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論語の一言

2010年05月11日

田口 佳史
東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役社長

 「一言(いちげん)」とは、何か。
 時には、あの一言が国を亡ぼし、この一言が国を興す。あの一言が、暗黒の世を切り裂いて黎明(れいめい)をもたらし、この一言が、深い闇の世をつくり出してしまった。このぐらいの力が一言にはあるんだと、中国古典はいってきました。

論語の一言

 漢字は、一つ一つの文字に深い意味を含んでいます。したがって一文字一文字を味わうのも楽しいことです。
 特に『論語』は、その発する一言に深い味わいがあります。したがってこの『論語』の一言が、読む者に向かって発せられた時、「私」にだけ発せられたとっておきの言葉に感じられるのです。

 私が講師をつとめる東洋思想の講座や講演会においても、たくさんの受講生がやって来ます。二十代のビジネスマンから、管理職、経営者、またリタイア後の方にいたるまで、実にさまざまです。とりわけ、近ごろは「テーマは『論語』で」と、企業の研修や講演会で依頼をいただくことが増えてきました。しかも、私の話を聞いてくださる方々は、みなさんとても熱心です。
 私は三十数年にわたって、中国古典思想のすばらしさについて伝えてきましたが、近年の『論語』に対する世間の強い関心ぶりに、私もいささかびっくりしています。ただ、その理由はわかります。

 「生きていくうえで、ぶれない軸が欲しい」
 簡潔にいえば、このような思いをみなさん持っています。
 この混迷した現代では、さまざまな不安や悩みを抱えている人がたくさんいます。そのなかで『論語』に目が向けられているのです。そのことは、実は申し分なくすばらしい選択といえます。
 なぜかといえば、『論語』には「人間の本質」が、簡明に記されているからです。人間の行動や考えを支える「根っこ」を知ることが、「ぶれない自分」をつくる軸になるのです。
 この「根っこ」は、人間なら誰もが持っているものなのです。「人生を正しく、楽しく、幸せに生きるためのたしかなルール」と言えばいいでしょう。 
 大事なのは、その「根っこ」に自ら気づくこと。そのために必要なのが『論語』なのです。

 『論語』を読み解くと、誰もが本来自分の内に持っている「根っこ」に気づきます。『論語』に親しめば親しむほど、その根っこが強く太く育っていきます。すると、どれほど困難な局面におかれても、厳しい風に吹かれようとも、真の自分はゆるぎなくしっかりと立つことができます。つまり、どんな状況にあろうとも、迷ったり、悩んだりすることはない。ぶれない軸を持って、正しく、強く、たくましく生きていける。私はそう確信しています。

現代社会に役立つ“新解釈”

 『論語』の有名な言葉に、「三十にして立つ。四十にして惑わず(まどわず)」というのがあります。この言葉を聞くと、三十代・四十代の人が「まだ自立できないよ。まだ迷っているよ。ダメだな、自分は」と肩を落とすかもしれません。
 しかし、そのような三十代・四十代が、『論語』を読んで「根っこ」に気づくことによって、この言葉が現実のものになる。そう考えていただいてもいいと思います。もちろん、「天命を知る」五十代、「耳順(したが)う」六十代においても、『論語』がよりいっそう実りの多い人生を約束してくれることは間違いがありません。そして、道に外れることなく「心の欲する所」に従う七十代を迎えることができれば、まさに充実の人生といえます。

 さて、人間の本質を説いた『論語』は、いまから約二千五百年前の中国・春秋時代に生きた、儒家の祖として知られる孔子(こうし)が語り手です。孔子自身の言葉をはじめ、弟子や当時の人々と交わした問答、弟子から見た孔子の日常などが収録されています。
 よって、『論語』は孔子の著作ではありません。孔子の死後に、弟子たちがまとめた書。言ってみれば、孔子の言語録、インタビュー集のようなものですね。それだけになおさら、孔子の人間的で生々しい姿が伝えられているように思います。

 また『論語』は、約五百章からなりたち、それらは二十編という構成で今日に伝えられています。具体的には「学而(がくじ)」「為政(いせい)」「八佾(はちいつ)」「里仁(りじん)」「公冶長(こうやちょう)」「雍也(ようや)」「述而(じゅつじ)」「泰伯(たいはく)」「子罕(しかん)」「郷党(きょうとう)」「先進(せんしん)」「顔淵(がんえん)」「子路(しろ)」「憲問(けんもん)」「衛霊公(えいのれいこう)」「季氏(きし)」「陽貨(ようか)」「微子(びし)」「子張(しちょう)」「堯曰(ぎょうえつ)」の二十編です(ただし、各編名は冒頭文からの引用であり、内容を表すものではありません)。
 
 『論語の一言(※)』では、『論語』のなかの章をその冒頭から逐語訳するという手法をとっていません。「現代人が迷ったり、苦悩したりすることなく、正しく楽しくし合わせに仕事をし、生き、人生の成功を手にするために身につけるべき人間力」という大きなテーマの下で、名句を引きながら解説する書です。
 大事なのは、細かな字句の解釈に陥ることなく、より善い人生を生きるための「根っこ」にアプローチしていくこと。欲を言えば、自分の人生に、あるいは現代社会に役立つための『論語』“新解釈”を創造する気概をもって、本書を読んでいただきたいと思っています。

 本書の構成として、まず、第一章に「学び」というテーマを取り上げます。『論語』は、まず「学び」の楽しさを説くことからはじまっているからです。以後、現代人が直面するテーマとして順に「欲望」「競争」「リーダーシップ」「苦境」、そして最後に「成功」を取り上げます。
 本書を契機に、ぜひ『論語』の魅力にふれてみてください。そのお役に立てれば、これ以上の幸せはありません。

※田口佳史著『論語の一言』の「はじめに」より著者および出版社の許可を得て転載。無断転載を禁ずる。
※『論語の一言』は、慶應MCC agora(アゴラ)講座「田口佳史さんに問う【論語に学ぶ人間力】」(2009年10月18日~12月17日・全6回)をもとに、構成のうえ編集したものです。

田口佳史(たぐち・よしふみ)
田口佳史

  • 東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役社長

1942年東京生まれ。新進の記録映画監督として活躍中、25歳の時タイ国バンコク市郊外で重傷を負い、生死の境で『老子』と出会う。奇跡的に生還し、以降中国古典思想研究四十数年。東洋倫理学、東洋リーダーシップ論の第一人者。企業、官公庁、地方自治体、教育機関など全国各地で講演講義を続け、1万名を越える社会人教育の実績がある。 1998年に老荘思想的経営論「タオ・マネジメント」を発表、米国でも英語版が発刊され、東洋思想と西洋先端技法との融合による新しい経営思想として注目される。

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