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中川 ヨウ「ジャズという音楽」

2013年03月12日

中川 ヨウ
音楽評論家、慶應義塾大学政策・メディア研究科特任准教授、洗足学園音楽大学ジャズ・コース客員教授

序 ジャズという音楽

 「ジャズとは、一言でいうと、何なのでしょうか」
 そう訊ねられることが、よくあります。ジャズの明確な楽理的な定義は、実はないのです。
 ジャズは、19世紀後半にアメリカ合衆国南部で誕生し、19世紀末にルイジアナ州ニューオリンズを中心とする場所で花開いた音楽です。
 でも、それはまだつぼみでした。創世の時代にブルーズ、ブラック・スピリチュアルと関わり、クラシックの影響も受けて生まれたジャズ。その後、多くの変化を経て、ジャズは他の音楽ジャンルにはみられない、多様な枝葉を茂らせてきました。
 ラグタイム、ディクシーランド・ジャズ、シカゴ・スタイル・ジャズ、スウィング、ビ・バップ、クール・ジャズ、ハード・バップ、プログレッシヴ・ジャズ、フリー・ジャズ、フュージョン、アシッド・ジャズにクラブ・ジャズ。
 ジャズには可動性があるようで、今も動きつづけ、新たに生まれるスタイルに、周辺にいる人が名前をつけるのです。


 『ジャズの歴史―その誕生からフリー・ジャズまで』(音楽之友社)という大著を書いたフランク・ティローは、次の七点を、ジャズに共通する特色としてあげています。引用してみましょう。

  1. グループ、またはソロによる即興演奏
  2. 合奏に組み込まれるリズム・セクション(ふつうはドラムス、ベース、ピアノやバンジョー、またはギターのような和音楽器の、三種の楽器の組み合わせによって作られる)
  3. シンコペーションをもつ旋律や、リズム形がよりどころにする等拍のビート・リズム(この点を協調するために、付加リズムが使われる)【注:付加リズムとは、小さな単位の拍を付加しながら、より大きなリズム・グループを組織するやり方です】
  4. 演奏においては、ポピュラー歌曲や、ブルーズの形式に基礎をおく
  5. 旋律を構成するためにブルーズ音階を頻繁に使うが、主音のはっきりした、機能和声の組織をもっている
  6. ジャズを特徴づけるヴィブラート、グリッサンド、アーティキュレーションなどの演奏上の特色と、歌唱と器楽の双方にみられる音色上の特色
  7. 作曲によって音楽を作るのではなく、演奏によって音楽を作っていく美学

 ティローは、続けて書いています。
 「ジャズのみに特有で、特徴あるサウンドや精神的本質は、これらの要素を、さまざまに組み合わせるところに生まれるのである」
 難解ですね。ジャズが難しいとリスナーに思われてしまう原因が、こんなところにもあると思います。
 では、グラミー賞はもとよりピューリッツァー賞も受賞しているトランペッターで、リンカーン・ジャズ・オーケストラを率いるウィントン・マルサリスは、何といっているでしょうか。
 「ジャズとは、ブルーズをもとにしたメロディ、ハーモニー、リズム、テクスチュアを即興の流れのなかでやりとりすることだ。音楽の流れは、それぞれの要素をうまく組み合わせたり、集めたりしてできる。まるで、時の流れのようにね」
 ウィントンは、そう故郷ニューオリンズのアクセントで語りました。もっと具体的に話してほしいと頼むと、彼は小冊子がおいてある場所を視線で示し、読みあげるようにいいました。ジャズ・アット・リンカーンセンターがジャズ教育のために制作した『教師ガイド』(1998年)が、テーブルにありました。
 「ジャズは、ブルーズとスウィング抜きには語れない。このブルーズ、スウィングに加えて、リズム、和声、メロディ、即興がジャズの基本要素である」
それぞれの要素についても、書かれています。たとえばスウィングについては、こうです。
 「スウィングはジャズの基本だが、定義するのは難しい。ほとんどの場合、リズムのことを指しているが、スウィングは楽譜にあらわすことのできないフィーリング、リズムの弾みである。しかし、リズムだけではスウィングとはいえない。音色、アタック、ヴィブラート、イントネーションなどもふくめてスウィングが作られるのである」
 ではリズムとは? 生徒用に編まれた教本から、引用します。
 「リズムは、拍を刻み、音楽を躍動させます。ジャズを車にたとえるなら、エンジンのようなものです」
 原文では機関車にたとえられていましたが、車におきかえました。即興演奏については、その場で演奏を作ることで、それは会話に似ていると書いてありました。
 「ジャズとはその場で作られる音楽だと思っている人がいますが、それは本当のところ、正しくありません。通常は決められたコード進行があります(ある和音がある順番で進行し、曲を形づくること)。ジャズ・ミュージシャンは、この和声進行にしたがって、メロディやソロを演奏します。即興は、ときに人を驚かせるような要素をとりいれます。というのも、ミュージシャンは自身の即興ストーリーを頭に描いており、即興のときこそ、個性を発揮するチャンスだからです」
 ウィントン・マルサリスは気質的にきちんとした人なので、「即興ストーリーを頭に描く」と述べていますが、それには異論があります。コード進行はちゃんとあっても、アドリブは、あくまでその場、そのときに創作されるべきものだとわたくしは思うからです。ジャズはつねに「今、ここ」に生きる音楽なのです。そんなことをいっているから、ジャズが面白くなってしまうのです。
 つい熱くなり、失礼しました。
 即興演奏こそ、ジャズを特徴づけるものだと思っていたのですが、調べてみるとそうともいえないのです。クラシックでも、今でこそ(一部の現代音楽をのぞいて)即興演奏はしませんが、バロックやルネサンスの音楽、あるいは他の時代でも即興演奏は敬見されるのです。
 先のティロー説のリズムについて書かれた記述に戻れば、等拍のリズムは行進曲やクラシックの交響曲にもみられますし、付加リズムはアフリカの打楽器演奏だけではなく、14世紀のフランス・ポピュラー音楽でも使われていました。
 ジャズの教本では、ジャズの定義を「即興音楽と、スウィング」で語ろうとするものが多いようです。ですが、ジャズ・アット・リンカーンセンターでも、即興やスウィングの定義は、失礼ながらこの程度です。ことばにするのが難しいだけではなく、スウィングについて語りあってみると、それぞれのミュージシャンで捉え方が違うことに驚かされるのが実情です。
 ブルーズは、歴史的にいえば、ジャズのお兄さんか親切なおじさんでしょうか。ちなみに、「ブルース」とよぶとアメリカでは通じないので、本書では楽曲の名前以外は発音にのっとり「ブルーズ」と書くことにします。そのブルーズについては、いずれ本文で書くことをお約束します。後にまわすのは、歴史的経緯を書かなければ、ジャズもブルーズも何たるかをつかめないからです。
 「でも、ジャズって何なんだ」
 ごもっともです。相倉久人氏が、『新書で入門 ジャズの歴史』(新潮新書)で、喝破していました。
 「歴史をさかのぼっていって、いつかどこかで創世期のジャズ、百年前のニューオリンズ・スタイルにたどりつけば、それは『ジャズ』なのです。つまり、ジャズの定義はそうした歴史とのからみでしか成立しないということです」
 わたくしも、この説に賛同する者です。
 よろしいでしょうか。ジャズは「その源を訪ねると、20世紀初頭ニューオリンズで生まれた音楽に結びつく、音楽全般」を指すのです。だからこそ私は、著書『ジャズに生きた女たち』でも、そして、この4月より慶應MCCで開催する『agoraジャズ深耕!』でも、時代を象徴する人物を時代をとりあげ、その人生を紹介することで、ジャズの通史をながめながら、ジャズの魅力に迫っていきたいと思っています。

※2008年1月に出版された『ジャズに生きた女たち』(平凡社新書)の「序章」より著者の許可を得て改編・転載。無断転載を禁ずる。

中川 ヨウ(なかがわ よう)
音楽評論家、慶應義塾大学政策・メディア研究科特任准教授、洗足学園音楽大学ジャズ・コース客員教授
慶應MCC agora講座「慶應義塾大学アートセンター 中川ヨウさんと【ジャズ深耕!】」講師
東京生まれ。ジャズを核に、ポピュラー・ミュージック全般、ワールド・ミュージックとジャンルにとらわれない執筆活動を展開し、21世紀の音楽の行方を語れる評論家として高く評価されている。毎日新聞や婦人公論ほか連載・レギュラー執筆多数。
音楽教育でも活躍しており、洗足学園音楽大学では「ジャズの歴史」「ジャズ/音楽の最先端で起こっている事象について」の教鞭をとり、慶應義塾大学では「音楽と場所との関係性」、「21世紀の音楽の行方」について研究している。

 

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