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夕学レポート

2014年04月14日

スポーツの力 宮本恒靖さん

photo_instructor_727.jpg2002年日韓、2006年ドイツと2大会連続でサッカーW杯の代表チーム主将を務めた宮本恒靖さんの卓越したキャプテンシーの象徴として語り継がれているシーンがある。
2004年アジア杯準々決勝ヨルダン戦。宮本さんの抗議によってPK戦の最中にゴールサイドを変更させた場面である。
2004年アジア杯 日本VSヨルダン PK戦の場面
このシーンの解説として、宮本さんの英語力、交渉力を絶賛する声が多い。
しかし、宮本さんによれば、サイド変更が出来たのは、あくまで結果論であった。
もちろん、審判にサイドを変えるべきだと訴えたのは事実だが、彼が本当にやろうとしたのは、相手チームに傾いた勝負の流れを断ち切ることであった。
その時、宮本さんは、ぬかるんだ地面を見ていただけではないだろう。試合そのものを俯瞰的に見ていた。自分もキッカーになる可能性もあるわけだから、普通の選手なら「自分ならどう蹴ろうか」を考えるはず。
しかし、彼はもっと大きなもの、広い視野で試合を見ていたようだ。
だからこそ、その場の時間を止め、人々の意識を変えるために、迷うことなく抗議に向かった。
ディフェンダー宮本恒靖のプレーは、ずば抜けた「先読みの能力」に特徴があった。相手の進路、パスの出し先を、的確に読んで、いち早く対応することができた。
けっして恵まれているとはいえない身体で、代表チームのセンターバックを務めることができたのは、この力によるところが大きい。
彼はいつも、人が見ないところ、見えないものを見ることができた。


17年間の現役を終えて、34歳で考えたセカンドステージの選択。
コーチライセンスをとって指導者への道を目指すだろう。 多くのファンが見えていた(期待していた)道はここにあったはずだ。
宮本さんは、その道も残しつつも、あっと驚く選択をした。
それがFIFAマスターで学ぶこと。もう一度学生に戻ることだった。250万円もの学費を払って…。
世界的にみても、代表選手だった人が選ぶ進路としては異例であろう。もちろん日本サッカー選手でははじめてのことだという。
彼には、人とは別のものが見えていたのかもしれない。
日本サッカーの未来地図として、彼が注力しているひとつが「スポーツの力」である。
スポーツには、人間に訴えかけ、何かを変えさせる力がある。
少年の人生、社会のあり方、世界の見方まで変える力がある。
FIFAマスターの修論にあたるグループ研究のテーマは、
「ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに、民族融和と多文化共存に寄与するような子ども向けのスポーツ・アカデミーを設立できるか」
であったという。
旧ユーゴの多くの街がそうであるように、モスタルは複数民族が暮らす街だ。
市内を流れるブナ川を挟んでボスニア系とクロアチア系が分かれて暮らしている。両地域の経済格差は激しい。典型的な民族問題を抱える街である。
モスタルには、「スタリ・モスト」という世界遺産登録の石橋がある。中世時代から、若者はこの橋から川に飛び込むことで勇気を示す風習があった。
ボスニア戦争で、この橋さえ破壊されるほど大規模な戦闘があった。
800px-Mostar_bridge.jpg
この街に、子供向けのスポーツ・アカデミーを作ることで、民族問題を解決するための一石を投じたいというソーシャルな思いである。
レポートの結論は、もちろん「できる」であった。
宮本さんはその結論を実践に移そうとしている。
日本の外務省とJICAと共同して、海外援助の一環としてスポーツ・アカデミー設立の構想が動き出している
人には見えないところ、見えないものを見る。
そんな宮本さんの眼に、次に見えているものは何だろうか。
ピッチでの彼がそうだったように、身体を動かした時にはじめて、我々はそれに気づくことができるのだろう。

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