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穂村 弘『短歌の友人』

2012年10月09日

穂村 弘
歌人

はじめに

 二十三歳のときに短歌と出会って以来、私は歌を作りながら、同時に自分以外のひとの作品を読み続けてきた。短歌雑誌や歌集やネット上の歌を読みながら、面白いとかつまらないとかわからないとか思っているだけだが、長年続けているうちに、頭の中に面白いなと思う短歌が少しずつたまってゆく。
 例えば、こんな歌。

 電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ  東 直子

 「おっ」ってとこが面白い。「好きだよ」とか「おやすみ」じゃなくて、「おっ」だけでいいんだ。いや、むしろその方がいいのかな。でも、「おっ」ってたぶん本人は無意識に云ってるんだろうから、「言って言って言ってよ」って激しく頼まれても困るだろう。
 そう云えば、と別の歌を思い出す。

 溜め息とぎりぎり似てるその「ッ」が聞きたくてTの肩をゆるく噛む  もりまりこ

 こちらは「ッ」だ。小さい「ッ」ってとこがいい。口にする本人にとってはやっぱり無意識の言葉、というか殆ど音に近いから、それを出させるために「噛む」わけだ。動物ですな。
 これらの歌をみながら、「おっ」とか「ッ」とか、意味を成さないような無意識の言葉だからこそ、面白くなっていることに気づく。その方が切実でエロティックな感じがするのだ。

 短い言葉ものとしては、こんな歌もあった。

 「おはよう」に応えて「おう」と言うようになった生徒を「おう君」と呼ぶ  千葉 聡

「おう」である。なんだかひどい話のようにも思えるけど、でも、「『おう』と言うようになった」ってことは、それ以前は「おう」すらなかったということだろう。「『おう君』と呼ぶ」の部分に、この状況をなんとか乗り越えようとする先生の意志のこもったユーモアを感じる。

 三つの歌に共通しているのは、他者と繋がりたいという願いの切実さだろう。そのぎりぎり感を歌に込めようとするとき、「おっ」とか「ッ」とか「おう」とかの短い言葉が出現することになる。

 三首を並べてみると、「おっ」や「ッ」を求める感覚はより女性的に思える。これらの言葉を発するべき相手の性別は書かれてないのに、なんとなく男性ってことが伝わってくるのだ。

 一方、「おう君」からは時代の変化というものを感じる。先生が「おはよう」で生徒が「おう」なんて逆だろう。昔だったら考えられない、と思いつつ、そんな感覚が生きていた昔っていつ頃までだったかな、などと考える。

 先生から「おう君」と呼ばれた「おう君」は、どう反応しただろう。「ざけんな」とか云い返したんじゃないか。その瞬間、「おう君」は「ざけんな君」になるわけだ。
「おう」から「ざけんな」への文字数の僅かな増加の中に、先生の希望があるようだ。しかし、そのような希望の持ち方そのものが、どこかまともじゃないようにも思える。それは先生個人の問題か、それとも時代状況に根ざした問題なのか。

 自己、他者、コミュニケーション、性別、リアリティ、共同体、時代……、目の前の短歌の「面白さ」を味わっているうちに、自然にそんなことを考える場所に運ばれてゆく。自分にとって直接的な関心事項とはいえないことについても、結果的に考えさせられてしまうところが不思議だ。

 やがて、私は短歌を読むことから生まれた思考の流れを文章にするようになった。本書には、そのようにして書かれたテキストのうちから取捨選択したものが収められている。日常の理を超越した歌から論理的な意味の世界を引き出そうとしたためか、たどたどしかったり、くどかったり、下手な文章が多いけれど、短歌の「面白さ」と同時にその背後にある世界の「面白さ」を感じていただければ幸いである。

※2011年2月に出版された穂村弘著『短歌の友人』(河出書房新社)の「はじめに」より著者、出版社の許可を得て改編・転載。無断転載を禁ずる。

穂村 弘(ほむら・ひろし)

  • 歌人
1962年北海道生まれ。1985年より短歌の創作を始め、1990年に歌集『シンジケート』(沖積舎)でデビュー。研ぎ澄まされた言語感覚で、創作・評論ともに活躍。2008年、「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『短歌の友人』(河出書房新社)で第19回伊藤整文学賞(評論部門)を受賞。また石井陽子とのコラボレーション『It’s fire,you can touch it』(「火よ、さわれるの」)でアルスエレクトロニカ・インタラクティブアート部門honorary mention入選。エッセイ、対談、評論、「ほむらひろし」名義による絵本翻訳も多数。2008年から日本経済新聞の歌壇選者。

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