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もし明日が来ないとしたら

2017年06月13日

最後だとわかっていたなら
著:ノーマ コーネット マレック ; 訳:佐川 睦 ; 出版社:サンクチュアリ出版 ; 発行年月:2007年6月; 本体価格:1,080円

あるリーダーシッププログラムでのこと。
参加者のお一人が「他の人に危機感を持ってもらうことは難しい」と仰った。

「例えば、この仕事をやらなくても明日はある、だからしんどい思いをしてまでやらなくてもいい、という考え方もある。しかし、明日は無いかもしれない」

他の参加者の皆さんも異口同音に日頃の想いを語った。

「私たちは、うちの会社が急に潰れるわけがない、いままでも何とかなったからこれからも大丈夫、と思ってしまう。しかし、これだけ世の中のありさまが変わったのに、本当に大丈夫なんだろうか」
「国を代表するような企業の一つが危機に見舞われているのに、自社や自分だけ大丈夫ということがあるだろうか」
「会社どころか、そもそも自分に明日が来るなんて約束されていないのに」
「そうだ、それを私たちは3.11で実感したはずなのに…」

その議論の終盤で、ある方が
「もし明日が来ないとしたら、私は今日何をすべきだろうか。そう考えて、私は常にファーストペンギンであろうと思う」と仰った。
そして後日、一篇の詩を教えてくれた。

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

この一節から始まる詩、『最後だとわかっていたなら』をご存じだろうか。
9.11の後にネットでずいぶん広められた。
また、今年の3.11には岩手日報が「明日が来るのは、当たり前ではない。3月11日を、すべての人が大切な人を想う日に。」というメッセージを添えて新聞の広告欄に掲載したことが話題になった。
全文をお読みになった方も多いだろう。
まだの方は出版社がウェブで特別公開してくれているので、まずはご一読いただきたい。

皆さん、この詩を読んで、誰の顔が浮かんだだろうか。
その人に、どんな言葉をかけたいと思っただろうか。

作者のノーマ コーネット マレック氏は、2児の母であったが夫と離婚した。
親権はマレック氏が得たが、元夫がふたりの子どもを連れ去ってしまった。
その後、必死に子どもたちの行方を追ったが見つからない。
ところが2年後、突如長男の訃報が届いた。
溺れている小さな子を助けようとして、自分も溺れてしまったのだ。
なんとも痛ましい事件の後、マレック氏は10歳で亡くなった我が子に伝え切れなかった想いを詩に綴った。
その詩は9.11や3.11をきっかけに、家族や友人を失った人たち、それを支える周りの人たちに広まり、大きな反響を呼んだ。

訳者の佐川睦氏は、この詩に出会った時、「亡くなった姉がわたしに語りかけているような気がした。」と、書籍版『最後だとわかっていたなら』の「おわりに」に書いている。

佐川氏の姉は妹に対して、「いちばんたいせつなのはね、いつだって、やさしいこころなんだよ」と話し、それを態度で教え続けた素晴らしい方であったそうだ。
しかし、悲しいことに若くして病で亡くなられた。
佐川氏とご両親は、徐々に弱っていく姉を精一杯、心を尽くして支えた。
しかし、それでも後悔があとからあとから襲ったと佐川氏は言う。

大切な人を思いがけず早く失った悲しみと、取り返しのつかない後悔。
そして、もう直接伝えることができない、尽きることのない愛情。
誰もがいつかは経験し、抱えて生きていくことになるであろう想いが詰まった詩。

しかし、これは嘆きの詩ではない。
年老いた人はもちろんのこと、若い人にも明日が必ず来るとは約束されていない。

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう

というメッセージを、マレック氏は詩の後半に込めている。

家族や友人など親しい人を亡くして感じるのは悲しみや喪失感だけではない。
私も家族を失った時に世の理不尽を嘆いたし、何の力にもなれなかった自分を責めもした。
残された他の家族が私以上に後悔している姿を見て、また苦しみが湧き、それは消えることがない。
しかし、マレック氏の切実なメッセージが、私の心に染み入り、そっと静めてくれる。

私に明日が来ることは約束されていない。
家族、友人、職場の仲間、お客様であるあなたにも、明日が来ることは約束されていない。
だからこそ、顔をあわせることができた時には、身も心もあなたに向けて、和やかな顔と優しい言葉で接したい。
たとえ明日が来なくても後悔しないように。

慌ただしい日常の中で、一瞬一瞬に心身を集中して生きることは難しいと感じてしまう。
目の前の人になおざりな言葉や態度を向けてしまうこともある。
しかし、そこまでして慌ただしく頑張るのは、何のためだろう…。

わたしの本当に大切なものは何だろうか。
わたしはそれを今日、大切にできただろうか。
わたしのこの想いを、相手に伝えられただろうか。

そんなことをじっくりと考えることも、時には必要ではないだろうか。

(柳 美里)

最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)

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