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中村 和彦「入門 組織開発」

2015年08月11日

中村 和彦
南山大学人文学部 心理人間学科 教授

はじめに

「コーチング」や「ファシリテーション」という言葉を聞いたことのある方は多いと思いますが、「組織開発」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。聞いたことがあったとしても、それが何であるかを説明したり、自分の言葉で語ることができたりする方は少ないというのが現状ではないでしょうか。

コーチングやファシリテーションは組織開発の長い歴史の中で育まれてきました。それらのベースに組織開発があり、組織開発を「大きな木」と例えると、コーチングやファシリテーションなどの手法は、その木の「実りのある枝葉」と捉えることができます。

日本の企業では、2000年頃からコーチング研修が導入されていきます。コーチングとは、上司が部下に指示して教える(ティーチング)のではなく、部下が主体的に考え、実行するのを引き出す関わり方のことです。

その次に広がったのがファシリテーションです。ファシリテーションとは、会議やプロジェクトなどの集団活動がスムーズに進むように、また成果が上がるように支援する関わり方のことです。2003年に日本ファシリテーション協会が設立され、ファシリテーションの考え方や手法が広がるとともに、企業の中でもファシリテーション研修などが導入されました。

日本では、コミュニケーションや会議の活性化を目指して、コーチング研修やファシリテーション研修のような「研修(トレーニング)」が実施されることが多々あります。私も以前はもっぱらトレーニングを実施していました。今でこそ組織開発の研究と実施をメインにしていますが、ここで、私がトレーニングから組織開発に専門が広がったエピソードを簡単にご紹介します。

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20年以上も前のことになりますが、私は南山短期大学人間関係科に職を得ました。そこは非常にユニークな学科で、学科科目は講義がなく、人間関係を体験から学ぶ「人間関係トレーニング(正式名称は「ラボラトリー方式の体験学習」)」の授業が行われていました。ラボラトリー方式の体験学習とは、人と関わる実習を体験し、その体験から自分自身の関わり方や人間関係について気づく学び方で、企業では「教育訓練ゲーム」などと呼ばれています。

私も先輩達からいろいろ教えてもらい、体験学習のトレーニングを実施できる力を身につけてきました。また、企業などの組織から依頼された際には、研修(トレーニング)の実施という形でお手伝いをしていました。

しばらくして転機が訪れます。患者に優しい病院づくりを目指すという目的で、パキスタンやバングラデシュの医療従事者(医者や看護師、保健師)にコミュニケーションのトレーニングを実施してほしいという依頼を受けたのです。

私にとっては初めての、組織の変革に継続的に取り組むプロジェクトでした。大学の夏休みや春休みを利用して何度か現地を訪れ、トレーニングを実施しました。その時、私は組織開発について理解しておらず、自分が当時もっていたトレーニングのノウハウでプロジェクトに取り組みました。コミュニケーションやチームワークを学ぶ実習を実施できる現地の人のファシリテーターを養成し、彼らが病院関係者にトレーニングを実施し、最終的に医療従事者の患者さんに対するコミュニケーションを改善することを目指したのです。

その結果、研修を実施できる人材を育てることに一定の成果を出すことができました。しかし、医療従事者の患者さんに対するコミュニケーションや医療従事者同士のチームワークを大きく改善させられるまでには至りませんでした。私はこの経験から、組織を変革するためにはトレーニングの実施だけでは不充分で、自分が組織に対して働きかけられるアプローチ方法をもっと広げる必要があると感じることになります。

組織内のコミュニケーションやチームワークなどの関係性に働きかけるアプローチが組織開発であることは当時から何となく知っていたので、私はこのとき、組織開発について深く学びたいと強く思うようになりました。

ちょうどその頃、幸運にも私が所属する南山大学から1年間のアメリカへの留学の機会を与えられ、組織開発の発展に寄与した期間であるNTLインスティテュートの組織開発のプログラム(正式名称は「組織開発サーティフィケート・プログラム」)に参加することになります。このことが大きく影響し、NTLのプログラムで学びを深めながら組織開発の全体像を理解していきました。日本に帰国してからは、組織開発の研究と実践、組織開発の講座の実施に取り組んでいます。

このようにして、私の組織へのアプローチがトレーニングから組織開発に広がっていきました。私と同じようにトレーニングの限界を感じ、組織に対して働きかける方法をもっと広げたいと感じて本書を手に取ってくださった方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

日本の組織も、研修(トレーニング)から組織開発への広がりが必要とされています。事実、組織開発はいま注目されています。ここ数年、「組織開発」をタイトルに掲げる研修や講座が増え、ビジネス雑誌にも特集記事が頻繁に組まれています。組織開発について、ともに学ぶコミュニティであるODネットワークジャパンも2010年に設立されました。

組織開発はアメリカで発達してきた「Organization Development」(OD)の訳語です。1960年代に日本に導入され、導入された当初は「組織づくり」と訳されたこともありましたが、その後「組織開発」という訳語が定着しました。

組織開発の全体像を理解するためには体系的な学びが必要とされます。それは、組織開発の理論や手法が非常に多種多様であることに起因しています。たとえば人材開発の場合、対象となるのは個人で、個人のもつ力や技術を伸ばしていくことを目指します。一方、組織開発の場合、対象となるのは組織全体や部門、部署、個人など、多様で複雑なレベルに及び、人や関係性という、組織の中のソフトな面にも光を当てて変革を目指すものだからです。

つまり、組織開発はさまざまな手法や理論が入っている「包括的な箱」のようなもので、ある特定の手法を指すわけではありません。したがって、組織開発の全体像を直感的につかむことは難しくなるのです。

そして日本では、組織開発の全体像を学ぶための機会が少ないという現実があります。組織開発に関する書物は日本でもいくつか出版されていますが、組織開発をこれから学びたいと考えている人たち向けの書物は、残念ながら日本にはまだありません。そこで本書は、組織開発の全体像を理解できるような入門書を目指しました。

本書は4章から構成されています。第1章では、まずは日本の組織の現状やマネジメント課題について心理学的観点から考察し、組織開発が必要とされている状況について検討していきます。続く第2章では、組織開発とは何か、どのような特徴をもち、どのような歴史で発展してきたのかを見ていきます。第3書では組織開発の一部の手法について、具体的な事例を交えて紹介していきます。最後の第4章では、日本企業が活性化するための鍵を組織開発の観点からまとめてみました。

第1章からお読みいただければ、いま、なぜ組織開発が注目されているのか、それがなぜ日本の組織の現代的課題と切り離すことができないのかに気づいていただけると思います。第2章以降では、それらの諸課題にアプローチできる有効な方法が組織開発であることを説明してきます。しかし、組織開発が何であるかをまずは把握したいという方は、第2章から読んでいただき、その後、第1章に戻っていただいてもかまいません。

本書が、組織開発の全体像を知るための一助となれば幸いです。
 

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光文社新書『入門 組織開発』の序章を著者と出版社の許可を得て改編。無断転載を禁ずる。

中村 和彦(なかむら・かずひこ)
名古屋大学大学院教育学研究科教育心理学専攻後期博士課程満期退学。教育学修士。学校心理士。専門はグループ・ダイナミックス、ラボラトリー方式の体験学習、組織開発(OD)。米国NTL Institute組織開発Certificate Program修了。トレーニングや組織開発コンサルティングなど、様々な現場における実践に携わるとともに、実践と研究のリンクをめざしたアクションリサーチに取り組む。

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