HOMEへ戻るMCCマガジン『0歳児がことばを獲得するとき 行動学からのアプローチ』

『0歳児がことばを獲得するとき 行動学からのアプローチ』

2003年12月09日

著者:正高信男
出版社:中央公論新社; &nbspISBN:4121011368 ; (1993/06)
本体価格:660円; ページ数:182p
http://item.rakuten.co.jp/book/600690/


4月に娘を出産した。赤ん坊に接するのははじめてなので、毎日が大変ではあるけれど、ある意味では新鮮な“学び”の場にもなっている。
生後2週間くらいのときだった。赤ん坊の顔を覗き込んで「はぁーい」と呼びかけると、彼女はその口真似をしたのだ。泣くことはできるけれど、まだ、自発的に声を出すことのない赤ん坊が私の口真似をするなんて! 私にとってこのリアクションは衝撃的だった。ある雑誌の特集によると、新生児でも舌を出す場面を見せるとその真似をするらしい。“まなぶ”は“まねぶ”が変化したものだという。ヒトの学習は、無力に見える新生児期から既に始まっているのだ、と妙に感心した。
そこで0歳児の“学習”について調べてみると正高信男氏にたどりついた。正高氏は霊長類の研究者だが近著「ケータイを持ったサルー人間らしさの崩壊―」「父親力」等数多くの著作をお持ちである。もともとサル(大人)の行動学を研究しておられた。行動学とは、おのおのの種が、その「特異的な」行動パターンをどのように発達させるかを研究する学問である。今回私が手にしたこの本は、ご自身に子供が生まれたことがきっかけで、サルと赤ん坊の類似点、相違点に注目し、行動学の見地からのアプローチにより、生物としてのヒトが言語を作り出すために進化させてきたことをまとめたものだそうだ。
これまで漠然と、母国語は、ある程度のレベルまでは生活していく環境の中で“自然に”身についていくものだと思っていた。ところが、赤ん坊の中では、体の構造も含め、非常に大きい変化が起こっているのだと言う。
普段私たちは意識することがないが、言語を発するには、元来呼吸や咀嚼のために開発された器官を借用するため、呼吸とエネルギー摂取に不利益をもたらすという。不利益とは、発声している間は息を吸うことが出来ず、また食べ物を飲み込めないというからで、それは生物的にみると特異な行動になるのだ。
新生児の口腔はチンパンジーのそれに近く、栄養を取ることを優先にした構造になっているのだが、生後約3ヶ月で発声を優先、つまり、栄養を取ることを犠牲とする構造になる。この変化があってはじめて赤ん坊は声を出して笑えるようになるのだそうだ。さらに肺が大きく呼吸に余裕がでてくると、長い音を出すことができるようになり発声の準備のワンステップをクリアする。喉の構造が変化した頃から、赤ん坊は、試行錯誤を重ねつつ、音を覚えていく。 “かわいい”と思わせることで養育者からさらなる保護を引き出すのは赤ん坊の生き残り戦略だと思うが、それは言語の獲得に関しても同様らしい。
著者が日本とカナダで行った実験によると、大人は赤ん坊が母音様の音(アー、ウーなど)を発すると「かわいい」と感じるようにできているらしい。かわいいと思うとより一層語りかけやお世話をするだろう。赤ん坊への周囲からの語りかけは抱っこ等の「心地よさ」と結びついて記憶され、「もっとコミュニケーションしたい」と言う気持ちを生み出す。自分の声に応えが返ってくるとそれをまた「心地よい」と感じる。赤ん坊の発声に対し、母親はオウム返しに応えることのほうが圧倒的に多いそうだが、それは赤ん坊がまねをするのに役に立ち、その模倣が上手になると大人と同じ言葉が話せるようになる。この積み重ねが言葉を気づかせ、その獲得につながるのだと言う。
ヒトの言語には象徴性、随意性、可塑性、公共性と言う特徴があるが、著者の観察・実験によると、サルでも種により、これらのいくつかを使ってのコミュニケーションを行っている。だが、その全てを使ってコミュニケーションできるのはヒトだけであり、それがヒトと他の生物との差を決定的にし、人間の進化を支えてきたのだ。
私たちは赤ん坊時代のことなんてすっかり忘れてしまっている。何故なら、この時期の記憶は言葉と結びつけることが出来ないからだそうで、文章を話せるようになる3歳くらいから記憶が可能になるらしい。生後1年間の身長・体重の増加はめざましいものがあるが、それと同時に起こっている、外見からは推し量れない大きい変化に感心するとともに、言語獲得のプロセスを、赤ん坊のみならず、それを支援する大人にもプログラミングしているDNAのすごさと不思議を感じることができた一冊だった。
この本を読み終わって、子供への接し方が変わった。
子供が発する声へのオウム返しと語りかけを意識して行っている。何度もオウム返しをしているなかで、ニコッと笑うことがある。それは、もしかすると、その音を認識できた瞬間なのかもしれない。言語はヒトをヒトたらしめ、その人生を豊かにしてくれる。英才教育を施すつもりは毛頭ないが、その健やかな成長を多少なりとも支えていければと思う。
(菅原淑恵)

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