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前野 隆司・保江 邦夫「人間はロボットよりも幸せか?」

2017年07月11日

「幸せの方程式」を2人の科学者が解き明かす

前野 隆司
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

「幸福論」といえば、普通は哲学や心理学といった分野で語られます。その意味で、本書は異色かもしれません。理論物理学者である保江邦夫先生と、機械工学者である私との対談で幸福を論じた本だからです。

私はもともと大学でロボットやヒューマンインターフェイスの研究をしていました。ヒューマンインターフェイスとは、人間が安全・便利に信頼して使える機械システムのことです。そのシステムを構築するだけでなく、システムと人間とのかかわりも含めて研究してきました。

その研究では、「ロボットをいかに人間に近づけるか」ということが主要なテーマの一つです。ロボットの正確さや緻密さは、すでに高いレベルに到達しています。たとえば、もののやわらかさや質感を瞬時に判断して、そっと傷めないように持ち上げるなどということも、いまの最先端ロボットなら簡単にできます。もちろん、心地よく抱きしめてくれるロボットを作ることも可能です。ニッコリ笑うロボットも私は作りました。

しかし、そこに、人間なら当然伴う「やさしい気持ち」や「温かい情愛」「うれしい感情」などはありません。ロボットにこういった「心」まで持たせることができないか、と私は考えました。これが実現すれば、ロボットへの信頼はもっともっと高まり、応用範囲も広がるでしょう。私は「ロボットに心を持たせることはできないか」を研究し始めました。

どんな条件を備えたら、「このロボットには心がある」といえるのか。ロボットと人間の違いは、究極的にはどこにあるのか。それらを考えるには、「心とは何か」という根源的な問いをさけては通れません。そこで、心を扱う脳科学の研究に注力するようになりました。

この研究は、予想外な方向へ進みました。「ロボットに人間と同じような心を持たせるにはどうすればよいか」を研究し始めたのに、「人間もロボットと同じように心など持っていない」という結論に行き着いたのです。

私たちがいきいきと、ありありと、「これが自分だ」と感じているのも幻想というべきで、人間は自由意志すら持っておらず、無意識に支配されているらしい。つまり、いわば「人間はロボットと大差ない」ということがわかったのです。

このことを「受動意識仮説」として論文、書籍、講演などで発表すると、人々の反応は大きく二つに分かれました。「そんなはずはない!」「むなしい」「気持ち悪くていやだ」という否定派と、「なんだ、しょせんそれだけの存在か」「気がらくになった」「じゃあ、死ぬのも怖くないね」という肯定派と。

あなたはどちらでしょうか。
私自身は後者で、人間はロボットの複雑版のようなものだとわかったからこそ、人間という存在が心から愛おしく思えるようになりました。

その後、私は幸福学の研究へと軸足を移していきました。
「幸福学」「幸福論」は、さまざまな分野でおびただしい成果が蓄積されていますが、バラバラに語られていて、役に立つ形で体系化されたものはありませんでした。ちょっと辛辣ないい方をすると、幸福学は実際には役に立たない知の集積にすぎなかったのです。学問としては奥深いけれど、「じゃあ、幸せになるにはどうすればいいの?」という質問への答えは返ってこないということです。

その背景には、「人間はロボットのような機械的な存在ではなく、深遠な心を持った存在だから、簡単には語れない」という根本的な感覚があるのかもしれません。
しかし、「人間はしょせんロボットの複雑版」という私の立場からいえば、もっとわかりやすく幸福を語ってもよいと考えられます。そこで、哲学や心理学の研究とは違って、工学者らしく、直接的に人類に役立つ実践的な幸福学をめざすことにしたのです。

具体的には、因子分析(多くのデータを分析し、その構造を明らかにするための手法)を用いて四つの因子からなる幸福指数を考案しました。これによって割り出せる幸福度を、さまざまな地域や条件下で測定し、分析や考察をしてきました。
その立ち位置で、理論物理学の専門家である保江邦夫先生と、幸せについて、とことん論じたのが本書です。

物理学的な意味では、2人の拠って立つ世界観はまったく違います。保江先生は、宇宙を含めたこの世界すべて、さらには「あの世」まで俎上に載せる「素領域理論」をもとに話されます。私はというと、地球上で目の前に起こる小さな事象から理論を組み立てていくニュートン力学を土台にすえています。
いわば、宇宙をも抱合する果てしない世界から見て、地上で起こる個々の事象を解析する手法と、地上で起こる個々の事象の分析を積み上げ、全体に広げていく手法。それぞれが正反対の方向から話す2人の幸福論は、話を進めるにつれ、一致した面もありました。

あくまでも平行線をたどった部分もあります。「人間に自由意志はない」とする私の立場に対し、保江先生はあくまでも「人間には自由意志がある」という立場を貫かれました。それはそれで、意義ある議論になったと思います。

「理論の対立」などといいますが、本来、科学者は人として対立するわけではありません。宗教は信じる対象ですが、科学には異なる説があるだけです。どちらも仮説として対立しているだけなのです。異なる仮説からアイデアが広がることもあります。

保江先生との対談は、話が縦横無尽に広がるエキサイティングなものでした。たいへん楽しかっただけでなく、私の脳を刺激するヒントにも満ちていました。
読者のみなさんには、宇宙から地上にそそぐ光のような保江理論と、地上から発する光のような前野理論が、どんなふうに邂逅したのか、本書で見届けていただければ幸いです。

あなたがあなたらしい幸せを見つけるために、あるいは、これまで見過ごしていた幸せに気づくために、本書が少しでもお役に立てば望外の喜びです。

2017年5月 前野隆司

 

人間はロボットよりも幸せか? (「幸せの方程式」を2人の科学者が解き明かす)』の序章を著者と出版社の許可を得て掲載しました。無断転載を禁じます。

人間はロボットよりも幸せか? (「幸せの方程式」を2人の科学者が解き明かす)
著:保江 邦夫, 前野 隆司; 出版社:マキノ出版 ; 発行年月:2017年5月; 本体価格:1,512円
前野 隆司(まえの・たかし)
前野 隆司

  • 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1962年山口市生まれ
1984年 東京工業大学工学部機械工学科卒業
1986年 東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了
1986年キヤノン株式会社入社、生産技術研究所勤務
1990年7月カリフォルニア大学バークレー校機械工学科 Visiting Industrial Fellow(1992年6月まで)
1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)
1995年慶應義塾大学理工学部機械工学科専任講師
1999年慶應義塾大学理工学部機械工学科助教授
2001年ハーバード大学応用科学・工学部門 Visiting Professor(9月まで)
2006年慶應義塾大学理工学部機械工学科教授
2008年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
2008年慶應義塾大学環境共生・安全システムデザイン教育研究センター長兼任
2011年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長、およびシステムデザイン・マネジメント研究科付属システムデザイン・マネジメント研究所長兼任。

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