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山﨑 正枝『走らないトヨタ―ネッツ南国の組織エスノグラフィー』から組織開発へ

2017年01月17日

山﨑 正枝
法政大学キャリアデザイン学部兼任講師
山﨑正枝人事労務管理研究所所長

ネッツ南国とよさこい祭り

 2014年8月10日、台風一過の澄んだ空気と容赦ない日差しの下、私は三度目の高知にいた。どうしてもよさこい祭りでネッツトヨタ南国(以下、ネッツ南国)チームとともに「いま、ここ」を体感したかったのだ。

 ネッツ南国は、4年に1度よさこい祭りにチームを出している。2014年がちょうどその年にあたっていた。私は、前回2010年のよさこい祭りの映像を、幸運にも2回観るチャンスがあった。そこには、働く仲間とともに身体全体から歓び、楽しさ、そしてエネルギーがあふれ出る社員の姿があり、何度観ても涙がこぼれてくる。そこは明らかにフローの場であった。創設者の横田英毅氏は、この会社のテーマは、「働く人が、よりやりがいを持って働くこと、働く歓びと人間力の追求、それをやり続けること」であり、このように考えるようになったきっかけはよさこい祭りだと語っている。

よさこい祭りを見た経営者の人たちが、「日ごろやる気のないうちの社員たちが暑いのに一所懸命練習してね、踊ってる。あれはなんじゃ!? どうして?」というわけですよ。私なんかはそういう話を聞くとじーっと考えるわけですよ。(中略)給料が出なくても嬉々としてやっている。なぜでしょうね。仕事の世界と何が違うのか。これを考えてみると、いろんな突破口が見えてくるんじゃないかと思うんですね。(横田、2011、実践学習会の席で)

 ネッツ南国は、トヨタ系自動車ディーラーで12年連続顧客満足度第1位を誇る。2002年に経営品質賞を受賞、2015年には第1回ホワイト企業大賞を受賞した、創業以来一貫して「社員満足~社員の幸せ」を経営の根幹においてきた会社だ。そしてその結果として好業績を上げている。私の理想としている組織経営が行われている会社だ。

 私が初めて四国の高知市にあるネッツ南国本店を訪れたのは2011年9月であった。残暑の太陽が照りつける中、スーツを着た青年の何とも言えない清々しい笑顔に迎えられたことが脳裏に焼き付いている。サービス業の接客に笑顔はつきものだが、ここのスタッフは「笑顔の質」が違うのである。とってつけたような営業的笑顔ではないのだ。そうこうしているうちに自動車ディーラーとは思えないホテルのラウンジのような広々としたショールームに通され、笑顔の美しいショールームアテンダントから、冷たい飲み物のサービスを受けた。屋外を回る職場見学では、備え付けの日傘を差しだしてくれる男性スタッフがいた。その動きが実に自然で卒なく、かつ適度にキビキビしていて気持ちがいいのだ。それは不思議な体験であった。

 2009年にDVD映像を見てネッツ南国の経営に興味を持った私は、その後、創設者であり現取締役相談役の横田英毅氏、元人財開発室長であり、現在非常勤取締役で、分社したビスタワークス研究所代表である大原光秦氏の講演会やセミナーに参加してきた。さらに自分の目で確かめたくなり、とうとう高知まで出かけたのだ。

『走らないトヨタ―ネッツ南国の組織エスノグラフィー』の問題関心とテーマ

 私は、2000年にオフィスを開設し、組織人事コンサルタントと社会保険労務士を業としてきた。中堅・中小企業を中心に、人事コンサルタントとして評価・処遇制度を構築する傍ら、特定社会保険労務士として就業規則等を作成し、職場で起こる労働法周りのさまざまな問題の解決を支援している。

 オフィス開設当時から、バブル経済が崩壊した影響で、それまでのような右肩上がりの賃金制度が立ち行かなくなり、中小企業にも成果主義による制度への移行ニーズが高まっていた。私が支援する企業でも評価処遇制度の変更を行い、リストラも発生した。その後、日本の職場は、雇用形態をはじめとする働く人の多様化、仕事の専門化、細分化による「個職」化が進む。その中で職場ではメンタルダウンする従業員が出るようになり、長時間労働、過労死、パワハラ、マタハラなど様々な問題が発生し、今もその数は増えている。私の顧客企業も例外ではない。私は、経営者や人事担当者から発せられる問題を対処しているだけでは、こうした問題の根本的な解決にはならないのではないかと考えるようになった。

 そんな中で気づいたのが「職場」の問題である。成果主義の導入あたりから、働く人と組織の関係も働く人同士の関係もドライになってきており、職場での関係性が変化している印象を受ける。職場の関係性の問題を解消すれば、従業員が精神疾患にならない、深刻な労使トラブルが起きない組織をつくる支援の方法が見つかるかもしれないと考えた。

 ヒントになったのは、2007年に慶應MCCの「人事プロフェッショナル養成講座」で視聴した、ある美容室の映像だった。そこには、働く仲間が助け合い、ともに学び、笑顔で働く職場があった。「中小企業にもこんな職場があるんだ!」といたく感動し、私の「いい会社」の事例探究が始まった。関係書籍を読み、映像を観、経営者のセミナーに行き、時には会社見学会にも参加した。「いい会社」から何か組織マネジメントのヒントが見つかるかもしれないと考えたからだ。

 事例探究を重ねる中で散見されたのは、働く人たちが笑顔でいきいきと、かつ心地よい緊張感を持ちながら相互に助け合い、学び、影響しあって業務を改善する日常の職場であった。職場での働く人同士の関りあいの中に、働く人と組織の関係性が埋め込まれていると考えられた。私は、制度や規程などのルールづくりだけではない「目に見えないもの」のマネジメントがあることに気づきはじめた。「いい会社」には、働く人の日常の行動の中にみられる理念や風土がある。働く人たちがやりがいを持って自律的に働く職場は、「目に見えないもの」も含めた職場環境をつくるマネジメントがある。そういう職場は、働く人と組織の信頼関係も形成している。つまり、働く人は、自分が活かされて輝き、成長できる職場を与えてくれる組織に愛着を持ち、信頼を寄せるからだ。そこで、職場づくりのマネジメントを追究することで、新たな働く人と組織の関係をつくりあげる方法が見いだせるのではないかと考えた。

 本書は、私が2013年度に法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻在学中に執筆した修士研究論文、「組織マネジメントに関する一考察――関わりあう職場のデザイン――」をベースにして、その後の調査研究を加筆したものである。ネッツ南国の職場を1週間(2013年5月)にわたって参与観察し、その後2016年6月までの合計4回の観察調査をもとに、文献調査を加えて幅広く深く追究することで、働く人の関りあいを育む職場をつくるマネジメントとはどういうものかを見出そうとするものだ。

 特に、「目に見えないもの」である経営理念、組織風土、価値観をどのようにマネジメントしているのかに重点を置きながら、職場に影響のあるマネジメントをトータルでエスノグラフィーとして描き出した。また、会社創設35年を迎えた同社の職場が、どのような経過をたどって今に至ったかについても追究した。「いい会社」は、いい会社になっている「今」を取り上げられることが多い中で、これからそうした経営を目指す企業にとって必要な情報は、どのような経営の努力があり、試行錯誤があって今に至ったかという「プロセス」だと考えたからだ。

 2014年のよさこい祭りは貴重な体験となった。この興奮と熱気を体感して分かったのは、「地域―組織―働く人」のいい循環があることだ。祭りには信頼やエネルギーが循環する場があるのだ。ネッツ南国の職場は、明らかにその循環の中に埋め込まれて息づいていた。

 横田相談役の問いに戻そう。「よさこい祭りと仕事の世界はなぜ違うのか?」。その問いを追求し続けた結果が現在のネッツ南国の姿である。よさこい祭りのように夢中になり、歓びのある仕事ができる職場づくりとはどのようになされているのか、それが本書の問題関心である。そして、現在散見される、関係性が希薄になった職場を、笑顔でいきいき働ける職場にしていくには、どのような組織マネジメントが考えられるかをネッツ南国の事例から探っていくこと、それが本書のテーマである。

関わりあう職場をデザインするマネジメント

 「関わりあう職場」とは、鈴木(2013)*によって提示された、規範を共有し、目標を共有し、仕事上相互に関わりあうように設計された職場である。鈴木の研究から、関わりあいの多い職場は、仲間同士が助け合い、ルールややるべきことはきっちり行い、そして自律的に仕事を創意工夫するという結果が示されている。関わりあう職場のマネジメントの特徴は、働く人たちが自律的行動として助け合い、創造性を発揮しあうという点にある。

 ネッツ南国は、まさにそれを具現化した「関わりあう職場」であった。マネジャーのいない指示命令のない職場で、スタッフたちは関わりあいながら自律的に行動し、自身の役割を越えた行動が多く見られ、そして仕事に対するエネルギーが高く常に課題を見つけて改善を繰り返している。

 働く人たちの関わりあいは、指示命令で多くなるものではない。できるのは関わりあいを育むマネジメントだ。では、関わりあいを育むために、組織は何ができるのか。それは職場には直接手を下さず、関わりあい促す環境をつくることだ。環境とは、1つの施策でできるものではない。様々な施策や取組みを駆使して整えていくものだ。いくつかの施策がそれぞれ影響しあって環境として関わりあう職場を育むことになる。そこで本書では、職場の関りあいを促すためのマネジメント施策をトータルでみていくこととし、そのマネジメント全体を「関わりあう職場のデザイン」と呼ぶこととした。

 ネッツ南国の事例から導き出された、関わりあう職場を育むデザインとは、

  1. 場が有機的に重なりあう豊かな組織を構成すること
  2. 全ての組織マネジメントの施策や仕組みに経営理念を反映し、一貫した、整合性のとれたデザインをすること
  3. 経営理念、価値観、組織風土といった「目に見えないもの」に目を向けたデザインをすること
  4. 「進化」という時間的なプロセスをデザインすること

の4つである。

 これらを少し説明しよう。

 「有機的に重なりあう場」とは、ライン構造による日常業務の職場だけでなく、全社会議、部門横断ミーティング、そしてプロジェクトチーム、イベント、社員親睦会など、ライン構造を越えた、それぞれに意味を持たせた複数の場のことだ。部門を越えた関わりあいの中で、働く人たちは他部門の業務や課題を理解し、部分最適から全体最適での見方、考え方を習得する。また、様々な場で、働く人たちは同僚の日常の職場では見られない面に接し、お互いを「立体的」に理解するようになり、寛容になれる。このような体験から、日常業務の職場での関わりあいは、明らかに多くなる。

 「組織マネジメントの施策や仕組み」とは、採用、研修、評価処遇制度、組織構造、職場の空間設計、経営方針、経営戦略、組織風土等である。これら全てが経営理念と合致した矛盾のない一貫したデザインを行うことで、組織は働く人たちから信頼を得ることができ、経営理念の浸透も進む。すなわち、組織は「言っていることとやっていることが一致」していなければならない。

 「目に見えないもの」のマネジメントは、これまで企業は注目してこなかったが、「関わりあう職場のデザイン」はこれを最も重視する。働く人が自律的に行動する職場を作るためには、組織の目的を明確にして働く人たちと共有することが重要だからだ。そして、なんのために働くのか、何を大事にしていくのかが深い部分で繋がっていることも、関わりあいを多くする。これらを、職場を介したマネジメントで、体験から働く人たちが能動的に自ら気づき、共感して腑に落ち、獲得する方法をデザインするのだ。

 「進化するプロセスのデザイン」とは、職場を閉じたものではなく、社会環境の変化や多様性を受け入れて変化し続けるように開いたデザインをすることだ。新人が発言しやすい場づくりを行うことで、毎年新人は場に揺らぎをもたらす。ルールやマニュアルは極力少なくすることで、前例主義にとらわれず、必要に応じてやり方が変わっていく。このように、固定化せず意図して適度な揺らぎと不安定をもたらすデザインをすることで、職場は自らの力で動的平衡しながら進化するのだ。組織は時間と共に変化して息づく生態系なのだ。働く人は、組織の人であると同時に地域で生活する人でもある。開いた組織は、地域の祭り、大学、行政、取引先等、それぞれ息づく外のダイナミックな生態系を上手く取り込むことができる。「地域―組織―働く人」の循環を活かすデザインすることで、職場は進化し続けることができるのだ。

関わりあう職場と組織開発

 修士論文の執筆が佳境に入った2013年秋、私は慶應MCCで、「組織開発論―その理論と実践」講座を受講した。初めて組織開発論の概念を学んで、私はネッツ南国の組織マネジメントに組織開発が埋め込まれているということに気づいた。組織開発論の概念の、「目に見えない」組織文化に着目した戦略的マネジメント、従業員参画型のマネジメント、行動科学の技法を活用していること、長期のプロセスを範疇としていることが合致している。具体的手法として、ネッツ南国ではアンケートによる問題や課題の見える化、経験を内省し意味づける思考の訓練、組織全体での振返りや議論の場づくりを行っていることが挙げられる。

 組織開発論は、まだ勉強の途についたばかりで本書にはほとんど取り上げていない。しかし、関わりあう職場のマネジメントと組織開発は重なる部分が多い。

 私は、ネッツ南国のほかにも「いい会社」と評判の高いいくつかの中堅・中小企業を探究してきたが、そこでは組織開発の概念が埋め込まれた組織マネジメントを行っているケースが散見される。「いい会社」のトップは、経営について、優れた経営者が主催する塾や講座などでよく勉強している方が多いが、学術の組織開発論を学んだわけではないと思われる。勉強と経営現場での経験を重ねる中で、編み出したマネジメントが組織開発的なものになっていると考えられる。しかも手法はそれぞれの業種業態や組織文化に合ったやり方で行われているのだが、結果として「組織開発の手法をカスタマイズした」と見えるような形になっているのだ。こうした発見から、私は、組織開発で重要なことは、「組織を変えるぞ!」というトップの並々ならぬ「覚悟」と、一時的な単発ワークショップよりむしろ、洗練された組織開発のワークショップモデルを会社に合致したやり方にカスタマイズして、いかに「日常の職場運営」の中に落とし込めるかだと考えている。

 関わりあう職場マネジメントと組織開発との関連については、私の今後の研究課題である。

 

*鈴木竜太(2013) 『関わりあう職場のマネジメント』有斐閣


走らないトヨタ―ネッツ南国の組織エスノグラフィー

著:田中 研之輔, 山﨑 正枝; 出版社:法律文化社 ; 発行年月:2016年10月; 本体価格:2,808円
山﨑 正枝(やまさき・まさえ)
  • 法政大学キャリアデザイン学部兼任講師
  • 山﨑正枝人事労務管理研究所所長

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