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中原 淳『人事よ、ススメ!―先進的な企業の「学び」を描く「ラーニングイノベーション論」の12講』

2015年03月10日

中原 淳
東京大学 大学総合教育研究センター准教授

本書は、慶應丸の内シティキャンパスで実施している半年間の授業『ラーニングイノベーション論』の講義の様子を収録した本です。

これは、僕が主任講師をつとめる「人材開発の専門知識・スキル」を学ぶプログラムです。企業の人事・人材開発担当者の方々が、半年13回のセッションを通して「人材開発の基礎理論・知識・事例」を学び、それらを活かしつつ、自社の「人材開発のあり方」を改善する提案を最後に行う、いわゆるアクションラーニング型の授業になっています。

『ラーニングイノベーション論』がこの世に生まれたのは2009年、そして、立ち上げを企画していたのは、2008年のことだったと思います。

当プログラムを企画するにあたり、以下のような思いを込めました。

まず、ラーニング(学ぶこと)を「自分自身が行動やものの見方を変え、さらには、他を変えること」と定義しました。一般に俗世間では「学ぶこと」といえば、「有能な人からありがたい知識やスキルを伝達してもらい、脳の中に記憶すること」と考えられがちです。こうした考え方に立つと、カリキュラムも、著名人の講義を「一方向的」に拝聴すること、となってしまいます。

確かに、人生のある局面では、先達のつくった知識やスキルを継承し、記憶していくことが求められます。しかし、企業の人材育成・人材開発が、働きかけを対象とするような「成人の学び」の場合はどうでしょうか。成人は、すでに義務教育、中等教育、高等教育機関を経て、すでに様々な知識を身につけ、様々な業務経験をもっています。そうした人々の背中を押すときに求められるのは、知識・スキルを獲得することに加えて、具体的な行動や視座の変革をなすこと。そして、そのことを通して、周囲にある物事・事業・職場・組織を変えていくことです。

『ラーニングイノベーション論』は、そうした「成人の学び」を生み出すために、人事・人材開発担当者にどのような知識・スキルが必要かを考え、編み出されました。参加者自らが「自分自身が行動やものの見方を変え、さらには、他を変えること」に挑めるようにカリキュラムをつくりました。

次に配慮したのは、人材開発にまつわる「理論的知識と実務的知識」、「経営にまつわる知と学習にまつわる知」というそれぞれのバランスをとることです。

「人材開発」という営みを仕事として達成していくときに必要な理論・知識・事例・スキルは多岐にわたります。その仕事を効果的になすためには、まずは、理論的知識と実務的知識をバランスよく所持し、それらを関連づけることが求められます。

リフレクション研究で名高いフレット・コルトハーヘンは、理論的知識を「大文字の理論(Theory)」、実務的知識を「小文字の理論(theory)」と名づけ、学びを生み出す側には、この二つの「Theory」と「theory」の融合を果たすことが重要であることを主張しています。

また「経営にまつわる知と学習にまつわる知のバランス」も、大切なことです。人材開発とは、単に「大人の学びを促せばよい」というわけではなく、「経営のためだけに存在している」というだけでもありません。人材開発を効果的になすためには、「経営にまつわる知と学習にまつわる知のバランス」を適度にとって、その知を習熟していくことが求められるのです。

『ラーニングイノベーション論』のカリキュラムをつくる際には、こうした点に配慮がなされました。登壇する講師の方々を選定する際には、実務家、理論家、組織に強い人、学習に強い人、それぞれの領域からバランス良く選ぶことにしました。
 最後に配慮したのは、授業進行やファシリテーション、カリキュラムの構築の仕方、事務局のあり方が、学習者の方々に「見て、そのまま真似して、学んで頂けるようにすること(観察学習と言います)」でした。

「人材開発のあり方」や「成人の学習」に関して講義を行うものは、その学習者からも常に「問いかけられる覚悟」を持つべきです。

 あなたは、学びを変革しろという
 あなたは、インタラクティブに授業をしろという
 あなたは、グループワークを工夫しろという
 
 そういうあなたはどうなんだ?
 
 あなたは、自分の授業を「変革」しているのか?
 あなたは、インタラクティブに授業をしているのか?
 あなたは、グループワークを放置していないのか?

哀しいかな、我が国の人材開発や成人の学習を語る言説の「主体」の多くは、この問いに対して「沈黙を守る」か、ないしは、この問い自体を「なかったこと」にしてきました。

「人材開発の理論」や「成人学習の世界的動向」には「饒舌」だけど、自らの「実践」には沈黙を守る。「人々の学習」には「雄弁」だけれども、自分の授業は覆い隠す。場合によっては「実践や技法を語ること」を「ハウツー的だ」として揶揄して、実践知の価値をおとしめる。それは「理論知の価値を高めること」が、「自らの生存価値を高めるサバイバルストラテジーとしても機能すること」につながるからです。

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慶應丸の内シティキャンパスで開催されている『ラーニングイノベーション論』は、「東京・丸の内」のど真ん中という、非常に特殊な空間で展開されているものです。ここで展開されている「知のエッセンス」を、本書にてより多くの人々にお届けすることができたとしたら幸いです。

もちろん、書籍だけで人材開発の知識・スキルを獲得することは難しいでしょう。しかし、本書は、「人材開発の奥深い世界の入口に立とうとする人々」に、その面白さと広がりを伝える役割は果たしうるのではないかと思っています。

2009年にはじまった『ラーニングイノベーション論』は、過去6年間、約180名の卒業生(アラムナイ)を世に送り出してきました。

アラムナイの中には、人事・人材開発の領域で活躍なさっている方、経営層になられた方、人にまつわることに興味関心は持ちつつも今は事業部で活躍なさっている方など、様々な方々がいます。

アラムナイのメーリングリストは、ときに活発に動き出し、卒業生の誰かがラーニングイベントや読書会、勉強会を開催しています。ラーニングイノベータは、今日も変わり、そして、動いています。

 この本を、
 自ら変わり
 他を変えていく
 志ある人々へ
 自らが動き
 周囲を動かす
 熱意ある人々へ
 お贈りします。
 本書はあなたに問いかけます。
 さぁ、ラーニングイノベータの仲間になろうよ、と。
 Come on and join us!

 

碩学舎『人事よ、ススメ! ―先進的な企業の「学び」を描く「ラーニングイノベーション論」の12講』のまえがきを著者と出版社の許可を得て転載。無断転載を禁ずる。

中原 淳(なかはら・じゅん)
東京大学大学院 学際情報学府准教授(兼任)。
北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部、大阪大学大学院人間科学研究科を経て、文部科学省メディア教育開発センター助手、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学 大学総合教育研究センター講師、2006年より現職。2003年、大阪大学にて博士号取得。
専門は教育学(教育工学)。「大人の学びを科学する」をテーマに、教育学の観点から、企業・組織における人々の学習・成長について研究している。
研究の詳細はBlog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/
主な著書に、『駆け出しマネジャーの成長論』『研修開発入門—会社で「教える」、競争優位を「つくる」』『リフレクティブ・マネジャー』『企業内人材育成入門』などがある。

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