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ピックアップレポート

2005年05月10日

酒井 雷太「Share Holder」と「Share Owner」

酒井 雷太
M&A Review 編集長、MIDCグループ代表取締役

残念!!

英国人の俳優に「一番難しい役柄は何ですか」と訊ねたら、「恐らくシェークスピア劇の役だろう」と答えたと言う。その理由は「英国人一人一人がシェークスピアドラマの登場人物に対し固有のイメージを持っているからだ」と言う。

ライブドアとフジテレビジョン(以下フジテレビ)によるニッポン放送株のTOB合戦では、テレビから垂れ流される街頭インタビュー、ワイドショーのコメンテーター、著者の友人、乗車したタクシー運転手など、それぞれが微妙に異なった意見を持っていた。イヤハヤ本当に、ビジネス取引がワイドショー的話題になったといえる。家人のコメントはより直裁的で、フジテレビの日枝会長が同氏の自宅前でインタビューを受ける顔が傲慢不遜に映り、「感じが悪い」と表現していた。また、取引報道が進むにつれて堀江ライブドア社長の汗臭そうなTシャツ姿に対し、「然るべき記者会見では会社を代表するキチンとした服装で現われるのが常識だろう」ともコメントした。

このTOB合戦は、ライブドア、ニッポン放送、フジテレビ、それに突然、フジテレビから参加要請を受けたソフトバンク・インベストメントの4社内の話し合いで「手打ち」とも言える収束を迎えたのはご存知の通りである。「手打ち」というヤクザ言葉でしか表現できない不明朗な結果で、堀江氏が掲げていた『インターネットと既存メディアの融合』はお題目だけで終わりそうと考えるのは恐らく著者だけではあるまい。手打ち内容から想像すると、堀江氏自身も鼻からそんなことは真剣に考えてはおらず、ワーストシナリオでも獲得できる現金を計算していたのではないだろうか。金の獲得が達成できなければ、彼を除く同社株主(約65%)に説明ができないし、彼自身のレゾンデートルが崩壊してしまう。大金を失ったのは一方的にフジテレビの哀れな株主ということになる。

それでも本TOBがもたらした日本企業経営者への影響は大であり、長らく日本の経営史(もし在るとすれば)に残るだろう。2005年の株主総会では多数の企業で敵対的買収提案対策が議案として盛り込まれるだろう。

リスク管理機能ゼロ

戦略としては、徒手空拳の堀江氏があらゆるテレビのインタビューでライブドア側提案、要望に対するフジテレビの反応をストレートな言葉で表現し、「何故、ニッポン放送やフジテレビが要望を聞いていただけないのか分からない」という弱者的表現で「お茶の間」とコミュニケーションのパイプ作りに成功した反面、フジテレビ側は日枝会長を含め、明らかに受身的かつ言い訳がましく、堀江氏の著書を含めた片言隻句に敵意を込めたコメントを繰り返すばかりの対応と、提案、要望について検討しないばかりか、堀江氏自身から直接、話を聞いていないというコメントは日本人の判官贔屓の心情を逆撫でした。

TOBをかけられた当事者であるニッポン放送社長の亀淵氏に至っては案件報道の当初は全く姿を見せず、日枝会長の背中に隠れていたかと思うと、ライブドアとの会談実施か否かの記者の質問に、テレビカメラの前で両手をバッテンに交差させて「ダメ」表現をするなど、無邪気を過ぎてあ然とさせられたものである。無名の堀江氏があらゆる機会をとらえてテレビに自分自身を露出する戦略に日枝会長が乗せられた時点で、TOB取引のイニシアチブはラブドアが握ってしまった。

戦略を要するM&A取引では最高意思決定者は最初と最後の2回、意志表明をするだけで十分なのに、どうして馬鹿げたインタビューを誰も止められなかったのか。

コーポレートコミュニケーション技術の重要性

最初の段階で、堀江氏とニッポン放送の代表者が会談し、堀江氏が表明しているシナリオと表現(言葉)に対し、彼の事業シナリオ(ほとんど発表はなかったが)を生かしつつ、さらに大掛かりな検討シナリオを複数用意し、ビジネスとしての具体的な表現で彼の言葉を無力化していく、例えば「数百億円という巨額な投資をすることは、命がけの堀江さんはもとよりライブドアの多くの株主にとっても重要な投資と考えられます(形式的には取締役会決議を経たと考えるが)。今回、大株主になられた投資家の提案を十分検討するため、本提案検討に必要な社外専門家を交えたビジネス会議を開き、取締役会に提案していただく段取りをつけています。その結果を受けた結論を早急に発表したい」と言っていたら、フジテレビの経営陣はこれほどまで不必要な資金を使うことなく、スマートに解決できたと考えている。

これは決して結果からのコメントではなく、ご記憶の読者も多い、元雪印乳業某社長の「私は寝ていない」発言、前山一證券社長の泣きじゃくり「社員は悪くない」発言。その他にも多種多様な社長のお詫び発言を思い出して比較して欲しい。経営者による無神経な発言により、その後の会社発表の真意がネガティブな方向に転げ落ちてしまうことを強く留意して欲しい。ごく最近でも、JR西日本の列車大事故における社長をはじめ、広報担当取締役の対応を見ていても、JR西日本は全くリスク管理を勉強していないことがよく分かる。

経営者の皆さん、この「感じが悪い」とか「常識だろう」と言う、いとも曖昧でいて、皆がそれなりに同意する、理屈ではない「お茶の間」の意見(これも曖昧な表現で、ワイドショー、バラエティー・ニュース番組のコメンテーターがその時の雰囲気で放言し合う内容が茶の間の意見ということだろうか)をも十分に配慮した記者会見への対応が絶対に必要になって来ていることを忘れてはならない。

かつて英国のプロゴルファーは米国での大会には必ず青と赤と白が鮮明に映る服装でプレーをしたと言う。その意味は、米国の国旗の配色と同じで、ギャラリーやテレビの視聴者に最も違和感がないからだと、その理由を説明していた(シンパシーの獲得)。米国では大統領選挙は言うに及ばず、「面白ければ何でもOK という軽チャー(某テレビ局のキャッチ・フレーズ)」のテレビカメラの向こうにいる、眼に見えない「お茶の間」という怪物を味方に引き込むのはリスクマネージメントの重要な勉強課題と言える。特に個人株主の増加を狙う経営者はこの「お茶の間」を無視できないことを念頭に置いて欲しい。

機関投資家の善管義務

さて、本稿でどうしても触れておきたいことは、機関投資家の株主責任ということである。フジテレビの株主構成はニッポン放送と東宝を除けば機関投資家が多くを占めており、その機関投資家が、フジテレビの経営陣に対しライブドアとの一件あるいはこの事件以前に、株主構造の問題点を指摘し、株主としての意見(書)を出していたのか。株主責任を遂行する意味において重要な意味を持つことを指摘したい。

過日、厚生年金基金連合会の矢野専務理事をお会いした際、この株主責任について、ライブドア対フジテレビのTOB合戦では機関投資家を代表する基金として、どのように対応したかをお訊ねした。矢野専務理事は当然、株主の善管義務としてフジテレビにライブドアとの一件について説明を求め、同社のIR担当役員が年金基金に説明に来たことを教えてくれた。しかし、その説明内容は株主が納得できるものではなく、当事者意識に欠ける印象すらあったとも述べていた。そこで、他の機関投資家もフジテレビに説明を求めたようですか、と矢野さんに聞いたところ、IR担当役員が機関投資家に説明し回っている感じでは無かったと言っていらした。他の機関投資家がフジテレビに同様な説明を求めたか否かは矢野さんも正確には分からないが、機関投資家は受託者としての善管義務を本件に留まらず忠実に実施して欲しい。特に年金基金運用など長期投資を前提とした機関投資家、すなわち投資のプロフェッショナルの対応は重要と考える。

今後も金余りと市場の飽和により、経営支配権をめぐるTOBやプロキシー・ファイトが起こる可能性が高いことを考えると、長期の株主利益を代表する機関投資家の意見表明や投資ガイドライン、プロキシー・ガイドラインが取引に重要な影響を与えることになる。それらガイドラインの見直しを是非お願いしたい。

「株主」をより分かりやすく

最近は頻繁に「株主」、「株主利益の最大化」、あるいは「企業価値最大化」という言葉を耳にする。また同時に、ファンドからの配当金増加要求に対し、経営者は「昨日今日株主になったからと言って、長年かかって貯めてきた内部留保金を配当として株主に還元せよと言われても納得ができるものではない」という押し問答も聞く。

そこで、米国の株主の概念についてご報告しておきたい。
米国ではこの10年、「Share Holder」と「Share Owner」という2つの言葉で、株主の意味合いを分けている。その違いは、シェアーオーナーが「長期保有を前提にした株主」であること。シェアーホルダーは「必ずしも長期保有を前提に株を購入、保有していないこと」と使い分けている。

具体的な違いとして、シェアーホルダーは株主名簿に名前を載せなくても別に意に介さず、株価が高くなれば売却し、安くなれば購入するという、いわば株価中心の短期株主、投資家ということになる。一方、シェアーオーナーは短期的売買による鞘取りを第一に目的とするのではなく、会社の業績評価を基本に株式を購入し、業績向上による配当増額と株価上昇を狙い、一定期間後に株を売却してキャピタルゲインを得る。再度、成長性が狙えるのなら同じ会社の株式を買い増しするという、長期運用を任されている機関投資家に代表される株主といえる。また、これら長期の株主利益を現実化させる機関投資家は、単に株式を購入し、長期保有することだけでなく、投資家のプロとしての意見を投資先経営者に積極的にアドバイスする株主責任も同時に意識されていなければならない。社員、元社員、何故だか分からないが以前から保有している継続株主(これらの個人株主は丁寧に数年分の株主名簿を調べていくとその実態が漠然とイメージできる)、さらにはその会社の製品が好きだ、経営方針が好ましいと思うファンの株主も当てはまるだろう。

株式市場では多様な目的、理由で株を売買できることを保証することにより、株価を形成する仕組みなので、どちらのタイプの株主がいても一向に問題とはならないし、多様な価値観が株価の乱高下を防ぐことにもなる。
それでは経営者にとって、昨日今日の株主の意見、要望は納得できなくても、5年、10年保有している株主の意見なら、少なくとも傾聴するに値すると考えるのだろうか。

保有期間の長短は会社の歴史によって異なると思うが、論理的には長期株主、シェアーオーナー、すなわち会社のオーナーの発言に対しては十分その意見を尊重しなければならいだろう(米国では株式を購入することを『to buy a piece of cake』と表現している)。問題はここからだ。それでは当該会社にシェアーオーナーから意見を聞く仕組みがあるかないかだ。それも、業績が悪い時でも株を売却せず、保有し続けてくれる長期的な視野を持つ株主をその会社、経営者がどれだけ持っているかだ。

このような真剣な株主と定期的に会談し、株主からの意見を傾聴する仕組みを持たない会社の経営者から「昨日今日の株主に言われても」と発言されても、株式市場を前提に経営がある以上、説得力が無いに等しいと考える。
公開株式会社の根幹である株主構造の理想的姿を常に念頭に置いて経営する経営者と、株主を無視した経営者との違いは、一旦危機が訪れた時に全てが露呈することを、近時起こったM&A取引、経営者犯罪、事故が証明している。

酒井雷太
  • M&A Review 編集長、MIDCグループ代表取締役
米国テキサス州立大学オースチン校入学(専攻社会学)を経て、株式会社ポリグロットインターナショナル設立に参加。海外プラント輸出30数件にコンサルタント、サービスコントラクターとして参画し、その後同社代表取締役に就任。1987年に日本初のM&A専門誌『M&A Review』を創刊、1997年にMIDC社を設立し、代表取締役に就任。CalPERS他米欧年金基金機関投資家の常任代理人(日本)、フジタ未来経営研究所顧問、経産省産業政策局国際企業課主催 『M&A懇談会』 委員、三菱信託銀行(証券代行部・年金運用部)顧問。
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