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ピックアップレポート

2012年11月13日

一條 和生「正真正銘のグローバル・リーダーを育成する」

一條 和生
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、IMD 兼任教授

グローバル化とは企業変革のプロセスである

2012年は、英語の社内公用語化、大学の秋入学など、日本の旧来の仕組みを大きく変えようとする動きが出てきた。大学も企業も、グローバル化を急がなければ未来はないという問題意識が背景にある。
とりわけ企業では、グローバルな事業の成長を目指すために、グローバル・リーダーの育成、あるいは現地で事業を牽引するローカル・リーダーの育成が急務とされている。しかし、その道はけっして容易ではない。
そもそも人材育成という経営の重要課題は、短期・速効で達成できるものではない。また、グローバルに活躍できる人材を育成するという人的資源管理の仕組みが会社側になければ、育てる人材候補そのものに欠いたり、あるいはせっかく育てた人材が社外に流出したりするという事態に直面するかもしれない。付け焼刃的に人材育成を行っても効果はない。


社内公用語化まで徹底するかどうかは別としても、英語の意義を否定する企業はないだろう。ただし、英語ができればそれでいいかといえば、大きな間違いである。企業のグローバルな成長とともに、社内外で増加する多様性(ダイバーシティ)を創造性につなげる知識と、それを駆使するスキルがなければ、どれほど英語ができても、文化の違いを超えた効果的なコミュニケーションは行えないからである。
コミュニケーションは単なる情報のやりとりではない。話をする者の間で、相互理解、相互信頼、チームワークを生み出すのが、真のコミュニケーションである。文化の違いを超えた効果的なコミュニケーション・スキルを伴って初めて、英語能力はグローバルなビジネスの成功につながる。
グローバル化とともに高まる多様性に対処する実践知(実践を通じて身につけられた知識)を備えた「オーセンティック(正真正銘の)・グローバル・リーダー」が求められるのはそのためである。
企業のグローバル化とは、変革のプロセスにほかならない。したがって、英語教育のみならず、企業の戦略、組織、さまざまなオペレーション上の仕組みや制度などの変革、そして何よりも、新しい企業文化の構築が必要となる。事業のグローバル化を当然のことと考え、それを促進する考えや行動を、より多くの社員の間で定着させなければならない。
企業文化の定着には時間がかかるため、それを行うには10年位の長期的な展望が必要となるだろう。不退転の決意でそれらを確実に実行し、事業の成長につなげることである。そのために何よりも求められるのは、リーダーシップの醸成と変革の実行である。
「なぜグローバルに事業を伸ばすのか」という基本的な問題に関して社員に深い理解がなければ、英語の勉強にも身が入ることはないだろう。これではコミットメントすら生まれない。コミットメントとは強制されるものではなく、内発的なものである。したがって、社員一人ひとりがなぜグローバルな事業の成長を目指すのか、みずから納得しなければならない。
「国内市場が縮小するから、国外での事業展開に未来を託す」という程度の理解ではあまりにもレベルが低い。自社はなぜ国外に出ていかなければならないのか、そのことを自社の使命に連関させて、本質的な理解をしないといけない。
だからこそ、グローバルな事業展開には、企業の存在そのものに関わる大義が問われるのである。それをトップ・マネジメントは社員に語り、彼らからの共感とコミットメントを引き出さなければならない。

多様性あるグローバル企業のマネジメント

世界は多様性に満ちている。企業のグローバル化に伴い、自社の内外でますます高まる多様性に直面することになる。
まず、市場、すなわち顧客と彼らのニーズそのものが多様である。比較的同質性が高い日本の市場と世界の市場は大きく異なる。たとえば、ヨーロッパを一つにとらえることはできないし、ヨーロッパにある一国内でも多様性は存在する。
人口787万人の小さな国スイスには、スイス・ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語と、言語が4つもある。また、スイスにはみずからの母国語を話している外国人も多く、その数はイタリア語とロマンシュ語を話す人口を上回っている。言葉が違えば生活習慣も違う。多様性こそ世界の常態である。
それでは、それぞれに異なる独特なローカル市場を開拓するにはどのようにしたらいいのか。
ローカル市場をいちばんよく知るのはローカル人材である。外国人である日本人社員に、各ローカル市場に特有なニーズをつかむことが不可能だとは言わない。しかし、ローカル人材にその役割を果たしてもらったほうがはるかに早いし、効果的、効率的だろう。新興市場開拓のために有効とされているリバース・イノベーション、つまり市場で求められる機能、価格から技術に遡るイノベーションの成功の秘訣もそこにある。
しかし、どれほど優秀な人材を採用しようとも、組織構造やマネジメントが彼らの活躍に促すように変革されていなければ、彼らは遅かれ早かれ、去ってしまうだろう。
日本企業のなかにも外国人社員を採用する企業は増えてきた。しかし、依然として日本語を話せることを条件とする企業は多い。日本にある本社だけではなく、国外拠点で仕事をする場合にも、日本語が話せることを条件とする企業まである。日本企業の仕事が依然として日本人による、日本人のための仕事に留まっているからである。
これでは優秀な人材獲得の可能性は狭まってしまう。日本語は日本でしか通用しない。優秀でグローバルな活躍への野心ある人々にとって、日本語能力を条件とする企業は、はたして魅力的だろうか。
それぞれのローカル市場で優秀な社員に事業創造のリーダーシップを発揮してもらうためには、人材の多様性を最大に活かすようなマネジメントが必要となる。
世界最大の食品メーカーであるネスレは、きめ細やかなローカル適応に競争優位の源泉を求めている。
食の世界はきわめて多様である。したがって、トップ・メーカーのネスレであっても、市場シェアは1.7%にすぎない。各国ごとにライバル企業が異なるので、ローカル適応が重要になる。同社が水だけでも70以上ものブランドを持つのもそのためである。
商品も多様であれば、社員も多様である。28万人の社員の国籍は150を数える。当然、経営陣も多様で、13人いる執行役員の国籍は11カ国に及ぶ。
現在のCEOはベルギー人で、前任者はオーストリア人だった。そもそも同社には、スイス企業だからトップはスイス人でなければならないという発想はない。国籍、性別にかかわらず、優秀な人材が会社を率いる。それがグローバル企業の原則である。
企業がグローバルに成長すればするほど、社内でも多様性は高まる。それにより、企業の競争力強化の可能性も高まる。多様性は独創的なアイデアを生み出すには効果的だからである。さまざまな意見がぶつかり合うことでシナジーが生まれ、同質性の強い組織では考えられないような独特なアイデアが誕生するかもしれない。
多様性が高まれば、組織内はより複雑になる。そこで問題となるのは、多様性ある組織をいかにしてまとめるかということである。したがって、複雑性に対処するマネジメント力の向上が持続的な成長のカギを握る。
多様な社員をまとめるのは、その企業独自の価値観である。「28万人もの社員をルールで管理することはできない。ネスレの原理原則で管理するしかない」と語るのは、同社のCEOポール・ブルケである。事細かにルールで社員をコントロールしようとすれば、独創的なアイデアの誕生を難しくしてしまうかもしれないからだ。

多様性を創造性につなげる

一方で、組織内に多様性が高まれば、それだけコンフリクト(意見の対立)は頻発する。しかも経営資源を有効に活用しつつ、国境を超えて迅速な事業展開を図るために、グローバル企業は近年マトリックス組織に移行しており、その結果、対立の傾向はますます高まるだろう。
典型的な多国籍企業プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)がグローバル化を目指して事業と市場のマトリックス組織に移行したのは、1999年のことである。組織を縦(地域)と横(事業)の二軸からまとめるマトリックス組織では縦、横の軸がぶつかるため、縦の一軸で組織をまとめることの多い日本企業以上に対立が生じる。
売りたい商品に関して、事業担当者と地域担当者との間で意見が異なることは珍しくない。したがって、事業と地域との間に生じる対立を速やかに解決するスキルがなければ、マトリックス組織は運営できない。
これまであからさまな対立の顕在化を回避しようとする傾向が強かった日本人社員にとって、これは難題である。しかし、グローバル企業でのマネジメントの原則とは、見解の対立があればそれを速やかに「見える化」し、解消を図ることにある。
対立とは会社に関して何か問題があることを示唆している。だからこそ、対立があるならばそれを明らかにし、問題解決を速やかに図らなければならない。マトリックス組織とは、社内のどこに問題があるのかを明らかにするうえで効果的な組織ともいえる。
文化的違いに基づく対立を超えて、多様性を創造性につなげるための重要なフレームワークがある。それがMBIである。
MBIとは、(1)経営に関する考え方(たとえば、組織における上下関係の重要性、コントロールするのか、従うのか、調和を求めるのかといった周囲との関係性など)の違いを文化ごとに理解するMapping(調べる)、(2)コミュニケーション相手が、自分にとって理解できない行動や姿勢を取っていても、それを非難することなく相手の文化的特性を考慮して、理解するBridging(橋渡し)、そして、(3)文化的な違いのなかからシナジーを模索するIntegrating(統合)を指す。
私が教えるスイスのビジネス・スクールIMDでは、MBIのフレームワークを学ぶセッションはグローバル・リーダーを育てるプログラムで不可欠である。
しかし、多くの日本企業では依然として、生え抜きの日本人社員が圧倒的多数を占めている。国外のコミュニケーションを必要とする場合にはMBIの必要性を実感することもあるかもしれないが、その機会は限られている。これでは、MBIを駆使するスキルも向上しない。「日本人、男性、生え抜き」社員主体という日本企業の実態は、グローバル企業とははるかにかけ離れているのである。

オーセンティック・グローバル・リーダーを育成する

どれほどグローバルな事業成長が急務であると語っても、そのための変化を社員が実感できなければ、実行にはつながらない。「会社はグローバル化に向けて動いているのだな」と社員が実感できる変化、それも、会社の仕組みそのものの抜本的な変化、すなわち、変革が企業レベルで起こらなければ、社員も行動を変えないだろう。企業がグローバルに事業を発展させるためには、単に海外事業担当部署が変わればいい、英語が話せる社員が増えればいいといった程度の変化では、不十分である。
日本企業で事業のグローバル化をダイナミックに進める味の素、花王、JT、日産自動車、資生堂などの企業に共通なのは、グローバル化の必要性を語るだけでなく、そのために戦略、組織、企業活動の全面的な大変革を、経営トップがリーダーシップを発揮して推進していることである。
トップ・マネジメントがグローバルに事業を伸ばすという強い意志を、企業変革を通じて示さなければ、社員も行動や発想を変えようとはしない。とりわけ変えるべきは、本社である。意思決定の仕組み、プロセス、そして何よりも役員の構成を大きく変えなければならない。
「会社にとって正しい」課題解決を行うためには何よりも、自社の使命、ビジョン、経営哲学(企業理念)を深く吟味することが大事である。それらが、数ある解決策からその会社に適した解決策を見つける手がかりとなる。
会社にとって最も重要な経営基盤である自社の使命、ビジョン、経営哲学を未来のリーダーに語るのは、トップの仕事である。したがって、グローバル人材育成は経営トップ自身が直接かかわるべき最重要事項である。
多様性のマネジメントに関する実践知を備えたオーセンティック・グローバル・リーダーの効果的な育成方法は、国籍、性別、事業、職能が異なる多様なバックグラウンドを持つメンバーを対象とした「グローバル・リーダー育成プログラム」の参加である。グローバル化のためのタスクフォースという実践的な活動を通じて、多様性のマネジメント、対立の効果的解消のスキルの実践知を身につけさせることを目的とする。
一方、リーダー育成プログラムは、自社の人的資源管理の仕組みとリンクしていなければならない。そのためには、比較的早い段階で、国籍の異なる人々と仕事をする楽しさと難しさを体験させておくことが重要である。グローバルに仕事をすることのおもしろさ、そのために自己の成長の必要性への気づきを与えるのである。
気づきを受けて行動に変化を起こし出した社員が、先のグローバル・リーダー育成プログラム参加候補者となる。また、プログラム修了後には、国外へ異動させるのが理想的である。プログラムで学んだことを、実践を通じてさらに磨き上げるわけである。
緻密な人材育成計画の下、彼らをさまざまな重要課題に意図的に取り組ませる。とりわけグローバルな事業成長のために必要となった改革プロジェクトには、このような優秀な人材を担当に充てるのは効果的であろう。
グローバル・リーダー育成のための多様な活動を通じて、グローバル・リーダーとしてのプロフィールが社内で確立していく。実践的な経験を通じて多様性を創造性につなげる実践知を身につけた彼らこそ、オーセンティック・グローバル・リーダーである。国籍にかかわらず能力ある者を発見し、彼らに難しい課題にチャレンジさせ育成し続ける。
オーセンティック・グローバル・リーダーは同時に、将来のトップ・マネジメント候補でもある。グローバルに事業を成長することに企業の未来を賭けるならば、国外で仕事をした経験がない人がトップ・マネジメントになることはありえないだろう。
IMDが毎年行っている世界競争力調査で2012年、日本は残念ながら27位(全59カ国中)に留まった。日本企業は10年ほど前から20位台に留まる長期低迷状況が続いているが、「経営幹部に国際的な経験が少ない」という日本企業の弱みは依然として解消されていない。10年程度の展望を持って、いまから将来のグローバル経営人材の育成に励まなければならない。
グローバルな事業成長には、単に組織構造を変えたり、ビジネスに関してグローバルな共通言語である英語を習得したり、あるいは多様な社員を増やしたりするだけでは不十分である。言葉の問題以上に、対立の背景にある文化の違いを理解し、対立を効果的に解決する実践知を備えた正真正銘のグローバル・リーダーを育てなければならない。それと同時に、常にあるべき理想を目指して、グローバルな事業のダイナミックな成長のための変革を続けることである。
そうなれば、国籍の違いにかかわらず優秀で野心ある若者にとって、最も魅力的な企業になる。その時こそ、日本企業は正真正銘のグローバル企業になれるであろう。

※2012年10月に出版された『DIAMOND ハーバードビジネスレビュー』掲載論文「企業変革なくしてグローバル化はありえない」より著者の許可を得て改編・転載。無断転載を禁ずる

一條 和生(いちじょう かずお)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、IMD 兼任教授

慶應MCCプログラム「グローバル・リーダーシップ」講師
1958年東京生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程卒業。ミシガン大学経営大学院にて
博士号(経営学)取得。一橋大学社会学部助教授、ボッコーニ大学(イタリア/ミラノ)客員教授、一橋大学大学院社会学研究科教授、IMD教授を経て、2007年より現職。専門は組織論、知識創造論、リーダーシップ、企業変革論。日本における知識創造理論の権威の一人。

著書に『MBB:「思い」のマネジメント ―知識創造経営の実践フレームワーク』(共著、東洋経済新報社)、『企業変革のマネジメント ―社員の、社員による、社員のための変革』(共著、東洋経済新報社)などがある。

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