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『老いは生のさなかにあり』

2003年11月11日

著者:津本 陽
出版社:厳冬社; &nbspISBN:4344003934 ; (2003/09)
本体価格:1,600円; ページ数:254p
http://item.rakuten.co.jp/book/1596243/


“老い”と聞いて、まだ自分には縁遠い事のように感じられる人が多いのではと思う。この本には豊臣秀吉、徳川家康といった人物から、是川銀蔵や松下幸之助、また親鸞や柳生石舟斎といった多彩な分野・時代にわたる総勢12名の人物について、晩年の成功を中心にその一生が描かれている。
めまぐるしく変わる時勢を忍耐強く読みとり、のちに2世紀半以上も続いた江戸幕府を開いた徳川家康。
79歳の時に日本セメント株で10億円以上の利益を得、日本一の仕手と呼ばれた是川銀蔵。
山陰・山陽地方と九州地方の合計12カ国を支配し、中国の覇者となった毛利元就。
浄土真宗の開祖で、63歳から「教行信証」をはじめとする膨大な書物を著した親鸞。
81歳を過ぎてなお領土を拡大し続け、ついには相模全土を支配し、北条氏の礎を築いた北条早雲。
柳生家新陰流の始祖として剣の道を究め、多くの時の支配者に重用された剣術家・柳生石舟斎。
徳川譜代の旗本として家康・秀忠・家光の三代に仕えた戦国の勇士・大久保彦左衛門。
一介の町工場を世界的トップ電器メーカーに押し上げ、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助。
薩摩発祥の剣術・日天真正自顕流開祖として島津家久の剣術指南役を務めた東郷重位。
幕臣でありながら抵抗勢力である西南雄藩の力を利用して旧体制を一新しようとした勝海舟。
主君織田家への忠誠を終生貫き、壮絶な最期を飾った、忠義と厚情の戦国武将・丹羽長秀。
すさまじい生存競争を勝ち抜き天下統一を成し遂げ、莫大な富でもって芸術までをも生んだ豊臣秀吉。
後世に伝えられる彼らの栄光は華やかであるが、この本ではもちろん彼らが幼少から苦労し、懸命に努力したことも記されている。たとえば、下剋上の乱世においてはめまぐるしく変わる勢力に翻弄され、幕末期には外国による侵略の脅威にさらされ、また昭和初期では敗戦という物理的にも精神的にも大転換を余儀なくされるなど、数々の危機・困難をくぐり抜けたことは言うまでもない。これら世情の変化の激しさは現代と変わりなく、ともすれば生死に直結するという次元において、現在の私たち以上に深刻で重大であっただろうと思う。
一人の人物を、その時代背景とともに深く掘り下げた小説には、その人物の哲学や信念に思いを巡らせる楽しみがあるが、これだけの人数を一度に読み進めると、それとは異なるおもしろさが見えてくる。
それぞれ違う時代背景、境遇、職業、身分の12名の生涯を通じて気づくことの一つは、著者もあげているが、彼らが常に「考える人」であったことである。一人一人が自分自身のものさしを持ち、経験を知恵に換え、時勢を読みつつ、強い信念を抱いて生き抜いた。現代に伝えられる栄光はあくまでその結果であり、はじめから社会的な名声や富だけを目標に生きたというわけではない。
ではなぜ、彼らが老いてなお輝くことができたのか。
ここで言う「老い」とは、単なる高齢を指すのではない。年を取ることによって人は多くの経験を重ねるが、老いてなお輝く人間は、失敗も成功も含めて常にその経験を振り返り、考えることによって知恵として内面化し、さらにそれを次の行動の決断に活かしていく。このプロセスの繰り返しによって知恵は磨かれ、深められ、よりよい結果を生みだせるようになるのだ。だから、老いは生の「さなか」にあるのである。
日々得た経験を振り返り、考えることによって次の機会に活かす。このプロセス自体は、何ら特別な事ではない。彼らと自分とではスケールの差は余りあるが、これは私たちも心がけている日々の積み重ねである。時代や身分といった置かれている環境とは関わりなく、こういった日々の心がけは同じなのかなと思うと、自分とは縁遠い歴史的人物に共通点を見出したような気になり、嬉しく感じられる。
作者の津本陽氏は歴史小説家として大変有名であるが、冒頭で「歳を重ねるにつれ、同じ資料でも解釈の仕方が変わってきて、見逃していたことに気づいたり理解できる範囲が広がってくるような気がする」と現在も変化し続けていることを述べている。
今の自分も、10年前には理解できなかったことに少しは理解や想像が及ぶようになった。さらに10年後、20年後には何をどのように考え、決断し、次の一歩を踏み出しているのか。楽しみでもあり、不安でもある。願わくばよりよいものになっていたい。そのためには考えることを忘れてはならない。
(今井朋子)

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