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ピックアップレポート

2008年08月19日

目に見える議論―会議ファシリテーションの教科書

桑畑幸博 慶應MCC専任ファカルティ

はじめに

いきなりですが質問です。あなたは、1週間にどのくらいの数の会議に参加していますか?
3~4人でのちょっとした打合せも含めれば、少なくとも5回以上はあるのではないでしょうか。私が研修を担当したある企業では、「10人以上の正式な会議で週10回、打合せも含めると30回はくだらない」という方までいらっしゃいました。
これは極端な例かもしれませんが、我々が仕事にかける全工数の、かなりの割合を会議・打合せに費やしていることは、まぎれもない事実です。
ところが、それだけ工数をかけているにも関わらず、会議の現状に不満を感じている方が多いのもまた事実であり、個人の仕事へのモチベーションおよび企業活動全体に、こうした「不満を感じる会議」が、少なからず悪影響を及ぼしています。
しかしながら、ここではそうした会議の問題点にスポットを当てるのではなく、もう少しポジティブに考えてみたいと思います。


さて、あなたが今まで主催または参加した会議で、「今日の会議は良かった!」と言えるものを思い出してみてください(「ひとつもない」)という方もいらっしゃるかもしれませんが)。そして、その会議のどこに満足したのか、その具体的な部分を考えてみてください。
「思ってもみなかった良いアイデア(や問題の解決策)が出た」という、『会議の成果』に満足した方もいらっしゃるでしょう。また、「言いたいことが言えた」「楽しく議論できた」という、『会議のプロセス』に満足した方もいらっしゃるはずです。(「時間通りに終わったこと」にささやかな満足を感じた方もいらっしゃるかもしれませんね(笑))
そう、会議の満足には、その『成果』と『プロセス』という2つの要素が存在するのです。そしてこの2つを同時に満足させてこそ、本当に良い会議と言えるのです。
では、どうやって会議の『成果』と『プロセス』の両方を満足させるのか。私は、そのポイントは《触発》だと考えます。
誰かの意見に、「なるほど! とすると…」と触発されて、新たな意見を思いつく。そしてその思いついた意見にまた誰かが触発されて…これが触発の連鎖であり、いわゆる「議論が盛り上がっている」状態です。そして触発の連鎖は、その結果として「ひとりでは考えつかなかったアイデアや問題解決策」を生みだします。これこそ「三人寄れば文殊の知恵」です。
まさに触発こそが、盛り上がった議論による「会議のプロセスへの満足」と、三人寄れば文殊の知恵による「会議の成果への満足」の両立を実現するのです。
本書では、《触発》を会議の中で行うためのツールやテクニックを、“目に見える議論”というコンセプトで解説していきます。まず第1章では会議の本来の役割と現状を再認識し、「目に見える議論」の必要性を理解します。そして第2章以降で、会議の「準備→運営→評価・改善」というサイクル別に、明日から使える具体的なツールとテクニックを学んでいきます。
まずはどれかひとつでも構いません。「ああこれなら自分でもできそうだ」というものから実践してみてください。あなたが主催/参加している会議で、「今日は楽しかった!(プロセスへの満足)」「いい案ができたねえ(成果への満足)」という声が聞こえてくるように、明日から少しずつ自らの行動を変えていきましょう!

1.“会議”の本質と現実

会議は“コラボレーションの場”
会議の成果とプロセス、この両方を満足させるための必要条件が《触発》です。
触発の連鎖によって、「ワイワイと活発に議論しながら、ひとりでは出せなかった良い結論にたどりつく」。これが会議の目指すべき姿、理想型と言えるでしょう。
つまり、本来会議とは“コラボレーション(共同作業で意外な成果を生むこと)の場”なのです。
「三人寄れば文殊の知恵」ということわざの通り、ひとりひとりの力は小さくても、みんなの知恵を集めてそこから触発が生まれれば、思いもよらぬアイデアや解決策が出ることも多いのです。(私自身は、コラボレーションとは「複数人の凡人でひとりの天才に勝つこと」と考えています)
このコラボレーションこそが会議開催の第一義であり、よって“仕事を効果的に行う”ツールとして、会議は位置づけられます。
しかし、我々の周りの会議が、本当に“コラボレーションの場”になっているかいうと、残念ながらそうではありません。
組織のヒエラルキーのため、言いたいことが言えなかったり、結局は声の大きい人の意見が通ってしまったり、という状況は多く目にしますし、逆に不用意に発言して自分の仕事を増やすのが嫌で、皆が沈黙している場合もあります。これでは会議のプロセスに満足できるわけもありません。
また、そういう状況では今までにない面白いアイデアなどは生まれませんし、顔色をうかがいながらの会議では、どうにでも都合良く解釈できる“玉虫色の結論”も出してしまいがちです。これでは、会議の成果にも満足できなくてあたりまえなのです。
会議は“時間節約の仕組み”
会議を開く目的の第1番目は、「三人寄れば文殊の知恵」、つまりコラボレーションですが、仕事の生産性を高めるためには、こうした「仕事を効果的に行う」ことと併せて、「仕事を効率的に行う」ことが重要です。
たとえば【情報共有会議】は、なぜ会議という形を取るのかといえば、「一度に多くの人に(から)情報を伝える(得る)ため」であり、会議の方が効率的だからです。
また、プロジェクトのスタート時に行う【キックオフ・ミーティング】も、「メンバー同士がうち解けるまでの時間を短縮する」ために、全員が顔を合わせる“会議”という形態を取っています。
つまり、本来会議とは“時間節約の仕組み”でもあるのです。
関係者をひとりひとり訪ねて、相談や根回しを行うのは時間がかかりすぎる。だから「一度で済ませる」ために全員に集まってもらい、会議を開くわけです。
しかし主催者側は一度で済ませられても、参加者(呼ばれた側)にとっては、自分の大切な時間を使うということは個々の相談でも会議でも変わりません。誰かひとりの効率化のために、全体が非効率になっては本末転倒のはずですが、さて、あなたの開こうとしている会議、またあなたが呼ばれた会議は、本当に全体の効率化に寄与していると言えるでしょうか。
また、時間の節約が会議の2番目の目的だとしたら、その会議で時間の浪費を行うことはタブーのはずです。しかしそれでも「論点が迷走してどうどう巡り」や「脱線ばかりでなかなか進まない」また「ダラダラ進んで、結局時間切れで次回に持ち越し」などが、会議の日常茶飯事になっているのはなぜなのでしょうか。
会議とファシリテーター
会議は『コラボレーションの場:効果』『時間節約の仕組み:効率』という2つの意味を有しますが、その実態は先に述べたように残念な状況です。そしてその原因のかなりの部分が、「会議のプロが少なすぎる」という事実で説明できます。
我々は仕事をしている以上、業界や職種という2つのプロとしての顔を当然のように持っています。しかし、《はじめに》でも述べたように、会議に多大な工数を割いている我々の中で、自分は『会議のプロ』だと胸を張れる人がどれだけいるでしょう。
この本来我々が3つ目に持っているはずの、『会議のプロ』としての顔が無いというのは、はっきり言って問題です。しかし、景気が右肩上がりの時代には、我々はこの問題を過小評価していました。それが“コラボレーション”や“スピード経営”が重視される時代になり、問題として顕在化してきたのです。
そこで今注目されているのが、“ファシリテーション”のスキルであり、そのスキルを使って効果的・効率的に議論させる、会議のプロとしての“ファシリテーター”です。
“ファシリテーション”とは“支援・促進”を意味し、その活用領域は会議だけではありませんが、ビジネス現場でのファシリテーター活躍の場は、やはり会議室が中心です。ですからファシリテーターとは、『会議を効果的・効率的にするために、参加者の思考とコミュニケーションを支援・促進する人』、抽象的かつ平易に表現すれば、『会議のスーパー司会者』と考えてよいでしょう。
そして、会議のプロであるファシリテーターが行うべき、「会議をより良いものに変革する」ためのポイントが、『目に見える議論』の実現なのです。

2.『目に見える議論』の概要

『目に見える議論』の必要性
私は、効果的・効率的な会議ができないのは、議論の『見える化』ができていないことに大きな原因があると考えています。
つまり論旨(真に言いたいこと)や論点(議論すべきことがら)、論脈(議論の流れや進め方)が、「書かれていない」ため、「頭の中でだけ考える」「空中戦で議論する」ことになり、結果的にせっかく出た重要なキーワードを忘れたり、考えるべきポイントにモレが出て、活発かつ有意義な議論にならないのです。これでは効果的な会議になるはずもありません。
また、論旨・論点・論脈が可視化されていないと、発言の誤解や無用の脱線、論点の迷走などがおこりやすくなり、効率的な会議も阻害してしまいます。
そしてこの『目に見える議論』は、会議の最中、つまり会議の運営時だけできていれば良いというわけではありません。
議論の『見える化』といえば、ホワイトボード等の活用、いわゆる“ファシリテーション・グラフィック”を思い浮かべる方も多いでしょう。
確かにファシリテーション・グラフィックは、触発的な議論で会議を効果的に進めるとともに、論点の迷走などを防いで会議を効率的に進める、会議運営上必須のツールです。
しかし、会議とは運営のフェーズのみで構成されるものではありません。ファシリテーション・グラフィックにしても、「何をどう使うべきか」を事前に考えておく必要がありますし、会議が終わった後に、「うまく使えたかどうか」を振り返ることで、次の会議をより良いものにしていけるはずです。
本来会議とは、事前準備・運営・評価・改善という4つのフェーズで構成されており、その全てで『見える化』が必要なのです。
 

2008年8月に出版された『目に見える議論―会議ファシリテーションの教科書』の「はじめに」および第1章より著者および出版社の許可を得て転載。無断転載を禁ずる。

桑畑幸博(くわはた・ゆきひろ)
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書に、『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』(大和出版)『日本で一番使える会議ファシリテーションの本』(大和出版)『論理思考のレシピ』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
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