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山根 節「MBAエグゼクティブズ」

2015年09月08日

山根 節
慶應義塾大学名誉教授、早稲田大学・大学院商学研究科(ビジネススクール)教授

プロローグ…プロ経営者の時代

日本の弱点は「経営トップ」

私がビジネススクールで経営学を数える仕事に携わってから、20年の歳月が過ぎた。ビジネススクール教授に奉職する前は、実務家として20年活動した。コンサルティング会社に7年在籍し、その後自分で会社を設立して経営者となって13年の計20年である。したがって私は教育と実務を半々、20年ずつこなしたことになる。

40年経った今、経営教育について自分なりに見えたものがある。それは次のようなことである。

  • 良い経営者がいれば、日本は世界で勝てる
  • しかし「日本の弱点は経営トップ」(by P.F. ドラッカー)にある
  • 経営は座学で学び、教えることができる。つまり経営者は育成できる
  • 今の日本企業に足りないのは経営教育である
  • したがって経営教育に本気になれば、日本は勝てる!

私は仕事柄、経営トップとお会いする機会が多い。数年前になるが、ある巨大企業の社内研修のお手伝いで新任の社長にお会いする機会があった。

その新任社長は管理職時代の実績が認められて、トップに選ばれた人だった。地方の営業所長や海外事業部長などを歴任し、成功実績を積み重ねてきた。加えて非常に気配りの利いた感じの良い方で、周囲から「トップに選ばれて当然」という雰囲気を感じさせる人だった。

しかしその企業の業績がやがて迷走し始める。就任当初にぶち上げた中期計画は未達の連続となり、社内の動揺も高まっていった。私は後から考えて、その理由がわかる気がした。

それは研修会の冒頭、社長講話でのことだった。彼は自分の経験談や成功のための心構えを若手幹部に話した。そして最後にこう言った。

「若いころからいろいろなことを力の限りやってきた。それに悔いはない。ただ1つあるとすれば、今思うのは若いうちにこういう(経営の)勉強をしておけばよかった」

彼は努力家だったので、30代で上司に実力を認められて(その上司が後に社長となった)、その上司から「ビジネススクールに行って、勉強してこい」と推薦されたのだが、目の前の仕事が面白くて断った。それが今となって、たった1つの後悔だと吐露したのである。

彼は努力家であり、中間管理職時代に実績を積み重ねて社長に選ばれたものの、「経営とは何か」、「経営者は何をするのか」を勉強する機会がなかった。つまり経営を教わってこなかったのである。

日本のトップは「代表取締役担当者」

わが国では、どのようにしてトップが選ばれるのだろうか。先の会社の事例が一般的なのではないだろうか。ミドル時代の成功実績から指名されるというパターン。

努力家のミドルが社長になると、自分がこれまで経験した領域は詳しいので、例えば営業出身だと営業の仕事にやたら口を出してくる。あるいは自分がかつて担当した事業部門となると細かいことまで知り尽くしていて、その部門の社員の裏の行動まで読めたりする。そうなると現場担当者のあらゆる言い訳を封じ、追い込むこともできる。しかし自分が経験してこなかった部門や仕事のことになると、「よきに計らえ!」を決め込んで聞き役に徹する、などということが起こる。

こういう日本のトップの姿を揶揄してか、一橋大学楠木建教授は「日本の社長は“代表取締役担当者”」と称するが、まさに笑えるほどの言いえて妙である。

ピーター・ドラッカーは日本的経営を評価していた人である。日本が低迷を続けた「失われた10年」の時代でさえ、「日本を侮ってはいけない」と発言していた。彼は経営学者などという範疇を遙かに超えた巨人だったが、その彼がこう言っていた。

「日本企業の弱点は経営トップにある」
「日本の経営トップは経営しない」※Forbes Japan,Nov.2014,p66

なぜこんなことを言われるのか? それはやはり日本の中間管理職層が、経営を勉強する機会を与えられなかったからだ、と私は考えている。

中間管理職の仕事と経営トップの仕事は全く異なる。しかしそのことを知らずに中間管理職が経営トップに選ばれると、「何をしたらよいのか?」わからずに、つまり「経営をしない」で時をやり過ごしてしまうことが多いのではないか。

中間管理職はいわば「部分最適の仕事」をしている。組織全体の中で、部分領域を任せられる。多くの場合成し遂げるべき目的や目標が、上から与えられ明らかである。そのゴールを期待以上にやり遂げるのは、日本人の得意技である。

一方で経営トップには、目的や目標はあらかじめ与えられない。それを自ら創造し、設定するのがトップである。しかもそれは難しく悩ましい仕事である。

例えば壮大なビジョンを掲げて目標を高く設定すれば、リスクが飛躍的に高まる。投資額が大きくなり、失敗したときの反動が大きい。さらに従業員も付いていくのが大変で、組織が疲弊する。

逆にビジョンを小振りにすればリスクは小さくなり、従業員も楽になるが、今度は株主が許さない。株価が下がり、「経営陣交代!」の声が高まり、自分の地位すら危うくなる。

「社内のどの部門に、経営資源をどれだけ配分するか」も同様に悩ましい意思決定問題である。営業サイドに肩入れして営業投資を大盤振る舞いすると、研究開発部門長や財務部門長が文句を言い始める。新規事業部門に多額の資金や優秀な人材を集中配分すると、伝統事業部門は「俺たちが稼いできたのに」と恨めしい顔をする。

経営トップの判断とは、かように悩ましいトレードオフ対立の間での微妙な意思決定なのである。大局を視野に入れ、「全体最適」の立場に立った、正解のない意思決定を下すのが経営トップの仕事である。

「部分」と「全体」。つまり中間管理職と経営トップの仕事は、全く異なるのだ。

しかし日本では「管理職の延長線上にトップがいる」と考えられ、双六のアガリがトップであるかのように受け取られていないだろうか?

中間管理職と経営トップの仕事が全く違うとすれば、後継トップとなる管理職は経営をあらかじめ勉強しておかなければならないことになる。筆者は実務で社長も経験し、またビジネススクールで教鞭を取ってきたキャリアの中で、固くこう確信している。日本に足りないのは、経営教育であると。

MBAが重厚長大企業のトップにも登場

最近、新聞や雑誌に「プロ経営者」という言葉が躍るようになった。

それは元(株)ローソンCEO新浪剛史氏(現サントリーHD(株)社長)や(株)LIXILグループCEO藤森義明氏、(株)資生堂社長魚谷雅彦氏といった人たちである。実は彼らは皆、ビジネススクールを卒業したMBA(経営学修士、Master of Business Administration)である。

MBAタイトルを持つ人は、次のような企業には今日当たり前のように多い。
・外資系企業
・コンサルティング会社
・同族企業(その後継経営者)
・ベンチャー企業(起業家)

外資系コンサルティング会社に至っては、トップからスタッフに至るまでMBAでない人のほうが少数派である。

しかし実は日本の伝統的企業にも、最近MBAが増えていることに気づく。

トヨタ自動車(株)豊田章夫社長やイオン(株)岡田元也社長(どちらも米バブソン大学)、サントリーHD(株)会長佐治信忠氏(米カリフォルニア大学ロスアンジェルス校)などは創業家出身なので、同族後継者という「当たり前カテゴリー」に入れたほうがよいかもしれない(創業家は後継者をビジネススクールに送りたがる!)。

しかしそうした人以外に例えば次のようなトップたちがいる。

新日鐵住金(株)社長進藤孝生氏(元社長の三村明夫氏も同じハーバードMBA)、(株)小松製作所CEO大橋徹二氏(スタンフォード)、(株)日清製粉グループ社長大枝宏之氏、ブリヂストン(株)CEO津谷正明氏(いずれもシカゴ)、(株)三井住友銀行頭取国部毅氏(ペンシルベニア)、第一三共(株)社長中山譲治氏(ノースウェスタン)、テルモ(株)社長新宅祐太郎氏(カリフォルニア・バークレー校)、東京証券取引所(株)社長清田瞭氏(ワシントン)…etc.

これらの人たちは私が最近発見した事例だが、調べていくと実はほかにもたくさんいることがわかった。日本の重厚長大企業や伝統企業にもMBAがやっと増えてきたということであろう。そうした事例が示すのは、「やはり座学で経営をきっちり勉強した人は強い」ということである。

MBAの価値について、いわゆる「叩き上げ」の経営者の中にも少しずつ浸透してきていることを私も実感している。例えば次のような発言が見出される。

「若いうちは、ゼネラリストは不要。自分の専門に必死に取り組み、雑務を嫌がらずにやることでいろいろなことが見えてくる。若いうちに高めた専門性を背景に、30歳代半ば以降に経営学修士号(MBA)のようなゼネラリスト的な能力に挑むべきだ。そこで経営幹部に上がれるか、管理職でとどまるかが決まる」(日本電産(株)社長・永守重信氏の発言)※日経産業新聞2014/4/1、19面

永守氏は今最も注目される創業経営者の1人で、「勘と度胸の人」のように見られがちである。ところがMBAの価値を見抜いている1人なのだ。

もちろんMBAがすべてだなどと言っているわけではない。経営を座学で勉強する場が必要、ということが言いたいのである。

経営者の仕事を学べ!

それでは、あらためて勉強すべき経営トップの仕事とは、いったい何だろうか?

ビジネススクールにはいろいろな科目が並んでいる。「会計管理」、「マーケティング」、「技術経営」、「ファイナンス」、「人的資源管理」、「競争戦略論」…etc。

ビジネススクール的にシンプルに言ってしまえば、「経営者はこれらすべてを(一定程度)理解している人」のことである。マーケティングがわからなければ、顧客を見失う。会計や財務がわからなければ、企業を破産に追い込むかもしれない。ヒトに音痴な人は土台、経営者には向かない。かように、経営者はすべてを理解している必要がある。

経営の本質は総合である。英語で“synthesis”という。

「経営は総合」となると、全体像をつかむのに定性的な議論だけでは足りない。定量的な情報を組み合わせる必要がある。経営の全体像を捉える定量的な情報ツールとなると、会計が不可欠である。

このことは著名な経営者も実感的に語っている。例えば、元コマツCEOの坂根正弘氏や京セラ創業者の稲盛和夫氏である。

「リーダーにとって『見える化』ができるかどうかは、非常に重要な能力だ。この能力を磨くには、何事も全体的な観点から見ることである。できれば若い時から、自分のいる部署や部門だけでなく、会社全体について数字で把握するようにすると良い。全体が見えないのに、本当の問題点など見えるはずがない」(坂根氏)※坂根正弘『言葉力が人を動かす』東洋経済新報社2012

「『会計がわからんで経営ができるか』…それは混迷する時代に、血を吐くような思いで叫んでいる、私の叱咤激励である…。経営を飛行機の操縦に例えるならば、会計データは経営のコクピットにある計器盤にあらわれる数字に相当する。…(その)意味するところを手に取るように理解できるようにならなければ、本当の経営者とは言えない」(稲盛氏)※稲盛和夫『稲盛和夫の実学―経営と会計』日本経済新聞出版社2000

お二人ともに強調しているのは、「会計なくして経営はできない」ということである。

繰り返しになるが、経営は総合である。当たり前だが、会計数字も交えて議論しないと、経営の議論にはならない。

この本のコンセプト

この本が狙ったコンセプトは次のとおりである。

  1. 総合性
  2. 実務家と研究者の両方を経験した筆者の知見をベースに、経営の全体像を常に頭に置くよう記述した。経営の部分領域を議論するにしても、全体の中の位置づけを明らかにしつつ議論している。

  3. 会計数値との統合
  4. 全体像を明らかにするために、できる限り会計数値を取り入れている。しかも読者の理解が容易なように、比例縮尺財務諸表によって簡易な説明を心掛けた。

  5. ケースによる事例研究
  6. 総論的な理論ばかりでは、ビジネスパーソンには具体的なイメージができない。理論は使い方がイメージできないと勉強にならない。したがって理論の概要を述べた後で、事例と事例解説によって現実的な場面から、現代の経営が理解できるよう心がけた。重要なテーマをセレクトし、また経営実務でよく使われる経営理論を紹介しながら解説している。

この本は「経営を勉強したい」と思っているビジネスパーソンやMBA学生に向けて書いたものである。

何度も「全体を」と言ってきたが、しかし経営全体を1冊の本に書き込むことはもとより困難である。経営の全領域を網羅しようとすれば、それは「経営学全集」のようなイメージのものになって大部となるだろうし、もちろん筆者の手に余る。

しかしこの本を読んでもらえれば、経営の全体像がおぼろげにわかるのではなかろうか。そしてその「おぼろげに全体がわかる」ことが、経営の学習では決定的に重要だと考えている。少なくとも経営の初学者にとって、全体の方向性を見失わない指針が得られるはずだ。この本を読み終えれば、経営者になりたい人が「何を学ぶべきか」「何をしなければならないか」がイメージできると考えている。

また経営を学びたいと思っている人の中には、マーケティングや財務、人事や情報システムのスペシャリストを目指す人たちもいるだろう。そうした人たちにとっては、自分が果たすべきミッションが経営全体の中でどこに位置づけられるか、わかるはずである。「全体を視野に入れたスペシャリスト」こそが、本来求められる専門家人材である。

この本は経営教育に携わる筆者の、日ごろの危機感から生まれた。せめて日本の経営教育に一石を投じることができればと願っている。

繰り返して言いたい。

日本企業の弱点は経営トップである。もし若手層がトップ教育の機会を広く得ることができれば、日本は勝てる!

『有能なCEOを教育現場で量産したい!』

これは日々、経営教育に携わる私たちビジネススクール教員の心からの願いなのである。
 

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中央経済社『MBAエグゼクティブズ』の序章を著者と出版社の許可を得て改編。無断転載を禁ずる。

山根 節(やまね・たかし)
公認会計士。 RJCカーオブザイヤー選考委員、経済産業省「子育て支援サービス産業研究会」座長ほか公職を多数務める。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了の後、コンサルティング会社を設立して代表を務める。同大学大学院商学研究科後期博士課程修了。商学博士。慶應義塾大学大学院経営管理研究科・ビジネススクール助教授、米国スタンフォード大学客員研究員を経て、2001年教授。2014年4月から現職。

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