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2014年07月08日

水越 康介『「本質直観」のすすめ。: 普通の人が、平凡な環境で、人と違う結果を出す』

水越康介
首都大学東京大学院ビジネススクール 准教授

第0章 短い解題

「本質直観」は、もともと哲学の言葉です。文字通りに読むと、本質を直観する、ということになります。これだけですと、物事の本質をつかみ取る魔法の力のように感じられるかもしれません。

その理解はある程度正しいのですが、これから説明していく本質直観は、もう少し違う考え方です。本質直観とは、私たちが「本質を捉えた」と確信していることそれ自体を手がかりにして、むしろその根拠を疑い、問い直す作業を意味します。ようするに、本質を捉えることが大事だよね、というのではなく、自分の確信がどのようにして成り立っているのかを確認していくのです。日常的な言葉である直感(instinct:本能に近いでしょうか)ではなく、直観(intuition:直感を鍛え上げる、あるいは問い直す感じ)を使う理由がここにあります。

こんな話から始めていいのかどうかわかりませんが、いま私のなかにあるイメージを一つのメタファーとして語りましょう。子どもの頃に遊んだゲームに出てきて、いまも覚えている一節です。
 「今考えている事の逆が正解だ。でもそれは大きなミステイク」(ファイナル・ファンタジーⅥ:セッツァー・ギャッビアーニ)

いま考えていることを否定し、それをまた否定する。つまり「最終的には今考えていることが正しい」というわけですが、私が思うに、素朴に正しいと言っているのではないところが肝要です。彼がここで言わんとしているのは、最初の直感を正しい形で疑えるようになれ、そのうえで、最初の直感から得た確信の正しさ(あるいはそれを疑う過程で生まれたまったく新たなアイデア)を本当の意味で深く確信しろということかなと思います。これこそ、本質直観がなさんとすることです。

本質直観は、ビッグデータや統計分析がもてはやされ、データ至上主義的にさえ感じられる昨今のビジネスの現場を見つめ直す試みでもあります。まず自分自身がしっかりとものごとを考える。データに振り回されず、かつ自己満足で終わりもしない。そうして生産的なアイデアを作っていくための具体的な方法が、本質直観なのです。

本書は、日々ビジネスに携わる方に向けて書いています。本質直観を理解すれば、ビジネスのアイデアや、なかでも特に優れたアイデアといえるビジネス・インサイトといったものを捉えられるようになります。これらは、一部の天才だけが手に入れられるものでもなければ、大きな資本を必要とするわけでもありません。最初の確信を問い直すことによって深く考える、本質直観の方法を身につけ、新たな確信の下で日々実践を重んじることができるようになれば、きっとうまくいくはずです。

ビジネスパーソンのなかでも、特にマーケティングや商品開発に関わる方にとって、本書はより意味のある内容であろうと思います。本質直観を理解すれば、マーケティング・リサーチがどのような役割を果たせばよいのか、いままでとは180度異なる見方ができるようになるでしょう。端的に言って、多くのマーケティング・リサーチは信用に足りません。けれどもそれは使い方が決定的に間違っているためであり、マーケティング・リサーチが不用ということではないのです。

できれば多くの方に読んでもらおうと論文調で書くのをやめたのですが、マーケティング論や経営学をはじめとする研究者の方に対しても、一つの方向性を提示したつもりです。私の過去の研究をご存じで、より直接的な答えを見たいと期待してくださった奇特な方(あまりいないと思いますが……)への、いまの私なりの答えです。研究者のなかでも、哲学や社会学の専門家の方からすると、原著の主張を誤って使っているということになるかもしれません。ビジネスにおいてはそういうジャンプが求められるのだ、と言ってみたいところですが、ひとまず、そのあたりは温かい目で見ていただければうれしいです。

それから最後に、ビジネスパーソンにかぎらず、先のセッツァーの言葉を知っていたというみなさん、あぁそういえばそんな言葉もあったなぁとなんとなく思い出されたみなさん、さらには、そんなこと言えば自分だってこんな名言を知っているよと思われたみなさんも、すべて想定される読者です。そんなふうに何かを感じ、何かが頭に浮かぶ創造的瞬間こそが、本質直観の契機なのです。それが具体的に何であるのか、どういう意味を持っているのか、一緒に考えていきましょう。

さて、本書の構成ですが、1章と2章は導入です。スティーブ・ジョブズであったり、ソーシャルメディアであったり、親しみやすい例から本質直観の具体的なイメージをつかみたいと思います。ゲームをするときに、説明書をじっくり読んでからゲームをする人は少ないでしょう。普通は、ゲームをまずやってみてから、必要があれば説明書を読むものです。その流れに則して「説明書」として置く3章で取り上げるのは、本質直観の哲学上の意味です。

4章から7章では、本質直観をマーケティングやマーケティング・リサーチの方法と重ね合わせていきます。本書では旧来的なリサーチの多くを批判的に取り扱っていますが、本質直観に近いリサーチの方法が、これまで一つもなかったというわけではありません。4章のセグメンテーション(市場を細分化する)も含め、5章のオブザベーション(観察する)、6章のZMET(無意識を捉える)、それから7章のイントロスペクション(内観する)といった方法は、本質直観の考え方にとても近いと言えます。このあたりを確認しながら、より具体的な理解を深めていきたいと思います。

8章から10章では、本質直観という考え方をビジネスの根幹に位置づけ直していきます。8章ではマーケティング・リサーチのそもそもの前提を社会構築主義という考え方で捉え直します。9章では、組織としてリサーチを行う必要性をマーケティングの古典に遡って考えます。そして10章では、特に優れたビジネスのアイデアと言えるビジネス・インサイトを獲得するために本質直観が重要になることを示します。

11章では、実際に一つ本質直観をしてみようと思います。私自身がこの本を書くに至った確信を問い直してみようというわけです。ちょっと自分の昔話になりますが、よろしければご覧ください。そして最後に12章では、自らの確信を相手に伝えるために必要なことを考えます。

少し難しいところもあるかもしれませんが、最後までおつきあいいただけたら光栄です。

東洋経済新報社『「本質直観」のすすめ。: 普通の人が、平凡な環境で、人と違う結果を出す』第0章「短い解題」より著者と出版社の許可を得て転載。無断転載を禁ずる。

水越康介(みずこし・こうすけ)
  • 首都大学東京大学院ビジネススクール 准教授
1978年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。専攻はマーケティング論、商業論、消費者行動論。新しい価値の創造をめざして、学術分野のほか、民間シンクタンクでも研究を行う。学生と社会をつなぐ活動にも力を注ぎ、ユーザー参加型製品開発プロジェクトでの学生指導などに取り組んでいる。
主な著書に『企業と市場と観察者 – マーケティング方法論研究の新地平』(有斐閣 )、『マーケティング・リフレーミング — 視点が変わると価値が生まれる』(編集、有斐閣)、『マーケティングをつかむ 』(共著、有斐閣)などがある。
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