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「場づくり」の視点で仕事に向き合うということ

2017年05月09日

会議のマネジメント-周到な準備、即興的な判断
著:加藤文俊; 出版社:中央公論新社 ; 発行年月:2016年9月; 本体価格:821円

「わたしの仕事、ロボットに奪われますか?」自動化できる仕事をネット上で診断する、計算ツールのキャッチコピーだ。さっそく自分の仕事を診断してみる。結果はなんと63パーセント! かなりの高確率ではないか。

最近、人工知能(AI)にかんする話題に事欠かない。先にあげたキャッチコピーのように、言葉やイメージが一人歩きして、一方的に「あなたの仕事は将来なくなるでしょう」と突きつけられているかのように感じることさえある。しかし、このように時代の変化に際して職能が問われるとき、まず大切にしたいこと。それは、悲観も楽観もせず、あらためて自分の仕事の価値を自らとらえ直すことだと私は思っている。

今回紹介する本は、『会議のマネジメント-周到な準備、即興的な判断』(加藤文俊著、中央公論新社)。タイトルだけを読むと、会議の運営方法について詳しく論じるものかと思ってしまいそうだ。しかし、ひとたびページをめくれば、会議運営を簡単に進めるノウハウを紹介するような本ではないことがわかる。(なにせ目次には「会議」という言葉が一つもない(!!)のだ。)

本書は、会議をひとつの集まりの「場」ととらえ、私たちの生活がいかに複雑で繊細なコミュニケーションを通じて構成されているのか、「場づくり」の視点から読み解くものである。

空間・時間・情報から考える

本書では、「場づくり」を「空間」「時間」「情報」という三つのテーマからとらえ、それにより特徴づけられるコミュニケ-ション過程に自覚的、積極的に関わりながら、臨機応変に働きかけ、よりよいコミュニケーションの実現を追求する行動だと定義している。つまりそれは、物事の「プロセス」そのものが「場」であり、「場づくり」とはその時々に向き合う心構え、生き方とも言えるのではないだろうか。多くの仕事が人と人とのコミュニケーションに拠って立つものであるとすれば、本書で提示される「場づくり」の視点は、私たちの仕事のあり方をとらえ直すうえで示唆に富む。

たとえば空間のあり方について考えるならば、「お互いのやりとりにもっともふさわしいと思われる距離(距離感)を獲得するための行動は欠かすことができない」とし、そのためにはまず、あたえられた空間をよく観察し、しつらえを整えることだと著者は言う。

たとえば、椅子を近づけ肩を寄せながら話すとき、親密な気持ちになることはないだろうか。反対に机と机のあいだについ立てを挟めば、それぞれの空間で意識が変わることもある。デスクまわりに飾る写真や小物の種類や置き場所なども、そこがその人の「居場所」や「立ち位置」を指し示すツールだ。写真や小物がきっかけで、会話が弾むこともあるし、誰かと元気を分け合うこともできる。

このように、私たちは常にコミュニケーションをしている。それを「空間」「時間」「情報」といった切り口から見直すと、私たちの仕事の中にはよりよいコミュニケーションをめざしたさまざまな工夫にあふれている(あるいはまだまだ工夫ができる)ことに気づく。それらは、自らのふるまいに対する人びとの反応を見て、次の行動の方針を決めた結果である。

本書では、「場」がどのようになり立っているのか、また「場」をつくるコミュニケーションとはどのようなものなのか、あたりまえに思えていた目の前の景色が色づくように、私たちの「場」への理解を助けてくれる。

一人ひとりが「場」を動かす

「場づくり」といえば、「ファシリテーター」の存在を思い浮かべる。会議やミーティング、シンポジウム、ワークショップ、あるいはMCCのような学びの場において中立的な立場に立ち、合意形成や相互理解を深める手助けをする。ファシリテーターは、コミュニケーションを促進する役割を担う存在である。こうした専門家に私たちはつい過剰な期待を向けがちだ。

しかし著者は、ファシリテーターをはじめとする「場づくり」の専門家も学習者だと言う。ファシリテーターは、コミュニケーションの過程をその都度たしかめながら自らのふるまいを変え、「場」を動かしているからである。著者は、専門家に必要なのは、「コミュニケーションの過程そのものが、学ぶ機会であるという点を忘れないこと」だと指摘する。

よく考えてみれば、これは「場づくり」の専門家に限らず、私たちも職場や生活のなかで日常的に意識できることだ。一人ひとりが「場」を動かす一員ととらえることで、自らのふるまいに自覚的になり、よりよいコミュニケーションをめざす一歩となり得る。そして、そのプロセスこそ学びであると思えば、目の前の出来事に無関心ではいられなくなる。

つねに学ぶという姿勢

社会人の学びを考えるうえで、近頃よく耳にする言葉の一つに「アンラーニング」がある。「学習棄却」と訳され、いったん学習したことを意識的に忘れ、学び直すことを指す。それはいわばいったん身についた経験を問い直し、固定化・硬直化した思考やふるまいという「あたりまえ」に向き合う態度だといえる。

それに対し著者は、「オンラーニング」というコンセプトを提示する。意図的にゆっくりと学んだり、目標を曖昧にしたり、実践の数を減らし感覚を鈍らせる、“あえて”学ばない態度である。言い換えれば、つねに学ぶ姿勢を維持するということだ。

本書において著者は、私たちはコミュニケーションせざるを得ない存在だという。そうした前提をふまえると、私たちは常に学ぶことのできる存在といってもいい。つまり、「オンラーニング」は、日常に埋め込まれた学びに気づき、よりよいコミュニケーションのもと、豊かな生活を実現するコンセプトなのだ。

本書をつうじて自らの仕事を「場づくり」の視点からふりかえると、私たち一人ひとりがよりよいコミュニケーションをめざすなかで、つねに「場」を観察し、省察しながら繊細にふるまいを調整していることがわかる。それは、仕事の成果と直結することではないかもしれないが、成果と成果の「あいだ」つまり「プロセス」にあるコミュニケーションが、よりよい社会関係に結びつくとき、結果として大きな成果が達成されることも十分に考えられる。

冒頭に紹介した「ロボットに奪われる仕事」とは、おそらくこうした「あいだ」を考慮されず計算されているものだ。多くの仕事は人と人とのコミュニケーションに寄って立つと考えれば、ロボットに仕事を奪われる心配などいらないはずだ。変化の激しい時代の中で私たちに求められているのは、「場づくり」の視点で目の前のコミュニケーションに向き合うことなのだ。

(尾内志帆)

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