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ピックアップレポート

2014年03月11日

高橋 俊介『ホワイト企業-サービス業化する日本企業の人材育成戦略』

高橋俊介
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授

20代キャリアの質が低下した

雇用問題を考える場合、失業率に代表される「量的な側面」はもちろん重要ですが、それに加えて「質の問題」が非常に重要な概念になります。

質とは、簡単にいえば「働きやすさ」と「働きがい」の両側面。さらにいえば、働きがいのなかでも、仕事を通じて働く人が成長すること。つまり、「就労経験を通じての成長」が雇用の質として非常に重要となります。

とくに若年層の初期キャリアにおける成長という意味で、雇用の質は、長期的な影響をもたらします。若年者が三十代、四十代、五十代になったときの産業や地域、そして国の将来の成長に大きな影響を与えるのです。

雇用の質が高くないと、将来的に産業の成長や、働く人の長期的なキャリア形成にも問題が生じてしまう。二十代の初期キャリアにおける働きがいは、キャリア形成に大きな影響を与え、生涯年収や人生に対する満足度にも大きくかかわります。

問題は、日本の雇用の質が、とくに初期キャリアの質が確実に劣化してきていること。これはボディーブローのように長期的に打撃を与える深刻な問題でしょう。

雇用の質が劣化した大きな原因は、日本経済のサービス産業化と、戦後の成長を支えた輸出型製造業がグローバル競争や技術革新によって想定外の変化を遂げたことにあります。

まず、サービス産業化は先進国に共通する傾向ですが、日本の場合、サービス業の雇用の質に特有の問題があります。

たとえば製造業対サービス業、大手企業対中堅・中小企業を比較すると、雇用の質の違いが大きい。製造業とサービス業では、サービス業のほうが賃金が低いし、大手企業と中堅・中小企業では、企業規模による賃金の差が大きくなるのです。

また、離職率にも差が出ます。大卒と高卒の新卒者で、三年以内の離職率に顕著な差がありました。そういった点を含めて、日本は製造業に比べてサービス業の、大手企業に比べて中堅・中小企業の雇用の質が低いのです。

こうした点は他国と比べた日本の特異性で、これによって雇用の質の問題が深刻になりやすいという背景があります。

もう一つの背景に、製造業における日本型人材育成の特殊性があります。いわゆる組織内の伝承型OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)が非常に強く、その代わりにそれ以外のものが弱いといった問題です。

日本では、製造業における人材育成が、あまりにも日本的な素晴らしいかたちで機能してきましたが、逆にいえば海外と比べて非常に異質な発展を遂げてきました。さらに、サービス業や中堅・中小企業の雇用の質が低いという問題を抱えたまま、企業はサービス業化しています。

本書では、サービス業化する日本企業の雇用の質、なかでも働きがいについて取り上げます。そして、とくに重要視すべき若年層の初期キャリアにおける成長をどのように考えるべきか、それを各企業、あるいは社会全体としてどのように改善していくべきかについて、私がかかわっている活動を含めて、本書『ホワイト企業 ―サービス業化する日本企業の人材育成戦略』に整理しました。

なぜ若者は育たなくなったのか

日本企業は、これまで人材育成を企業内のOJTに大きく頼ってきました。輸出型製造産業の大手企業に代表される、戦後日本の高度経済成長を支えた人材たちが、まさにその強みゆえに国際的にも強い競争力を構築してきたのは事実です。しかし最近は、日本企業の人材育成が低下している、という話をよく聞きます。

日本は中間層の強みが持ち味の「ミドルアップダウン」型だったといいます。このミドルアップダウンという形態は、ミドルが「こうやるべきだ」と発案し、それをトップに上げて、トップが「やろう」と意思決定すると全社で動くというスタイルです。しかしそのミドルがうまく育っていません。若手を育てる役割があるミドルが育っていないのですから、当然ながら若手も育ちません。一方で、若手社員を使い捨てにするブラック企業の問題が最近、ネット上でも飛び交っています。

中堅・中小企業や成長著しい新興企業において、輸出型製造業である大手企業の考え方や手法がそのままではなじまないことはわかっていても、それに代わる新しい人材育成の手法は、いまだに未整備のままです。そういった企業の一部が、「ブラック企業」と呼ばれるようになっています。私の理解では、ブラック企業と呼ばれる企業のなかには、確信犯的に「人は使い捨てでいい」と言う企業もそれなりに存在しますが、多くの場合、経営者や幹部が人材育成は重要だと思うものの、「具体的にどうしていいかわからない」という企業、結果的にブラック企業に見えるというケースのほうが多いと考えています。

ブラック企業が人を使い捨てにする企業とすれば、ホワイト企業とは、初期キャリアにおいて若者を成長させる企業、働きがいのある企業、さらには社会における雇用の質を向上させる企業といえる でしょう。

真のホワイト企業とは、若者を成長させ、変化の激しい時代において雇用の質を向上させる企業です。そのような企業が、組織としてどんなことに取り組んでいるのか。日本全体がサービス業化し沖縄のようになっていくと予測しています。沖縄にかぎらず、中堅・中小のサービス業のなかから、新しい人材育成企業や働きがいのある会社が多く出てくるようになれば、日本企業への波及効果も期待できると私は考えています。本書がその一助になれば幸いです。

おわりに

サービス業化とは、たんなる産業構造の変化ではありません。大きなポイントの一つが、人材育成手法の革新の問題ではないかと私は考えています。

とくに日本の場合は、大手の輸出型製造業に適した日本特有の強み、つまり日本型の労働価値観、あるいはタテ型OJTという人材育成のノウハウにより、企業が発展し、社会も支えられてきました。

しかしながら、サービス業においても、日本人の価値観やホスピタリティなどをうまく活用することで強みとなりえます。それが発展し、社会を支えていくのです。

こうした企業や業界が発展することで、社会は、サービス業における人材育成に支えられる時代に転換することが可能になります。

組織のタテ型OJTによる人材育成、組織内の余剰雇用の吸収、それらを支えた組織求心力という輸出型製造業の大手企業の手法が、企業や仕事、社会としても、なじみにくくなっていると、私は以前から実感していました。

これはたんなる雇用流動化の問題ではありません。仕事の中身が変化したのです。その結果、起こりうる人材育成の変化についていけない企業が出てきます。女性活用や男性の家事寄与率、あるいはコミュニティ寄与率がなかなか向上しない社会と企業の問題、地域において親の影響を強く受けた若者の就職アンマッチ問題。すべてが新しいパラダイムを求めています。

世の中には、こうした問題がいろいろありますが、基本的には企業の中の人材育成、社会における人材育成のパラダイム転換が求められているとしかいいようがありません。

サービス業化した産業は、やり方しだいで、日本特有のよさを強化できるとも考えています。

そのためには個別の企業が、中堅・中小企業を含めて、きれいごとや精神論で「人を大切にする」などといってもダメなのです。地に足をつけて、みずからの経営ビジョンの問題として、人材育成を捉えないといけない。そして、自社固有のテーラーメードの人材育成施策を推進していく。

一方、社会としても、いままでのような企業内人材育成にばかり頼るのではなく、地域として産業として、あるいは国としての人材育成施策をさまざまなかたちで推進していくことが求められています。

ブラック企業を減らし、ホワイト企業を増やすためには、こうしたパラダイムシフトが必要となってくるのです。

高橋俊介著『ホワイト企業 ―サービス業化する日本の人材育成戦略』序章およびおわりにより著者と出版社の許可を得て編集転載。無断転載を禁ずる。

高橋俊介(たかはし・しゅんすけ)
高橋俊介

  • 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授
東京大学工学部航空工学科卒業、日本国有鉄道勤務後、プリンストン大学院工学部修士課程修了。マッキンゼーアンドカンパニーを経て、ワイアット社(現在Towers Watson)に入社、1993年代表取締役社長に就任。その後独立し、ピープルファクターコンサルティング設立。2000年5月より2010年3月まで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー(CRL)研究員。2011年9月より現職。個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティングに従事。
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