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『海馬 脳は疲れない』

2003年05月13日

著者:池谷裕二・糸井重里
出版社:朝日出版社; ISBN:4255001545 (2002/07)
本体価格:1,700円; ページ数296p
書籍詳細


なんてったって救われる思いがした。ひとの脳細胞は1秒に1個ずつ減っていくといわれ、もうだいぶ減ってきているだろうなぁ・・・と、我が脳を半ば哀れんでいたのであるが、「30歳を超えてからの方が、脳の大切な機能のうちのいくつかは活発になる」というのである。そのひとつが、“つながりを発見する能力”である。その重要な役割を担っているのが、脳の奥にあり、直径1cm、長さ5cmほどの大きさの「海馬」である。「海馬」とは、記憶を扱う部位であり、「この情報が要るのか要らないのか」を判断し、それを整理し、記憶するという働きをもつ。人間の脳の中で最も可塑性に富んだ場所である。

本書は、この海馬を研究している東京大学薬学部助手の池谷裕二氏とコピーライターの糸井重里氏が、たのしく、おもしろく生きるための脳の使い方について、テンポ良く対話を繰り広げているものである。脳の専門家である池谷氏の科学的・実証的アプローチと、脳の専門家ではない糸井氏のクリエイターらしい斬新な切り口との絶妙な組み合わせによって、脳に関する意外な事実や、われわれビジネスパーソンが思わず元気になってしまうような明るい話題が、たくさんちりばめられている1冊である。

人間の脳全体の神経細胞は約1000億個あり、そのうち海馬の神経細胞は約1000万個。脳の神経細胞は生まれた時がいちばん多く、年齢を重ねるにつれ減っていくと思われているが、実は、海馬では古い細胞が減っていく一方、外部からの刺激により次々と新しく生み出されているという。脳が新規の刺激を受けると、入力の判断をする海馬に刺激が伝わることによって、活動が活発になり、細胞が増えていく、そして細胞が増えることにより海馬が処理する能力が増え、受ける刺激も多くなり、さらに活発になる、というポジティブなサイクルが起きるのではないかと、池谷氏はいう。

また二人は本書の中で、単なる暗記(意味記憶)を「暗記メモリー」と呼び、自分で試してはじめてわかることで生まれるノウハウのような記憶(方法記憶)を「経験メモリー」と呼んでいる。冒頭の「30歳を超えてからの方が、脳の大切な機能のうちのいくつかは活発になる」のは、「脳が経験メモリーどうしの似た点を探すと、『つながりの発見』が起こって、急に爆発的に頭の働きがよくなっていく」からだという。海馬こそが、この『つながりの発見』をつかさどっているのである。

・・・となると、できることなら「海馬」を鍛えてみたくないだろうか?

この海馬にとっていちばんの刺激になるのが“空間の情報”だという。そして、ひとには視・聴・味・嗅・触の五感があるが、この五感を刺激することに、どうやら「海馬」活性化のカギがあるようだ。そのためには、例えば、日常とは違った場所に身をおいてみたり、異文化に触れてみたり、他者と交わってみたり、自分とは異なる役割を演じてみたりすることによって、新しい刺激をつくることが効果的ではないだろうか。

MCCでは、単なる知識やスキルの習得ではなく、実践を通して「知的基盤能力」を身体知として身につけることを柱の一つとして目指しているが、身体知と海馬には切っても切れない関係がありそうだ。ロールプレイやワークショップといった実践のひとつひとつが“空間の情報”となって、海馬を刺激しているのかと想像すると、ちょっとワクワクしてくるのは私だけであろう か?

本書では海馬の他に、やる気を生み出す脳の場所である「側坐核(そくざかく)」についても言及している。側坐核の神経細胞を活動させる、つまり、やる気を出すためには、ある程度の刺激が必要だという。それゆえ、やる気がない場合でもまずやりはじめるしかない、ということ。だが、一度やりはじめると、徐々に側坐核が自己興奮してきて、集中力が高まって気分が乗ってくるのだという。だからこそ、やる気がなくても、実際にやりはじめてみることが大切なのである。やりはじめる前にやる気が出ないのは、やっていないから当然!
はっとされた方、多いのではないだろうか。

各章末にはまとめが掲載されており、「ストッパーをはずすと成長できる」「脳に逆らうことが、クリエイティブ」「センスは学べる」「問題はひとつずつ解こう」など、仕事をする上でもヒントとなるような上手な脳の使い方をはじめ、全27項目が挙げられている。まずはこの箇所を一読するだけでも、この著書の面白さを掻い摘んでいただけるのではないだろうか。
自分の脳がどんな働きをしているのかを知った上で、たまには自分から意識的に「脳を使ってみる」のはいかがだろうか。脳の使い方をかえて、<よりよく生きて>みようではないか。

(白鳥明子)

『海馬 脳は疲れない』

 

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