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今月の1冊

2011年11月08日

『準備する力-夢を実現する逆算のマネジメント』

著者:川島永嗣; 出版社:角川グループパブリッシング ; 発行年月:2011年9月 ; ISBN:9784048851053; 本体価格:1,365円
書籍詳細

私は、努力を重ねた人、苦労を乗り越えた人、何かをやり遂げた人が、「自分、頑張りました」とはっきり言うことが嫌いではありません。むしろ、好きです。
とかく、日本では、恥じらいが美学だとされがちですが、心に思っていることをストレートに表現する方が、受け手も気持ちが良いことが多いと私は感じていますし、遠慮と謙虚は違うと思うからです。ですから、去年のFIFAワールドカップでの、相手のシュートを止めた時に見せる激しい感情表現、「どや顔」と評された川島選手は、とても好印象で、これまで「ドーハの悲劇」も「ジョホールバルの歓喜」も全く興味のなかった私が、初めてサッカー選手を応援するようになったほどです。


しかし、その川島選手が、J1で正キーパーの座を得る前から、海外でサッカーをするために語学の勉強を重ねてきたこと、そしてその努力を評価するコメントを耳にした時は、少し違和感を覚えました。正直、ワールドカップで活躍した今の川島選手だから、「さすが」、「凄い」と言われるのでは、(失礼ながら)所詮、結果オーライでは、と感じたからです。サッカー選手にとって、いいえ、ビジネスパーソンも同様だと思いますが、身の程に合わない目標に対しては、「無謀」「まずは、やるべきことをやれ」と、冷たく見られる可能性の方が大きくないでしょうか。
そんな疑問を抱いていた時に、本書『準備する力-夢を実現する逆算のマネジメント』が出版されることを耳にしました。タイトルからして、第三者からは無謀と思われた(に違いない)夢に向かって努力をし続けた想いもきっと書き綴られているはず、私のこのモヤモヤした感情への答えがどこかにあるはずと考え、9月末の発売を楽しみに、手に取ったという訳です。
 期待通り、本書で川島選手は、将来像をイメージ化し、その10年先、20年先、30年先のビジョンを実現させるために、「今、何をしなければならないか」を逆算して考え、実行することを、大事にしてきたと、何度も書き記してありました。
これは、高校時代のサーカー部部長をされていた恩師からの「人と同じことをしていれば人と同じにしかならない」という言葉が原点だったそうです。運動部によくありがちな「まずは、グラウンド10周だ!」「(辛くても)代々やってきた練習メニューだ、つべこべ言わずやれ!」というのではなく、他人の人と差をつけるには、人より多くの練習をしなくてはいけない、というロジックが、川島少年にとっては目から鱗だったようで、目標実現の為に、何をするべきかを考えることの重要性を実感できた、大きな転機となったと、当時を振り返っています。
そして、その後、全国高校サッカー選手権で優勝するため、プロに成功するため、日本代表になるため、海外で成功するため、それぞれの目標に向かって、この「逆算のマネジメント」を実行してきた川島選手が、工夫してきたこと、壁にぶつかる度に学んできたことを本書では紹介されていました。例えば、高校時代に体を作りこむ為、家族の協力のもと、冷凍食品や揚げ物は口にしないようにしたという逸話があり、プロフェッショナルを目指すなら、これくらいの意気込みがなくてはいけないのかと改めて感心したほどです。
ところが、全編を読み終えた私は、本書を通じて川島選手が伝えたいことは、「夢を叶えたければ計画性を養って、ストイックになれ!」、ということではないように思えてなりませんでした。大事なのは、大きな目標に向かって突き進むことができる、どんな逆風にも折れない鋼の精神ではなく、折れても元に戻ろうとするしなやかな強さを備えることだと、言いたかったのではないでしょうか。
確かに、川島選手は、本書に書かれてあることだけでも、プロで成功する為、日本代表の正キーパーの座をつかむ為、自分がやるべきことを、血のにじむような想いで取り組んできたことが十分伝わってきますし、また、自分の努力が100%なのか常に疑う、逆境を力に変える、など、人一倍自分自身に厳しく接していたと思います。でも、この本には、スポーツ選手や偉業を達成した方の自伝などを読んだあとの「この人は、私とは違う人間だ」という感覚は全くありませんでした。そこには、躓くこともあれば、落ち込むこともある、一人の等身大の人間がいたからです。
実際、川島選手は、PK戦に対しての苦手意識が強く、克服するための分析をすることさえ嫌だったと、自分の弱さを認めていますし、「ビジョンを明確に描けなかったり、実現するために何をすればいいのか分からないこともあると思います。」と、逆算のマネジメント以前に、そもそも計画すらまともにできない、何をすればいいのか分からない人がいることも、受け止めてくれています。本書には、「どや顔」のごとく、これまで自分が重ねてきた努力をひけらかしているのではなく、自分が辿ってきた経験から少しでもヒントを得て、「強く、しなやかな心」を育ててもらえればという想いがあったのです。
サッカー選手やスポーツ選手を目指す人にとっては、本書で川島選手が語ってくれた、努力の軌跡を、1つ1つ模倣するのもいいかもしれません。しかし、読者へ一番伝えかったメッセージは、「準備をする力=強く、しなやかな心を持つ」ということではないかと感じています。
本書に、こんな言葉がありました。
「今日がいいか、悪いかだけじゃなくて、5年後10年後の自分を常にイメージする」
これが、もし「5年後10年後の自分を常にイメージする」だけの1文だったら、私自身は共感できなかったと思います。私は、自分の将来を、今の自分の想像力の範囲内で限定してしまうのがあまり好きではないからです。これから出会う人、経験することにどんな影響を受けるかも分からない。だからこそ人生は興味深いと、私は考えているからです。
でも、「今日がいいか、悪いかだけじゃなくて、」と付くなら、大きくうなずけます。
私が違和感を覚えた、川島選手が試合に出たくても出られなかった時代から、海外でプレーすることを見据えて語学を学び続けていたことも、無謀な計画を実現するためのタスクとして取り組んでいただけではなく、思うように試合に出られなくてもモチベーションを落とさないようにするという目的も、あったのではないでしょうか。
今の自分に必要以上に落ち込まず、心が折れたままにならないよう、未来を見る。
これは、ビジネスパーソンがステップアップする為には、欠かせないことだと思いますし、また、今年一年特に、皆さまがそれぞれに感じられたと思われる「どうにもならないこと」「理不尽なこと」を乗り越えるためにも必要なことではないでしょうか。
 私も、川島選手のように、強くしなやかな心を持ち、いつか自分自身のフィールドで「どや顔」ができるよう、一歩一歩、頑張っていきたいと思えた一冊でした。
(藤野あゆみ)

準備する力-夢を実現する逆算のマネジメント』川島永嗣(角川グループパブリッシング)

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