HOMEへ戻るMCCマガジン杉野 吉則「無病をめざして―超高齢社会のかぎを握る予防医療 これからの人間ドックのあり方―」

杉野 吉則「無病をめざして―超高齢社会のかぎを握る予防医療 これからの人間ドックのあり方―」

2013年05月14日

杉野 吉則
慶應義塾大学病院予防医療センター長・医学部教授

慶應義塾は1917年に医学部予科を創設した当時から「予防医学」の必要性を説き、臨床・研究を積み重ねてきた。いわば慶應医学の原点でもある。私たち慶應義塾大学病院予防医療センターの「人間ドック」は、予防医学の目指す理想の姿を実現することにある。
わが国の高齢化問題は深刻である。早急に根本的な施策を講じなければならないが、今から出生数を増やすと言っても効果が表れるのは半世紀以上たってからであり、間に合いそうにない。さしあたってできることは、高齢者の健康寿命を延伸させるとともに、これからの高齢化社会を支えていかなければならない皆さん一人ひとりが、自らの老後の設計も行うことである。その根源となるのは健康である、そこで、予防医療の立場から健康寿命を延伸させることの意義と方法について考えてみたい。


総務省の発表では、2012年10月時点で、わが国の65歳以上の人口が3000万人を超え、総人口についてもこの2年間初めて連続で減少したそうである。今後、さらに急速な高齢化と人口減が進むことは避けられない。その対応としては出生数を増やすことが基本であるが即効性はない。直近に考えるべきことは、高齢化により生じる問題(労働人口の減少、介護を含めた医療費の増加など)へいかに対処していくかである。
ここ十年間で、年齢別人口構成で最も数が多い団塊の世代が定年を迎える。この世代が一斉に引退してしまうことは、わが国の社会や産業にとって大きな影響を及ぼすことが予想される。さらに、後進の世代が彼らの医療費や介護費を含めて支えていかなければならなくなる。まず、引退後の団塊世代の健康寿命を維持することは欠かせない。
ところが、団塊世代およびその後進の世代は飽食の時代を生きてきた事を忘れてはいけない。欧米型の食生活が浸透したため、メタボリックシンドロームが蔓延してしまっている。人間ドック学会の集計を見ると、近年の人間ドック受診者の8割以上が何らかの異常を指摘されている。そのほとんどは肥満・高脂血症・糖尿病・高血圧・肝障害などいわゆる生活習慣病に類するものである。このまま放置していると、今後のわが国に大きな負担をもたらすことは間違いない。
そこで、いま一度、家族や自らの健康を見直して、高齢化時代を乗り切るために「健康寿命の延伸」を図り、これからの人生プランを構築することが必要である。その一助として「人間ドック」の活用をお勧めしたい。人間ドックを受けることは単に寿命を延ばすことだけが目的ではなく、健康寿命を延ばすことである。
定期艇に行われている健康診断や人間ドックから連想されるのは、肺や胃などのがん検診と生活習慣病あるいはメタボリックシンドローム検診(メタボ検診)の2つである。この両者はかならずしも独立したものではない。例えば、がん検診はX線や内視鏡など画像検査が中心に行われている。しかし、がんの原因としては、感染症を含め後天的な要因、すなわち生活習慣に起因するものが過半を占めると考えられており、生活習慣病を調べることもがんを早期発見するためには重要である。一方のメタボ検診は採血や体重、腹囲の計測が主体に行われているが、最近ではCTや超音波検査など画像診断が大幅に取り入れられて、より正確な判定ができるようになってきた。
日本人の死亡原因で多いのは悪性新生物(がん)、心血管疾患、脳血管疾患である。その中でもがんによるものが圧倒的に多く、心血管疾患および脳血管疾患を併せた数とほぼ同等である。そのため、政府も施策としてのがん検診(対策型健診)を行っている。政府が行うがん検診の目的は効率よく数多くのがんを発見して死亡率を低下させることである。一方、人間ドック(任意型健診)のがん検診は、受診者ひとり一人のQOL(quality of life)を常に考えて行わなければならない。がんが発見され治療を受けた後も以前と同等の生活ができることが目的である。
日本人に多い胃や大腸など消化管のがんは、かつては外科手術で開腹して切除するのがほとんどであった。この場合、入院期間は2週間以上、ときには数カ月に及び、現場に復帰できるのは3~4カ月以上かかっていた。ところが、早期がんに対する内視鏡治療は、病変の大きさにもよるが、1~3日の入院で済み、1~2週間で普段の生活に戻ることが可能になってきた。また、最近は、腹腔鏡による治療が行われるようになり、内視鏡治療の対象よりも少し進行したがん病変についても開腹せずに治療することが可能となった。腹腔鏡手術は、消化管だけではなく胆嚢や、腎臓や婦人科臓器など腹腔内の様々な臓器の治療が行われ、さらに同じ手法である胸腔鏡は胸部の腫瘍に用いられている。
とにかく、がんについては早期に発見し、的確な治療を迅速に行えばほぼ100%助かるといってもよい。さらに、侵襲の少ない方法で治療することが可能になるため、術後も以前と全く変わらない生活を送ることができる。
一方、メタボリックシンドロームによって動脈硬化が進行してくると脳血管障害や心臓疾患を引き起こす。脳梗塞や心筋梗塞などはがんに比べると、すぐに死亡に至ることは少ないかもしれないが、健康寿命が途絶えて要介護の状態になるため、周囲の方の援助がないと生活できなくなり、社会にとっては大きな負担である。
また、がんやメタボリックシンドローム以外にも、高齢化にともなって起きる脳機能の低下としてのメモリー(認知症など)やメンタル(うつ病など)の問題、運動器の機能低下など様々な問題が想定される。それらの対応策としても、いろいろな兆候を早く察知して、積極的に改善することが肝要であり、これらの異常を見つけることも人間ドックの役割になりつつある。
前述したように人間ドックの目的は、受診者ひとり一人の立場に立って、詳細に検査して疾患をごく早期に発見し、あるいは症状が出る前に診断して、治療あるいは指導を行うことである。これによって受診者は、その後のQOLを保つこと、すなわち「無病」を可能な限り維持することが可能となる。すなわち、主体的な健康寿命の延伸により、自ら超高齢社会への対応策を講じることである。
次号以降では健康寿命に大きく関与するテーマとして、「悪性新生物(がん)」と「生活習慣」についてご紹介していきたい。

杉野 吉則(すぎの よしのり)
慶應義塾大学病院予防医療センター長・医学部教授
1949年11月生まれ兵庫県神戸市出身。1975年 慶應義塾大学医学部卒。慶應義塾大学病院放射線診断部に入局し、放射線診断学、とくに消化管のX線診断・内視鏡診断・病理診断を研修.平塚市民病院放射線科医長,ドイツ・ベルリン自由大学留学、慶應義塾大学専任講師(医学部放射線科学)、准教授を経て現職に至る。2012年8月開設の慶應義塾大学病院予防医療センター長。
日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器がん検診学会評議員・認定医、日本医学放射線学会代議員、日本食道学会評議員、日本大腸検査学会評議員、NPO日本消化器がん検診精度管理評価機構副理事長。
著書・論文
「胃X線診断学.-検査編-」 金原出版、1992
「新・画像診断のための解剖図譜」 5.消化管・腹部(改訂第3版) メジカルビュー社、1999年
「GIST診療ガイドライン(日本癌治療学会、日本胃癌学会、GIST研究会編)」金原出版、2008年
「早期胃癌の画像診断 深達度診断のための精密検査」 胃と腸 44; 593-607, 2009
「早期胃癌アトラス」医学書院、2011年

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