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ピックアップレポート

2024年02月13日

冨田 勝『脱優等生のススメ』

冨田 勝
慶應義塾大学名誉教授
一般社団法人 鶴岡サイエンスパーク 代表理事
Spiber株式会社 社外取締役

脱優等生のすゝめ

「教科書を勉強して試験でよい点をとる」
「過去のデータを分析してビジネスプランを立案する」
「万人が高く評価する優秀な文章を生成する」

 これらが得意な人のことを「優等生」といいます。優等生になると学校でも社会でも〝エリート〟として一目置かれるので、多くの生徒は優等生を目指して勉強しています。
 しかし2023年1月に対話型AI(人工知能)の「ChatGPT」がMBA(経営大学院)の筆記試験で合格点を獲得したことがニュースになると、「教科書を勉強してテストで点数を競う」今の教育システムは本当に人間がやるべきことなのか、という本質的な問いが浮かび上がってきました。なぜなら、答えのある問題を解いたり、過去のデータからありそうな未来を予測したり、評価が最高になるような文章を創作することは、AIが最も得意とすることだからです。

 あなたは学校の勉強や試験が好きなタイプですか?学校の勉強が好きだとすれば、それはあなたにとって大切な長所ですので、頑張って学年一番の「優等生」を目指すのもよいでしょう。
 一方、もしあなたが勉強嫌いで、「優等生」には向かないタイプだとしたら、まったく別の道があります。それは「脱優等生」を目指すことです。そのことがもしかしたらあなたの人生を輝かせるかもしれません。

「優等生」は、先生に言われたことをそつなくこなし、全科目のテストで良い点数をかせぐので成績優秀です。一方、「脱優等生」とは、常識にとらわれず、好きなことに全集中するので、成績優秀とは限りません。
 学校の成績は、生徒に序列をつけるときの指標として使われてきました。そして、成績優秀者はもてはやされ、成績が振るわない生徒は肩身の狭い思いをします。だからみんな点数をかせぐためにテスト前に勉強します。
 成績が優秀であることは悪いことではありませんが、点数をかせぐこと自体が目的になっていると、物事の本質が見えなくなります。そもそも何のために学校で国語算数理科社会を勉強しているのか、という問いには「試験で点数をかせぐため」。ではなぜ点数をかせぐのか、という問いには「難関大学に入学するため」。ではなぜその大学が第一志望なのか、という問いには「難関だから」。そんなふうになっていませんか?
 自分のやりたいことは何だろう。「自分らしい人生」とは何だろう。こう自らに問いかけてみることがとても大切です。これは子どもたちに限らず、どんなライフステージにいる人にも当てはまると思います。

新しいものを生み出す脱優等生たち

 Honda創始者の本田宗一郎やパナソニック創始者の松下幸之助は次の言葉を残しています。

「嫌いなことをムリしてやったって仕方がないだろう。私は不得手なことは一切やらず、得意なことだけをやるようにしている」(本田宗一郎)

「どうしてみんなあんなに、他人と同じことをやりたがるのだろう。自分は自分である。何億の人間がいても自分は自分である。そこに自分の自信があり、誇りがある。そしてこんな人こそが、社会の繁栄のために本当に必要なのである」(松下幸之助)

 新しいものを生み出す「イノベーター」の多くは脱優等生です。ノーベル賞を受賞した日本人の多くも脱優等生でした。大学で単位を落として留年した人や、大学入試に失敗して浪人を経験した人も複数います。物理学賞を受賞した小林誠さんと益川敏英さんはともに勉強嫌いだったことで有名で、「若いころは好きなことをやって遊び呆けていた」と自ら公言しています。
 発明家トーマス・エジソンは学校を退学になっていますし、アップル創始者のスティーブ・ジョブスも大学を中退しています。あのアインシュタインもチューリッヒ工科大学の入試に失敗しています。そう考えてみると、「優等生」は必ずしも経営者や研究者には向いていないのかもしれません。

 あなたはどうでしょうか。自分のことはよくわからない、というのであれば、まずは好きなこと・得意なことを徹底的にやってみることをお勧めします。中途半端はだめです。どんなマニアックなことでもいいから、周りから「へえ、すごいね!」と言われるまで徹底的にやってみる。今の日本に必要な人材はそういう「イノベーター」であり、近年の日本経済の低迷はイノベーター不足に起因していると言われています。
 あなた自身、あるいはあなたのお子さんは、もしかしたらイノベーターとして日本の救世主になれるかもしれません。もちろん、なれないかもしれませんが、イノベーターに向いているか、向いていないか、やってみないとわかりません。最初から「なれっこない」と決めつけてあきらめるのはあまりに早計で残念なことです。
 私自身、中学一年のときにポーカー、大学時代はインベーダーゲームにすっかりハマり、想像を絶する時間を費やしたことが、科学者人生の原点となりました。あの時もし試験勉強に追われて疲弊する日々を送っていたら、今の自分はなかったと断言できますし、考えただけでぞっとします。

では、どこから始めるか

 一度しかない自分の人生をどうしたいか。それはあなた自身が決めることです。
それをじっくり考えてもらいたい。この思いから私は『脱優等生のススメ』を執筆しました。最終的な結論はあなたが決めることですが、どのような結論になっても、このことをじっくり考えることがとても重要で、きっとあなたの人生観に大きな影響を与えることになると思います。

 ではどこから始めるか。最初の質問は、「自分の好きなことはなにか」です。
それは親も先生も教えてくれません。「自分の好きな食べ物は何か」という質問と同じですね。それはあなたが決めることです。
 前述の著作では、私が好きなことに熱中することで、人生の節目でギアチェンジしてきた様々なエピソードを紹介しました。自分で執筆しておいてこう言うのも何ですが、あらためて、振り返ってみると、これまでの私の人生は、やりたいことを思い通りにやって突き進んできたとてもおもしろい人生だったな、と感じます。

 人生を決める最も大きな要素は「運」です。幸福な人は運の良い人で、運が悪ければ不幸になります。
 そう考えてみると、私はとても運の良い人間です。まず、日本に生まれた時点で、とてもラッキーだったといえるでしょう。現代の日本においては、餓死することはほぼありませんし、爆弾が飛んでくることも、今のところほぼありません。しかし、生まれた国が違っていれば、あるいは生まれた時代が違っていれば、生きていくことで精いっぱいだったかもしれません。水と食物を確保することで一日が終わり、病気にならないことをただただ祈るのみの人生だったかもしれません。現在でも世界を広く見渡せば、学校に行きたくても行けない子どもたちが大勢います。学校の勉強はつまらない、とか言うのは贅沢な悩みかもしれませんね。

 私が日本で生まれたことは、たまたま運が良かっただけです。大学には付属校から進学したので、受験勉強をしなくてよかったことも、私にとってはとてつもなくラッキーでした。インベーダーゲームに出会わなければ今の私はないと思いますし、「この人に出会っていなければいまの私はない」というキーパーソンも何人もいますが、そんな偶然の出会いの積み重ねがあったのも、運が良かったからです。私の人生で今まで大きな病気や怪我や災害もなくやってこられたのも、運が良かったからです。こう考えてみると、こうして書籍を執筆している私の人生は、相当運が良かったおかげといえます。

 たまたま運が良かった人は、たまたま運が悪かった人たちを含む社会全体に対して、何らかの貢献をする使命があると私は考えています。自分に運よく与えられた約90年という人生を、自分のためだけに使うのではなく、世の中のためにどう使うべきか。その使命感を持って行動することが、結局は自分にとっても幸せな人生につながると思います。「それって自己満足なのでは?」と聞かれれば、その通りでしょう、と私は答えます。社会貢献によって満足感や達成感が得られるのはヒトという生物の本能だと思うからです。

 一方、私自身も今後いつ何時、不運な事故や災害や大病によってピンチに陥るかもわかりません。もし私がピンチな状況に陥ったとしたら、そのときはひたすら自分と家族のことだけを考えて行動します。物事には優先順位があり、社会の幸福より自分の幸福の方が重要だからです。

 もしあなたが、社会的、経済的あるいは医学的にピンチな状況に陥って自分は不幸だと感じたとしたら、まずは自分のことだけを考えて、不幸から脱出することに全集中すべきです。そしてそのこと自体が社会貢献にもなるのです。社会から不幸な人をひとり減らすことになりますからね。

チャンスは一方的にはやってこない

「ピンチ」はあなたが何もしなくても一方的にやってくることがありますが、「チャンス」はあなたが行動を起こさないと掴むことはできません。あなたが他の人より抜きん出ている何かの能力を見つけたならば、それはチャンスです。人生の岐路となり得る機会に遭遇したとき、それはチャンスかもしれないし、チャンスではないかもしれません。新しい何かに挑戦したい、という情熱がふつふつと湧き出たとき、それはチャンスかもしれないし、チャンスではないかもしれません。

 これらチャンスを活かすも見送るもあなた次第です。チャンスはいつ何時やってくるかわからないので、常に心の準備をしておくこと。そしてチャンスボールが来たら全力で振りぬくこと。仮に空振りしても見逃すよりマシだと私は思います。

 もちろん私自身も、残りの人生でチャンスボールが来たら、うっかり見逃すことなく全力で振りぬくつもりです。本書を執筆する機会を与えていただいたことも、私にとってかけがえのないチャンスでした。読者の皆さんにこうして私の想いを伝えることができたことは、とても運が良かったと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。


脱優等生のススメ』(早川書房、2023)の「はじめに」と「おわりに」より著者・出版社の許可を得て抜粋・編集しました。無断転載を禁じます。


冨田 勝

冨田 勝(とみた・まさる)

慶應義塾大学名誉教授
一般社団法人 鶴岡サイエンスパーク 代表理事
Spiber株式会社 社外取締役

慶應大学工学部卒業後渡米。Carnegie Mellon University コンピュータ科学部に留学しAIを専攻。指導教官のHerb Simon教授(1978年ノーベル経済学賞)の下、修士課程(1983)と博士課程(1985)修了。CMUの助手、助教授、准教授歴任。レーガン大統領より米国立科学財団大統領奨励賞受賞(1988)。1990年に帰国し、慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)開設と、日本初のAO入試の導入に関わった。生命科学に転身して、環境情報学部助教授、教授、学部長を歴任。慶應義塾大学先端生命科学研究所の所長を22年間務める(2001年~2023年)。日本生物学オリンピック2022大会長。多分野を専門とし、4つの博士号を持つ。

冨田勝ウェブサイト(冨田勝コレクション)
https://sites.google.com/view/masaru-tomita

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