夕学レポート
2006年04月14日
脳と創造性 茂木健一郎さん
「現代は空前の脳ブーム。脳に関心を持つ人が増えているそうです。とはいえ自分の身体に関心を持つときは、どこか調子が悪い時ですよね。多くの人が脳に関心を持つということは、それだけ現代人の脳が病んでいる証拠かもしれません」
会場がどっと受けるマクラを振って講演ははじまりました。
茂木さんによれば、人類の進歩と脳の働きという観点からみても、現代は、人類がコトバを発見した時と同じくらいの大きな機能変化が求められているのだそうです。その代表が「創造性」と「コミュニケーション」だというのがきょうの講演の主題でした。
人間の脳には、本来的に「偶有性」を好む性質があります。これは、ある条件が整えば必ず同じ結果になるような規則性とジャンケンの勝ち負けのようなランダム性の中間にある概念で、半ば規則性、半ば偶然の世界だそうです。規則性やランダム性はコンピュータのアルゴリズムで再現することはできますが、「偶有性」はどんな高性能コンピュータも再現できない脳の優位性だそうです。もし、現代の脳が病んでいるとするならば、本来的な性質として持っている「偶有性」への志向が失われつつあることかもしれません。脳ブームも、我々自身がそのこと対して本能的な危機感を抱いている裏返しなのでしょうか。
茂木さんは、脳の働きを「記憶の編集力」と定義されています。側頭葉に蓄積される過去のさまざまな記憶をそのまま再現するのではなく、新たな記憶と関連づけながら意味づけや修正を行う、つまり編集をするのだそうです。そして、この作業こそが「創造」という営みに他ならないと茂木さんはおっしゃいます。確かに昔から「無から有は生まれない」という言葉もあります。記憶と創造という一見まったくベクトルが異なるように思える働きが、実は脳の中では一連の連鎖として組み込まれており、過去のさまざまな経験をアーカイブとして記憶しつつ、新たな経験をきっかけにその記憶を引き出し、修正・加工することで、まったく新しいものが創造されるということになります。
夢もこれとよく似たメカニズムで説明できるようで、昼間の体験(記憶)を眠りながら整理・編集をし、夢という形で脳裏に映し出すといえるそうです。体験通りではない、不可思議な夢を見るというのも脳の編集作業の結果だとのこと。
さて、茂木さんは、創造性=体験(側頭葉)×意欲(前頭葉)という独自の計算式を提唱しています。体験は前述の記憶に連動しますので、年を重ねる程に記憶は増えます。ところが、問題が意欲の部分でここが衰えると創造力は低下することになります。現代人の脳が病んでいるのは、この意欲の部分かもしれません。
「意欲」は脳科学的には、A10神経と呼ばれ部分が司り、うれしいことがあると脳内報酬としてドーパミンがでることで強化され、人間の行動を促すドライブになっていきます。脳は快楽主義者なので、楽しいことには脳の機能は促進されます。要は、何を楽しいと思えるのかなのですが、そこで、人間が本来的な性質として持っている「偶有性」への志向と結びついてきます。つまり不確実でよく分からない状況それ自体が、「意欲」の促進に繋がるという優位性を我々の脳は持っているわけです。人間は生まれながらにして「創造的な存在」であるはずだという茂木さんのメッセージは我々にとって力強い応援歌に聞こえますね。
このあと茂木さんは、「偶有性」以外にも創造性を高めるために必要な要素をふたつ紹介してくれました。ひとつは、「愛着」という概念です。小さな子供が母親に愛情のもとで生き生きと成長するように、人間の健全な行動にはある種の安全装置としての愛が必要で、大人にとっては、他者からの関心・信頼がその安全装置にあたるとこと。もうひとつは「関係性」の概念で、いろいろな人や状況との関係が自分を変え、その数だけ新しい可能性を引き出すことができるそうです。
こうまとめてみると、日頃リーダシップやモチベーションという括りで語られていることが、脳科学的にも説明できることがよくわかります。茂木さんの代名詞でもある「クオリア」の研究は、計量化できない感性・感覚分野での脳の働きを科学的に解明することだそうですが、われわれが、日常の生活において肌感覚で理解している感情、人間関係、信頼などといった概念。更には宗教観や恋愛感情のメカニズムでさえも脳科学的に説明できる可能性があるようです。
茂木さんの番組「プロフェッショナルの流儀」(NHK)に登場する人々が語る成功体験や人生観等が、次代の脳科学の研究テーマになる日を、茂木さんはしっかりと見据えていることに気づいた次第です。
きょうの講演内容は新刊の『ひらめき脳』(新潮社)に準拠しているようです。復習に是非ご一読ください。
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