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『怒らないこと』

2011年09月13日

著者:アルボムッレ・スマナサーラ; 出版社:サンガ新書 ; 発行年月:2006年8月 ; ISBN:978-4901679206; 本体価格:735円
書籍詳細

旅で気がつく、日常生活の思い込み
旅先という「非日常」での出会いや発見は、時に思いがけない形で普段の自分を俯瞰する機会を与えてくれます。
いつもの自分が考えたり、感じたりしていることが必ずしも正しいわけでないことに気づかされたとき、旅の醍醐味を感じることが出来ます。
以前、ニューヨークを旅行中にふと思い立って、街の文房具屋さんに色鉛筆を買おうと立ち寄りました。店員さんに見せてもらった24色入りの色鉛筆はとても鮮やかで綺麗なのですが、眺めている内になんだかわからない違和感のようなものがふつふつと湧いてきて、結局その正体がわからないもやもや抱えたまま、色鉛筆は買わずにその場を去りました。
日本に帰国後しばらくしてその出来事を思い出し、自宅にあった子供の頃から使っていた色鉛筆を確かめたとき、もやもやの正体がようやくわかりました。


日本の色鉛筆にあって、ニューヨークの色鉛筆になかったもの-それは、「肌色」の色鉛筆でした。
「人類のるつぼ」と言われ、白人、黒人、アジア人、ヒスパニック…市内だけで170言語が使われている都市において、「肌色」という概念は存在しなかったのです。様々な人種が共存する都市だと、頭では認識していても、私の知る「肌色」がないことに違和感を覚えた自分自身の思い込みに、驚かされた出来事でした。
「怒らないこと」
慶應MCC『エナジャイズド・アサーション』で、自分自身の価値観・信念を見つめ直すセッションがあり、さきほどの色鉛筆の話を思い出しました。講座の中で有滝先生に紹介いただいて、今年の夏期休暇の間に、自分自身の凝り固まった考え方を見つめ直そうと読んだ一冊が、『怒らないこと』です。
筆者はスリランカ上座仏教のお坊様で、時に辛辣に、時に優しく、”怒り”について語りかけてくれる本です。
ここに書かれている怒りとは、「腹が立つ」という意味だけではありません。暗い、恨み、蔑み、嫉妬、敵対心、物惜しみ、反抗、後悔、激怒…人間の様々な負の感情を指しています。
怒りというのは、愛情と同じく、心にサッと現れてくるひとつの感情です。美しい花を見て生まれる「きれい」という楽しい感情が愛情であり、ゴキブリを見て「嫌だ。気持ち悪い」と思う感情が怒りです。大雑把にいうと、我々人間は、愛情と怒りの二種類の感情によって生きているのだと言えます。
そして、筆者は「怒りが生まれると、心から喜びが消えてしまうのです。怒りは人間の不幸そのものです。我々の不幸を作り出す怒りだけは、けっして心の中に入らないようにすることです」と、怒らないことの尊さを説きます。
仏教法話なので、一読すると「宗教家だからこそできる、究極の考え方だ」と思ってしまいがちですがその中には私たちの日常生活へのヒントがちりばめられています。
例えば、先ほどの花とゴキブリの話。
花が「美しい」ものであり、ゴキブリが「気持ち悪い」ものだと思っているのは、他ならない私たち人間自身です。人間にとっては「気持ち悪い」ゴキブリも、庭の鶏にとってはごちそうですし、花は食べることの出来ない、ただ邪魔な存在でしょう。伊勢エビの活けづくりをごちそうと感じる日本人と、残酷だと感じる外国人。このように、私たちが当たり前に思う感情は、自分自身というフィルターを通した、自分勝手なものだと筆者は語ります。
怒りたくて、怒る人はどこにもいません。それでも私たちは「部下がミスをした」「友達が約束を破った」などの様々な理由で、相手に対して怒りをぶつけます。それは「私は完璧だ、私は正しい」と思い込みによるものだというのが筆者の主張です。「私は不完全だ」と認識できれば人は怒らずに済むのだと。
怒りを生むエゴ
筆者は、怒りの原因をつくりだすものは「我=エゴ」だと言います。エゴから生じる「私はこれをやるべきだ」「私を認めてくれなくちゃいけない」という思考が、怒りを生み、幸せを妨げるのです。本当に偉大な人はエゴに操られることなく、謙虚に生きることができます。その例として、本の中ではアインシュタインの話が書かれています。
アインシュタインの家の近所に、ある少女が住んでいました。少女は偉大な科学者だと知らないまま彼の家を訪ね、「おじいちゃんは算数が上手だと、学校の先生が言ったのよ。だから、宿題を教えてちょうだい」と頼みました。当時、すでにアメリカの国宝のような存在だったアインシュタインですが、少女の頼みをすんなりと聞き、宿題をみてあげました。後で事情を知った学校の先生と少女の母親が、アインシュタインの家に謝りに行った際、彼は「いいえ、なんのことでもないのです。私は何も教えていません。反対に、いろいろなことを教えてもらいました。教えてもらったのは、私のほうです」と言ったのだそうです。
アインシュタインのように「私は偉い」というエゴを持たなければ、怒りは生まれません。逆に「自分はダメだ」「他人に負けたくない」という考えも、怒りをつくり出すエゴになります。
また、怒りは時に自分自身にも向けられます。仕事で失敗をしたときに、人は「どうして完璧にできなかったんだろう」と考えます。これは一見、謙虚な反省のようでいて、実は「自分は仕事を完璧にできるはずだ、完璧にしなければならない」という、エゴから生じる思い込みなのです。
3.11から半年が過ぎて感じること
2011年、東京・丸の内の夏はいつもと違っていました。
オフィスや商業ビルでは節電対策がとられ、どこに行っても空調・照明は控えめ。変則的な休日制度やサマータイム制を導入した企業も多くありました。一方、「節電グッズ」と言われる分野の消費が伸び、飲食店ではサマータイムに合わせてハッピーアワーを設けたり、復興応援メニューを開発したりと、それぞれの工夫でビジネスチャンスをつくる企業もありました。
思えば東日本大震災が発生してからの約半年間、東京で暮らす私たちは「日常を取り戻そう」をひとつの合い言葉に、走り続けてきたように感じます。もちろん、震災を忘れようという意味ではなく、経済を動かそう、被災地への長期的な支援をしていこうという意味での「日常」です。それほどまでに、帰宅難民で溢れかえる3月11日の丸の内の夜は、私たちにとって「非日常」でした。
しかし、震災から半年経った今、実はあの「非日常」が、私たちが今までとらわれていたエゴや思い込みを揺り動かすきっかけになったのではないかと思うのです。当たり前に使っていた交通機関、エネルギー。それだけではなく、人間関係や自身の生き方など、日常の自分が当たり前に思っていたことをもう一度見つめ直し、考えた人も多かったのではないでしょうか。自分を取り巻く人との絆を再認識し幸せを実感することもあれば、様々な報道や噂が飛び交う中で、傷つき、不安に思うことも多くあります。『怒らないこと』の中で、著者は言います。
「自分を水晶の玉のようにイメージするのもいい方法です。心を、光り輝いている水晶の玉のようにしておけば、相手からどんな色の水をつけられても、たとえすごく臭いものをつけられても、拭けばすっかりきれいになるでしょう?そういう心を持っていれば、外からの攻撃にはだいたい対処できてしまうのです。反対に、スポンジのようにたっぷり吸い取ってしまったら、負けなのです。」
自分自身のエゴや思い込み―怒りのもとを知り、対処することは、幸せに生きる道に繋がります。
被災地では、今も復興に向けた取り組みが続いています。東京にいる私たちができることは、全力で復興を支援することです。しかし、それだけではなく、今回の震災をただ降りかかってきた「災厄」と捉えずに、自分自身の内面を振り返ることによる、怒りのない幸せへの「きっかけ」だと思ってみるのはどうでしょうか。
そう思うことで、明日からまた前を向き、困難や不安があっても、一歩ずつ日常を進んでいく勇気をもらえるような気がするのです。
(鳥越 久未)

怒らないこと』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書)

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