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梶井 基次郎『城のある町にて』

2011年10月11日

檸檬改版』収録
著:梶井 基次郎 ; 出版社:新潮文庫 ; 発行年月:2003年10月; 本体価格:420円

梶井作品の誤解

万城目学『鴨川ホルモー』のスピンオフ作品である『ホルモー六景』の中に、実際のエピソードを交えて梶井基次郎の生涯を編み込んだ『もっちゃん』という傑作がある。
時空を越えて本編に絡んでくる縦糸の巧みさは見事と言う他はなく、万城目ファンの若い読者が、梶井に関心を寄せるきっかけとなっているらしい。

一方、これを機に梶井再デビューを果たした元文学青年達は、本書を10数年振りに開き、長い間とんでもない誤解をしていたことに愕然とするのだ。
かくして我等は、二つの真実と教訓を得る。

(1)『檸檬』は食べかけを聖橋から放る話ではない。
京都丸善は移転後に閉鎖され、檸檬を売っていた八百卯も廃業してしまった。間違っても丸善お茶の水店に、紡錘形の爆弾を置いてはいけない。

(2)『桜の樹の下には』と『桜の森の満開の下』を混同してはいけない。
ましてや、「人間椅子のアルバムタイトルだったな」というマニアックな二重の間違いを犯してはならない。前者はモノローグによる梶井の散文詩、後者は坂口安吾が描く山賊の物語である。

純文学の王道

かの萩原朔太郎曰く、

梶井基次郎君は、日本の現文壇に於ては、稀れに見る眞の本質的文學者であつた。彼は最も烈しい衝動(パツシヨン)によつて創作するところの、眞の情熱的詩人であつて、しかもまた同時に、最も冷酷無情の目を持つたニヒリスチツクの哲學者だった。(雑誌「評論」1935年9月号)

迸る感性は内面に向かうことで幻視を誘発し、冷徹な観察眼は映像を写実化する。

『檸檬』に続く梶井の第二作『城のある町にて』は、萩原が指摘する本質的な要素を、処女作以上に昇華させて封じ込めた名作と言えよう。

1925年(大正14年)、同人誌「青空」の第二号で発表された本作は、梶井の分身である峻(たかし)が静養のために訪れた三重県松阪市での1か月を、随筆風に著した作品である。

「ある午後」「手品と花火」「病気」「勝子」「昼と夜」「雨」という6つの小品が、宛ら楽章のような独立顔で並んでおり、彼の最も長い作品としても知られている。

居候していた姉夫婦の家は、驍将蒲生氏郷が心血を注いで築き上げた、松阪城搦め手門のすぐそばにあった。見世物小屋が並び、旅館や露天が連なる地元の娯楽拠点であったこの城跡を、彼は日がな一日散歩していたらしい。

穏やかな風情に包まれて、心持ちが安定していたのであろう。
感情に翻弄されがちな梶井が、驚くほど素直な心境を吐露している箇所がある。

いつも都会に住み慣れ、ことに最近は心の休む隙もなかった後で、彼はなおさらこの静けさの中でうやうやしくなった。道を歩くのにもできるだけ疲れないように心掛ける。棘一つ立てないようにしよう。指一本詰めないようにしよう。ほんの些細なことがその日の幸福を左右する。――迷信に近いほどそんなことが思われた。

転地してきた理由に纏わりつく翳の存在がありながら、涼やかな読後感が残るのは、自身の振幅を抑制したこの筆致のせいであろう。姪に対する優しい視線、義兄の妹である信子への仄かな恋愛感情を行間に潜ませながら、ありふれた日常が流麗な言葉で紡がれていく。

読み進んでいくうちに、萩原の評価に応えんと、詩人が語りかけてくることがある。

私はおまえにこんなものをやろうと思う。一つはゼリーだ。ちょっとした人の足音にさえいくつもの波紋が起こり、風が吹いて来ると漣(さざなみ)をたてる。色は海の青色で――御覧そのなかをいくつも魚が泳いでいる。

神経の昂ぶりによって揮発する感情は、幻影を手繰り寄せては映像を結ぶ。
形や大きさは、どこにも描写されていない。にも関わらず我々は、自分なりのゼリーをありありと脳裏に描くのだ。
他方、哲学者は、網膜に映った生の息吹を、丁寧に再現しようと試みる。

峻(たかし)はこの間、やはりこの城跡のなかにある社の桜の木で法師蝉が鳴くのを、一尺ほどの間近で見た。華車な骨に石鹸玉のような薄い羽根を張った、身体の小さい昆虫に、よくあんな高い音が出せるものだと、驚きながら見ていた。その高い音と関係があると言えば、ただその腹から尻尾へかけての伸縮であった。柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。

この光景を想像していて、思い出した句があった。

つくつくぼうしあまりにちかくつくつくぼうし(種田山頭火「山行水行」1935年)

天才クリエイター二名の、10年の時を隔てての邂逅である。
自身の生を重ね合わせた山頭火の万感が、音を封じ、静寂をもたらしているのに対して、梶井のそれには、今にも飛び出してきそうな躍動感がある。

大正末期の世相

芸術が花開いた大正ロマンの時代において、急速な勢いで庶民に浸透していった娯楽が、無声映画であった。その人気の一端が記されているのも興味深い。

丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。この町のある医者がそれに乗って帰って来る時刻であった。その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もある。

「ハリケーン・ハッチ」は、1921年にアメリカで制作され、日活が輸入配給した活劇映画である。
一説によれば、当時は国民一人当たり、年間10本の映画を観た計算になるらしい。右腕のシャツをたくし上げた絵柄のメンコも現存しているので、さぞかし子供達の間でも人気者だったのであろう。
国産バイクの生産はまだまだ軌道にのっておらず、オートバイは映画の主人公を枕詞とする珍しい存在であったようだ。

音を感じる

「音を感じる」。
これが、本作の醍醐味である。

町の空に反響する「カーン、カーン」という材木を叩く音。
「文法の語尾の変化のようだ」と表現している、つくつく法師の輪唱。
星水母のようなさやけきと共に、綿で包まれたような音を響かせる花火。
いずれも、情景と音が同時に迫ってくるような立体感を伴っている。

移動性高気圧が張り出してくると、季節は晩夏から一気に清秋へと移ろい、音の主役も蜩から蟋蟀に取って代わられる。
その交錯点における美しさ、静けさを淡々と描ききり、彼は本作を結ぶ。

鳴きだしたこおろぎの声にまじって、質の緻密な玉を硬度の高い金属ではじくような虫も鳴き出した。彼はまだ熱い額を感じながら、城を越えてもう一つ夕立が来るのを待っていた。

夜長の候、窓辺越しの清冽な風が運んでくる秋の音に耳を澄ませば、梶井が聞き取ったカネタタキの鳴き声も聞こえてくるかもしれない。

(黒田 恭一)

檸檬改版』新潮文庫

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