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『感涙食堂―泣きながら読む!感動飲食店ガイド』

2011年07月12日

編集:「オソトdeゴハン」感動体験エッセイコンテスト実行委員会; 出版社:生活文化出版 ; 発行年月:2007年12月 ; ISBN:978-4903755076; 本体価格:1,260円
書籍詳細

注がれたのは『気持ち』

結婚が決まった彼との普段と変わらない夕食。
マリッジブルーで、不機嫌だった自らの態度に業を煮やし、彼はひとりで席を立った。
空になった席の前に飲みかけのビールジョッキ。彼の大好きな鶏の唐揚げが手をつけられずに乗ったままの取り皿…。(中略)
「お待たせしました」
店員がワインの小瓶とグラスをふたつ運んできた。慌てて涙を拭き、ひとり帰ったのでグラスはひとつでいいことを伝えた。すると、いつもはテーブルに置くだけなのに、
「おつぎしてもいいですか」
と、店員が笑顔でワインの瓶を持った。うなずくと栓を開け、少し多めにグラスに注いでくれた。

ホッとした。正直、ワインを手酌するのには抵抗があった。それも、初めからひとりならともかく、男性に帰られた後というシチュエーション。多めについでくれたのも粋な計らいに感じた。そして、彼のジョッキや箸を下げずにそのままにしてくれたことにも感謝した。

『感涙食堂』という本に掲載されているエッセイの抜粋です。
料理の味やお店の雰囲気などの評価が一切載っていないグルメガイド、あるのはひたすら「感動」のみという、新しい発想に魅かれ、この本を手にとりました。
飲食店における感動体験をテーマに全国の一般人から集めたエッセイ集で、素人の作品ながら、他にも、今は亡きおばあちゃんの得意料理「カレーライス」との再会を綴った『おばあちゃんのカレーライス』、不良少年と母の想いを繋いだカツ丼を綴った『親不孝丼』など、紹介したくなるような心暖まる感動体験がたくさん載っています。私は、この1つ1つの感動体験を通して、これまで享受してきた”おいしさ”や”手軽さ”だけでなく、”人の想い”というもう一つの外食の魅力を再発見することができました。家族の中で食事の時間が重要と言われるように、それが外食であっても、誰もが緊張から解きほぐされる食事の時間は、五感が刺激され、気づかぬうちに、互いの心に互いの想いがふっと入ってくる貴重な一時なのかもしれません。
この数あるエッセイの中で、私が最も心打たれたのが、この作品「注がれたのは『気持ち』」でした。
私は、現在、社会人教育研修や講座の企画・運営業務に携わっています。講座参加の方々が、気持ちよく学習いただけるような環境づくりをお手伝いするのが私の役目なのですが、今の仕事に就いて、早1年が経ち、ようやく業務に慣れてきた中で、この仕事において一番大切なものは”気遣い”であるということを痛感する日々を送っていました。そんな折に、手に取った本だったため、この作品に登場するチェーン居酒屋の店員さんの素晴らしい気遣いが私の心に響いてきたのです。
「よく気が利くね~。」
小さい頃、そう周囲に褒められるのがうれしくて、率先して振る舞っていたことがありました。来客の際、スリッパを出したり、上着を預かったり、お茶を出したり…。そうすることが気遣いであり、自分にはそれが出来ていると思っていました。
しかし、今の私に求められていることはそれでは全く不十分だったのです。そして、今の自分の仕事を振り返り、気遣いについて考えれば考えるほど、実行しようと思えば思うほどに空回りをしている気がしてならず、いったい気遣いとはどのようなことを指すのか、私に求められていることをするには、何が必要で、何が足りていないのかを改めて考えてみたくなりました。
私が考える気遣い
気遣いに必要なのはどういった意識や姿勢なのでしょうか。
自分のことに精一杯では、気遣いはできません。まずは、周囲に目を向けられるように、常に気持ちの余裕を持つことが必要だと思います。私はこれまで、気持ちに余裕を持つために、時間に余裕を持とうと、準備を早めに行うことを心掛けていました。しかし、突発的なことや予測不可能なことが多発する仕事において、常に時間に余裕をもっていられるはずはなく、逆に準備した通りに行かなかった時、焦りを感じ、終わってみると気持ちに全く余裕が持てていなかったことがありました。つまり、時間に余裕を持つことは、気持ちに余裕を持つことの1つの手段でしかなく、時間に余裕を持てなかった時にどう気持ちを落ち着け、対処するのかについても自身で探索する必要があったのです。今は、まだ常に気持ちの余裕を持つのは容易にできることではありませんが、気遣いが大切な今の仕事に従事する限り、自分なりの対処策を見つけ、常に心がけていきたいと思います。
そして、併せて前提として必要だと感じているのが、周囲に対する興味です。「人は見たいものと、見慣れたものしか見ていない」と言われるように視野に入る情報の中で、興味のあるもの以外は、頭に認識されません。少し前、 気遣いにそんなに関心を持っていなかった私の心を打つのは、この作品ではなかったかもしれません。自分の目の前にいる人や物事などに積極的に興味を持ち、周囲の状態や微妙な変化を読み取ることは気遣いにおいて欠かせない要件だと思います。
次に、大切だと感じているのは、相手の表情を読む力、状況や心境を察する力です。パーフォーマンス学のパイオニアである佐藤綾子氏曰く「多くの場合、人が思っていることは表情を見ると読み取れる」ものだそうです。相手が何に気をとられているのか、何をしてほしいと思っているのか、相手の表情や周辺情報から状況や心境を察する力を磨くことはとても大切だと思います。
エッセイの中に登場する居酒屋の店員さんは、限られた周辺情報(彼らしき男性が先に帰ったこと)と、涙を流す目の前の女性の姿・表情から、ただならぬ事態を感じ、心境を察しています。それがあったからこそ、あのような細やかな気遣いが出来たのでしょう。
そして、最後に忘れてはならないのが、行動する勇気と実行のタイミングです。震災の後、流れていた公共広告機構のCMをまだ、覚えていらっしゃるでしょうか。
  「『こころ』はだれにもみえないけれど『こころづかい』は見える。」
  『思い』は見えないけれど『思いやり』はだれにでも見える。」
時にあのCMの少年のように、「余計なお世話かな?」「近くの人がやるかな?」などと、いざ、行動に移す時に戸惑い、その結果、タイミングを逃すことがあります。しかし、気遣いにおいてタイミングは重要です。私は、余計なことを考えすぎて、このタイミングを逃してしまうことが良くあります。折角の心遣いを相手に快く受けてもらうためには、勇気を持ってタイミングよく振る舞うことはとても大切だと感じています。
自ら気付いた時(=気持ちに余裕が出来た時)に、自らの価値観のみ通して導き出された気遣いを振る舞うのではなく、まず、普段の生活の中で、気持ちの余裕と周囲に対する興味を持ち、人の表情を読む力(状況、心境を察する力)によって、本当にその人が今欲していることを見定め、勇気を持って、タイミング良く振る舞える。そんな気遣いを私は目指していきたいと思っています。
昔から、日本では、気遣いは「意識してするものではない」と言われているようです。気遣いの文化の代表例である”江戸しぐさ”は皆が心地よく生活できるようにと江戸の商人から始まった仕草ですが、その教えの中で、思ったと同時に行動が出来るよう、しぐさが”くせ”として身体に染み込んでいること、人が見ていなくても自然と身についていることの大事さを語っています。
今はたくさんのことを意識しなければ、十分な気遣いができない状況ですが、少しずつ身体に染みこませ、”江戸しぐさ”のように、意識せずとも、自然に周囲に目が配れ、必要とされていることにとっさに動ける、本当の意味での気遣いが出来るようになりたいと思います。
(鈴木 ユリ)

感涙食堂―泣きながら読む!感動飲食店ガイド』 「オソトdeゴハン」感動体験エッセイコンテスト実行委員会(生活文化出版)

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