夕学レポート
2006年01月18日
議論の本意を定る事 平山洋さん 真実の福澤諭吉を求めて
私は慶應の出身ではありませんし、恥ずかしながら、慶應MCCの立ち上げに参画するまで福澤諭吉については「一万円札の顔写真」と「天は人の上に人を作らず…」程度の知識と興味しかありませんでした。何年か前に、少しは福澤諭吉の勉強もしなければと『文明論之概略』(岩波文庫)を購入し、テキスト代わりに丸山真男の『「文明論之概略」を読む』(岩波新書)をセットで揃えたのが初めての福澤体験です。後から聞けば、最初は『学問のすすめ』を読むべきだそうで、確かに『文明論之概略』は格調高い漢文体で書かれているので、丸山氏の解説がないと理解するのが難しかったことを思い出します。(解説もかなり難解でしたが…)そんなわけで、読んだというより、パラパラとめくったというのが正しい表現かもしれませんが、第一章が「議論の本意を定る事」という章題で始まっていることを印象深く憶えています。いま風に言えば「ロジカルシンキングの重要性」とでも言えばいいのでしょうか。
このブログを書きながら『「文明論之概略」を読む』を今一度開いてみたところ、丸山真男は、最初に「議論の本意を定る事」ではじまる理由を、『文明論之概略』が書かれた明治初期の混沌とした時代背景と結びつけて、既存の価値観や物事の見方・考え方が大きく変わろうとしている時には、なによりもまず「思考と議論の方法論」を持つことが重要だという福澤の思想の表出であると論じています。福澤には他にも有名な「多事争論」という言葉もありますが、没後100年を経て、今またロジカルシンキングの必要性が声高に叫ばれている事実に、時代を超えた福澤思想の普遍性を感じざるを得ません。
きょうの講演で、平山先生が繰り返し主張されていたのは、福澤研究について、そんな論理的な議論をもっとやりたいという強い問題意識だったような気がします。
平山先生は、福澤諭吉に対する評価が、「近代民主主義・資本主義の啓蒙者であり、近代化への扉を開いた代表的知識人」というポジティブなものと「アジア蔑視の侵略主義者」というネガティブなものに二分されてきたという戦後の福澤論の流れを確認したうえで、後者の論理の根拠となってきた『福澤全集』でのアジア蔑視表現の多くが福澤の手によるものではないと指摘されています。何を根拠に福澤の書いたものではないといえるのか、誰が、なぜこのような編纂したのか、「福澤アジア蔑視論」がいつ、どういう経緯で定説化したのか、私には平山先生の主張を簡潔にまとめる能力はないので、是非『福澤諭吉の真実』を読んでいただきたいと思います。
平山先生が望んでいたのは、この本をきっかけに福澤研究の新たな論点が明示され、論理的な議論が沸き起こることだったようですが、思うような論争の場が存在しないことに多少の苛立ちを憶えていることは事実のようです。客観的・論理的であるべき議論が感情やイデオロギー、しがらみに染まって、不毛な論争に陥らないように祈るばかりです。
文明論の前提として「議論の本意を定る事」と喝破した福澤諭吉の洞察に驚くと同時に、われわれが、いまだその域に達していないことを自戒した講演でした。
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