夕学レポート
2014年07月25日
日本のものづくりは「夜明け前」である。 藤本隆宏さん
日本のものづくりは「夜明け前」である。
ものづくり経営研究の先駆者であり第一人者、東大の藤本隆宏先生は、昨年末から事ある毎にこのメッセージを発信してきた。
残念なことに、この20年間、日本のものづくりは猛烈な逆風下にあった。閉鎖した工場、海外移転を余儀なくされた工場は数知れない。
その状況を知り尽くした藤本先生が何を持って「夜明け前」というのか。
それを知りたくて、8年振りに夕学に来ていただいた。
なぜ「夜明け前」か。
藤本先生は言う。
長期動向の潮目が変わった。不可逆的変化が起きつつある。
変化とは、新興国の賃金上昇である。
中国では5年で2倍、タイでは年率40%のペースで工場労働者の賃金が上昇している。
中国脅威論が出始めた10数年前によく言われた「低賃金で働く労働者が内無尽蔵に供給されている」という状況がようやく終わりつつある。
経済学的にいえば、「無制限労働供給」の終焉である。
「大リーグボール養成ギブスを着けて戦ってきたようなものだ」
藤本先生は、この20年間の日本のものづくり現場での戦いをこう評した。
日本の20分の1の賃金コストですむ新興国との戦いは、生産性を2倍~3倍上げたところで焼け石に水。圧倒的なに不利な条件下での戦いであった。
しかし、5分の1程度のコスト差なら十二分に戦える。
そういう時代がようやく訪れようとしている。
なぜ戦えるのか。
藤本先生が、日々現場を歩いて掴んできたロジックはこうだ。
例えば日本のメーカーが持っている日本のマザー工場と中国工場がある。
両方の工場ともに、10台の機械で構成される製造ラインが10本走っているとする。
中国の工場は、一人一台持ち(ひとりの従業員が1台の機械を管理する)から始まる。100台の機械を100人で動かす計算になる。
日本からベテランの指導員を派遣して作業改善を教えても、離職率100%(一年でそっくり労働者が入れ替わる)なので生産性が上がらない。せいぜい一人三台持ちが限度である。100台を30人で動かすにとどまる。(それでも3倍の生産性向上)
ところが、日本のマザー工場なら、一人二十台持ちで回せる。100台を5人で動かしている。
なんと生産性は6倍である。
一方で、中国工場と日本工場との賃金差は、せいぜい3~5倍まで縮まってきた。つまり、生産性で計算すれば、すでに日本の工場と中国工場の差はなくなったということとだ。
20年に及ぶ暗黒時代に、大リーグボール養成ギブスに耐えて生き残った現場には、これができる。
では、なぜ大リーグボール養成ギブスに耐えることができたのか。
それは、多くのものづくり現場が、地域に埋め込まれているからだ、と藤本先生は言う。
彼らは、苦しくなっても閉鎖や移転、解雇という選択肢を取らない。
工場の所有者は変わり、社名は変わったとしても、しぶとく生き残る道を選ぶ。生産性が上がり、余剰人員が出れば、産業を越えた新事業を探し出して活路を見いだしてきた。
逆を言えば、この20年の逆風は、そういう「強い現場」だけを残した。
潮目の変化は、生き残った「強い現場」が、ギブスを外して能力全回で力を発揮する機会をもたらしつつある。
藤本先生には、アベノミクスの成長戦略に、現場の「ゲ」の字もないことが気にいらない。
企業も産業も経済も、しょせんは現場の集合体のはず。現場こそ成長のエンジンである。
暗黒の20年に耐えることができたのは、国の経済政策や本社の戦略ではなく、現場の力であった。現場とは付加価値を作り出す源泉である。
もっと現場重視の経済政策が必要だ。
「よい現場を国内に残す」ことを明確な国家目標に据えるべきだ。
それが、「夜明け前」を迎えた日本のものづくりを支える道筋である。
藤本先生が東大に立ち上げた「ものづくり経営研究センター」では、9年間で100名を越える「ものづくりインストラクター」を養成してきた。
皆40代~60代の製造現場の管理経験者である。「強い現場」を作ってきたベテラン達である。
彼らが、業種業界を越えて、ものづくり支援に出向き始めている。
あとは地方自治体が受け皿となり、地域金融機関が後押しをして、「強い現場」を担う人間を育てる仕組みを回すことである。
日本は強みである現場をさらに鍛え上げ、ものづくり大国を目指すべきだ。
ものづくり経営の啓蒙者の迫力と執念は変わらない。
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