、機械による「工業」に変わった。
当初、機械は「不器用な手」と評された。大量生産は可能になったが、工芸品が持っていた美しさ・繊細さが失われてしまった。どれもこれも同じような見栄えで美しくない。機械はなんと不器用なのか。ということであろう。
機械の不器用さを埋めるために生まれたのがデザインという概念であった。
デザインとは、言い換えれば「美を数値化する」ことである。
アーティスティックな感性を、直線の長さ、交差角度、曲線の関数といった数値に置き換え、工業化社会の大量生産システムに組み込むことがデザインであった。
デザインは生産性向上のツールであり、技術と不可分の関係にあった。ということは、技術がそうであるようにデザインは経営機能の一部とさえ言えるかもしれない。
80年代の日本企業の躍進を分析した米国のMBA教育がManagement of technology(技術経営)というコンセプトを作り出したように、現在の日本の経営教育にManagement of design(デザイン経営)という概念が必要なのかもしれない。
坂井さんによれば、ジェームズ・ダイソンも、F・A・ポルシェも、エンツォ・フェラーリもエンジニアでありデザイナーであり、経営者であったという。
さて、デザインが味気ない機械の造成物に美という魅力を付加するツールであったように、グローバル化する社会にあって、ダイバーシティをベースにしたデザインは、世界で求められるデザインを産み出すためのツールであり、仕事のやり方である。
シチューのようにさまざまな素材を煮込んで別の味に統合するのではなく、サラダのように素材の味を活かしつつ全体のアンサンブルを形成すること。
それがダイバーシティをベースにしたデザインの目的である。
坂井さんのクリエイティブ人生はダイバーシティをベースにしたデザインを先取りした45年間でもあったようだ。
坂井さんを一躍有名にした日産「PAO」のコンセプトメイクは、ファッションの経験しかない、女性だけのチームで作られた。しかも経営者(坂井さん)は免許さえ持っていなかった。
自動車の世界から見れば異質性の塊のようなチームが、自動車の基本モデリングを四角型から丸型に変えてしまった。
現在、坂井さんのチームが「PAO」のコンセプトメイクをした時代に比べると、ダイバーシティをベースにしたデザインの環境は格段に整っている。
SNSを使えば世界の異質性を取り込むことが簡単にできる。あとはやり方に慣れるだけ、慣れるということは実践すること以外にない。とにかくやってみることである。
「日本人はインプットに熱心だから...」
冒頭でさりげなく発したひと言は、坂井さんから日本社会に向けた、アイロニカルなメッセージでもあった。
どうすればいいか、どうやって障害を乗り越えるかを考えることは重要だが、「これで大丈夫」という答えは見つからない。
だとすれば、まずはやってみるしかない。
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