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吉原 順二「慶應義塾における研究推進」

2005年04月12日

吉原 順二
慶應義塾大学教授、研究推進センター所長

1.はじめに

慶應義塾は、2003年10月、塾内における総合的研究の推進や研究成果の社会移転などを目的として、総合研究推進機構を設置しました。このレポートでは、この機構と、その中の一組織である研究推進センターについて、設置の目的、活動内容などをご紹介します。あわせて、これからの大学における研究のあり方についての私見を述べて、皆様のご批判を仰ぎたいと思います。

2.総合研究推進機構の組織と役割

総合研究推進機構は、慶應義塾の研究推進に関して、次のような活動を行うことを目的としています。

  1. 総合的研究の推進
  2. 研究成果を社会に移転するための孵化の推進
  3. 知的財産権の創出支援・保護・維持・管理・活用及び社会への還元の推進
  4. 研究における産官学連携の支援
  5. 総合的研究推進および機構運営に関する点検および評価

こうした活動を実施する機関として、機構には1)研究推進センター、2)インキュベーションセンター、3)知的資産センター、4)知的財産権調停委員会、 5)研究倫理委員会の5組織が置かれています。最初の3組織は、研究を立ち上げ、企業化できるまで育てる、さらには、成果である知的資産を社会に普及させる、という研究活動の流れに対応した組織となっています。

総合研究推進機構組織図

研究推進センターは、研究活動について、企業や国内外の他大学研究所等の外部機関と義塾とをつなぐ窓口です。また、塾内では、学部やキャンパスの枠を超えた、分野横断的な研究を企画・推進を任務としています。詳しくは3.でご説明します。

インキュベーションセンターは、塾内の研究者、職員、学生が、研究成果を何らかの形でビジネス展開する際に、萌芽期の支援を行う組織です。すでに湘南藤沢キャンパスでは計画が具体化しており、全塾的なインキュベーションセンターについても検討が進められています。

知的資産センターは、大学知財の管理・運用からベンチャー支援までを担う、大学技術移転機関(TLO)です。研究者の発明の届出に基づき、特許性の有無、技術移転の可能性を研究者の技術実用化の構想と併せて精査、選定し、特許出願を行い、その特許を維持管理します。ライセンスの実施やベンチャーのスタートアップへの支援も知的資産センターの重要な役割です。慶應のシーズ紹介などを行う「慶應技術移転フォーラム」の実施、アントレプレナー支援資金によるベンチャー企業への出資なども行っています。

関連の組織として、研究支援センターがあります。研究支援センターは、三田、日吉、矢上、信濃町、湘南藤沢の各キャンパスに設置され、研究者に対して、研究資源の確保や設備環境の整備、義塾内外の研究助成金等に関する情報の提供、共同研究・受託研究に関する契約の交渉・締結、研究費の管理、研究成果のとりまとめや発信等の支援を提供しています。また、各キャンパスにおける義塾外機関との連携窓口として機能し、総合研究推進機構内の各部署と協働しながら、研究者に密着した支援を行なっています。

3.研究推進センターの活動

総合研究推進機構の中に置かれた研究推進センターは、総合的研究の企画・推進を行うことを目的としています。総合的研究は、複数分野の先端的な研究の組み合わせにより、単独では不可能な成果を生むことを目指す研究です。こうした異分野の交流は、新たな学問分野の創出につながる可能性も孕んでいます。また、一分野の学問では対応できない地球環境問題、少子高齢化問題など、複雑な社会的課題への回答を提供することも、総合的研究の重要な役割です。研究の専門化が進む一方で、社会が急激に変化する現代にあっては、総合的研究の重要性がますます大きくなっていると言えるでしょう。

研究推進センターは、このような総合的研究を実現するため、塾内での研究動向についてキャンパスの枠を超えた情報交換を行う会を催すとともに、総合的な研究プロジェクト立ち上げのために、塾内の研究者に対して資金面を含めた様々な支援を行います。例えば、政府の研究開発予算を活用することは、総合的研究の実現に有効な手段となり得るので、政府の動きを見ながら、新しい研究助成制度などについての情報収集を行い、塾内の研究者に提供するという活動を行っています。

また、産官学連携も、総合的研究の大きな手段となります。研究推進センターは、研究についての対外的な窓口として、慶應義塾との連携にご関心を持っておられる企業からの問い合わせに対応しています。企業の関心分野に応じて適当な研究者を紹介する、企業と研究者との意見交換会を設ける、といったサービスを提供し、効率的な産学協力プロジェクト立ち上げのお手伝いをします。さらに、シンポジウムの開催などを通じて、慶應義塾の研究活動についての広報も行っています。

詳しくは、慶應義塾大学 研究連携推進本部公式サイトをご覧ください。「研究者データベース・研究情報」のリンクを辿れば、慶應義塾での主な研究の内容や、個別の研究者の活動についての情報が得られます。ご質問やお問い合わせは、「お問い合わせ」からのメールをご利用ください。

4.これからの大学での研究のありかた

大学での研究のあり方については、近年、盛んに議論が行われています。その背景には、

  • 国際化や規制緩和などによる競争の激化で企業における基礎的な研究が縮小されており、大学における研究への期待が高まっていること
  • こうした産業界の期待を受けて、政府が、大学を世界的な研究教育拠点とするために、競争的な資金の拡大などの施策を講じていること
  • 国内の少子化や高等教育の国際化により、大学間の競争も激化し、各大学が特徴ある研究・教育を打ち出そうとしていること

などの要因が挙げられます。
さらに、米国における情報通信技術やライフサイエンスの分野では、企業と大学との連携により大きな力が生まれており、これが我が国との競争力の格差につながっているという認識があり、産学連携を強化すべきだという議論につながっていることを付け加えてよいでしょう。

日米比較の議論は、この20年余りの間に、大きく揺れました。80年代には、日本企業の競争力が注目され、貿易摩擦が燃え盛る一方で、米国内では日本の仕組みに学べという議論が盛んに行われたものでした。それがバブル崩壊以降は、状況が全く逆転し、どうすれば日本にシリコンバレーが作れるか、といった類の(あまり現実性のない)議論が横行しました。

この逆転の前後で日米の経済制度や大学の仕組みなどに大幅な変化があったとは考えにくいことです。むしろ、冷戦の終結といった国際情勢の変化や、インターネットの急速な普及などの技術革新に代表される大きな環境の変化があったために、労働市場での移動度が高く変化に強い米国のシステムの特徴が生かされたのに対し、組織を中心とするだけに保守的な日本の仕組みでは、うまく変化に追従できなかったのだと見るのが適当でしょう。

それでは、今後はどうなるのでしょうか。中国やインドなどの工業国としての台頭や、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーの進歩など、世界情勢の大きな変化は、今後も十年単位で続くと見るのが妥当だと思われます。他方で、急速な少子化高齢化が進み、いわゆる団塊の世代が定年を迎えるなど、国内でも従来の制度の見直しを迫る大きな変化が生じています。

米国の制度が完全なものでないことは、80年代の経験からも明らかです。しかし、今後の大きな変化を前提とすれば、我が国の仕組みの良さは生かしながら、新しい動きに対応するための制度改革を進めるべきだ、という結論は避けられないでしょう。大学においても、研究のあり方をもう一度新しい眼で見直すことが必要だと考えます。特に、社会の直面する問題を常に念頭に置きながら研究を進めるという姿勢が、活性化の鍵になると思われます。

産官学連携は、何のためにあるのでしょうか。企業は大学の技術を使って手っ取り早く製品開発を進める、大学は企業から研究資金を得る、といった短期的、直接的な効果は、もちろん大切でしょう。しかし、研究を促進するという立場から見れば、学問の発展に欠かせない現実との対話を、より密接なものにするという点にこそ、その意義が求められるべきではないでしょうか。専門化が進んだために、個々の研究が社会との関係でどのような意味を持つのかが分かりにくくなってきました。現実の問題に直面している企業との連携や、社会に対する研究成果の積極的な発信は、研究と現実との緊張関係を維持するための有効な手段だと言えるでしょう。

福沢先生の実学重視の精神を受け継ぐ慶應義塾こそ、こうした動きを先導すべき大学であると、私は考えております。義塾において新しい時代の要請に応える研究が次々と生まれるよう、研究推進センターとしても環境の整備に努めていきたいと思います。

 
東京大学工学部電気工学科卒業後、通商産業省入省。パリ政治学院国際関係科卒。科学技術庁宇宙利用推進室長、通商産業省通商関税課長、内閣府参事官(規制改革)、内閣官房参事官(情報セキュリティ)等を経て現職。現代社会における情報とは何かに関心を持っている。

吉原順二
  • 慶應義塾大学教授、研究推進センター所長
東京大学工学部電気工学科卒業後、通商産業省入省。パリ政治学院国際関係科卒。科学技術庁宇宙利用推進室長、通商産業省通商関税課長、内閣府参事官(規制改革)、内閣官房参事官(情報セキュリティ)等を経て現職。現代社会における情報とは何かに関心を持っている。

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