夕学レポート
2017年07月18日
和食は「下から上に広まった」食文化である。壬生篤さん
江戸・明治期の「食」をテーマにした漫画の原作、シナリオ執筆を専門とする壬生篤氏の夕学。ステレオタイプの和食のイメージを少し変えてくれる講演であった。
この拙文を書くにあたって調べたところ、世界三大料理はフランス料理・中華料理・トルコ料理といわれているようだ。いずれも皇帝を饗するための宮廷料理を淵源に持つ。「上から下に広まった」食文化といえるだろう。
それに対して、われらが和食は違う。むしろ「下から上に広まった」ものだという。
鰻、寿司、天麩羅など、今日では高級な和食の代表とされる料理は、江戸中期に庶民のために生まれた料理であった。当時の支配層である武家は食べなかった。あるいはそっと隠れて嗜むものであった。
壬生氏によれば、和食の定義は「江戸時代に確立された食のスタイル」ということになる。江戸時代は260年の長きに渡った。当然、確立されるまでにはいくつかの変遷を経た。
そもそも、江戸期の支配層(武家)の食文化は、禅宗の影響をうけた精進料理と茶道から生まれた懐石料理の二つの流れがあるという。
共通するのは、質素であることと一汁三菜という基本形式である。
禅も茶道も引き算の思想である。欲を捨てる、虚飾を削ぐ、いらないものを梳くという点で同じである。
講演で紹介いただいたが、将軍の食卓というのは、随分と質素で慎ましかったようだ、
江戸初期は、庶民の食材では「下りもの」が尊ばれた。
京・上方から江戸に下ってきた(運ばれてきた)食材のことである。酒も御菓子も上方産や京菓子が高級品とされ、関東産のそれは一段も二段も下の扱いであった。
食事処は、屋台が中心であった。
江戸は明暦の大火(1657年)以降、度々大火事や天災に見舞われた。その都度、町の復興・再建のために大量の独身男性労働者(職人)が流入した。飢饉が続くと地方で食い詰めた農民が江戸に流れ込んで下層民となった。
彼らの生活を支える食のインフラが屋台だったという。
屋台は手軽で、どこへでも移動できる。安くて、早くて、うまいものを求める庶民の胃袋を、屋台ががっしりと掴んだのである。
江戸後期になると、「江戸前」と呼ばれる食材が登場してきた。
代表が、江戸湾で獲れた天然鰻である。これを蒲焼きで供する屋台が登場し、またたくまに広まった。
調理法にもイノベーションが生まれてきた。
上方のなれ寿司、箱寿司に代わり、江戸では握り寿司が発展した。ネタは「江戸前」の穴子、コハダ、白魚、海苔に玉子である。
ちなみに、当時の寿司は現代の1.5倍~2倍の大きさだったという。これが花柳界に受け入れられるようになると、芸者さんの口には大きすぎるので、半分に切って食べるようになった。今日、寿司を供するのに二貫を基本とするのは、この名残とのこと。
江戸前の魚や貝を、粉にまぶして油であげる調理法も18世紀中頃の江戸で登場した。天麩羅の誕生である。
鰻も、寿司も、天麩羅もメインの舞台は相変わらず屋台であった。屋台のすし屋は、毎町一~二戸。そば屋並の数の屋台が町に繰り出されていたという。
従来は下物とされたまぐろを醤油漬けにして食べる習慣も広まった。これを受けて、同じように下物であった鰹も人気を呼ぶようになり、初鰹ブームが湧き起こった。
長らく禁忌とされた獣肉が「山くじら」と名をかえて店頭に並ぶようになったのもこの頃だという。江戸の庶民は、貪欲に新しい食を求めていったのかもしれない。
「下から上に広まった」和食。
考えてみれば、江戸期を代表する他の文化、例えば歌舞伎や浮世絵も同じである。庶民の間で生まれ、興隆したものだ。江戸文化というのは、日本の文化史上初めて、民衆から生まれた大衆文化が社会上層部に定着した「下から上の文化」といえるのかもしれない。
しかも、それは大衆路線維持派と高級化路線派に分かれ、両方ともに発展して、現代につながっているような気がする。
すきやばし次郎や銀座久兵衛のような高級寿司店から回転寿司、立ち食い寿司まで。
天一、天國のような高級天麩羅からファストフードの天丼屋まで。
歌舞伎座の伝統演目もあれば、スーパー歌舞伎、野田歌舞伎、ニナガワ歌舞伎などの新作歌舞伎まで。
鰻だけは高級しかないが、牛丼が庶民路線維持のポジションを担っていると考えることもできる。江戸期に生まれた文化の多くは、高級・伝統路線から大衆・新奇路線まで幅広く広がっている。
恒常的人材流入という都市の特性が生み、育て、変化を促してきた和食や江戸文化。
「変わらぬ伝統」という言葉があるけれど、「変わることが伝統」と呼んだ方がいいのかもしれない。
(慶應MCC 城取一成)
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