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『<私>の愛国心』

2004年09月14日

著者:香山リカ
出版社:筑摩書房(ちくま新書); &nbspISBN:4480061851 ; (2004/08)
本体価格:700円(税込735円); ページ数:216p
http://item.rakuten.co.jp/book/1698757/


日本選手の予想以上のメダルラッシュで幕を閉じた今回のアテネオリンピック。普段は「愛国心」なんて言葉を口にするのもおろか、「日本国民」であることすら意識することもほとんどない私にとって、無意識のうちに当たり前に日本人選手を応援している自分に、少なからず「私は日本人なんだ」と感じた期間でもあった。
けれども、「愛国心について考える」とか「愛国心ってなに?」と言われても、どこから紐解いていけばいいのかわからないほどに、私にとってはあまりにも大きな概念であるし、できれば避けて通りたいテーマの一つでもあるのが実感だ。
そんな折に書店で、タイトルに目を惹かれ、手にしたのがこの本である。精神科医である著者が語る「愛国心」とはどのようなものなのか、なぜ今改めて「愛国心」なのか、<私>とはいったい誰を指しているのか-数々の疑問が湧いたと同時に、「愛国心」なんてちょっと堅苦しいけれども、私にとってあまりにも漠然としたこのテーマについて一つのヒントをくれるかもしれないと思い、この本を手にしてみた。
皆さんは「愛国心」と聞いて何を思い浮かべるだろうか?私は、単刀直入すぎるのだが「自分の国を愛する心」と答えてしまう。しかし、この本を読んで、今さらながら少し考えてしまった。「自分の国」=今の日本ってどうなっているのか。日本で暮らしている私達は今、どんな状況なのか。そして、日本はどこへ行こうとしているのか。この本では、日本人として個人が直面している問題から、日米関係まで、精神科医としての筆者の鋭い視点で、現在の個人そして国を分析している。
著者は、まず、いくつもの昨今の少年犯罪事件を織り交ぜながら、教育基本法の改正について、論じている。今度の教育基本法改正で「愛国心」を盛り込もうと検討されていることに対し、『個人の問題-本書では「不安」と呼ぶ-を打ち消すために「愛国心」という大きくて強い概念を慌てて取りいれようとしているのに過ぎないのではないか』と、疑問を投げかけている。さらに、『この傾向は「愛国心」だけに限らず、いまの日本社会のありとあらゆる場面で見られる』という。つまり、「愛国心」などといった大きな概念の言葉を使うことにより、個人の問題や社会の問題を曖昧にして、問題をすりかえているのではないか。私たちに今必要なのは、大きな概念の言葉で論じるのではなく、「社会と個人変化」について、きちんと向き合って考えていかなければならないとしているのだ。
「社会と個人の変化」とは、何らかの問題が起きたときに、それを自分の問題として、そして自分を取り巻く社会の問題として多角的な視点から考えることのできる想像力が欠如してきていることである。
昨今の少年犯罪事件の数々を考えても、ニュースでこういった事件を目にした時、10年前なら「もしこれが私なら・・・・」と考える余裕や想像力があったのに、今はそれが欠如しているという。現代の社会を振り返ってみると、多くの事がスピードと効率を要求され、想像力を駆使する時間的余裕がないという状況は「想像力の欠如」を招く原因の一つでもあるだろう。
そして、もう一つの原因としてあげているのは、自己にばかり目を向け、自分の意識が内に集中しているあまり、社会の問題を自分のこととして想像しようという意識や他人に目を向けたり、思いやろうとしない「内向き姿勢」の個人の増加が問題である。たとえば、精神科医である著者は自身のカウンセリングルームに通院する若者をみて、世の中に「生きづらさ」を感じている人が多いことをあげている。周りからみたら全てにおいて恵まれていると思われるような人であっても「生きづらい」と感じ、悩んでいる。そして、この「生きづらい」という感覚は時代の共通感覚になってはいるものの、実は、相手の「生きづらさ」については全くもって関心がないという。誰しもがもっているはずの「生きづらさ」を、お互いで共有するのではなく、自分の「生きづらさ」ばかりを特別視してしまっているのである。
「愛国心」という大きな概念の言葉を用いてはいるが、著者が本当に伝えたいことは今の日本を通してみた<私>個人の問題なのかもしれない。自己にばかり目を向け、自分しか愛せない、想像力が欠如した「内向き姿勢」となっている現代人への警鐘のような気がしてならない。まずは、自分の近い周りから向きなおし、捉えなおして、考えてみることが大切なのだ。一番恐ろしいのは、思考停止状態になり、全てを自分とは関係ないものとして流してしまうことである。
これから先も著者の精神分析はまだまだ続くであろう。個人の内面にある不安や葛藤から目をそむけることなく、それぞれがそのことを自覚したうえで克服することの大切さを説きながら。そして、そもそもの問題は、個人にしても国家にしても、それぞれが<私>の問題として向き合ってこなかったことに原因があるのだから・・・・と。
私にとって、「愛国心」について考えるのはまだまだ難しいことである。ただ、この本を読んで感じたことは、自分にとって難しいことは関係のないこと、問題外なのではなく、そこからどう自分なりに考えていくかということである。ついつい、思考停止をしてしまい、楽な方へと流されてしまいがちな自分への戒めとして価値ある1冊であった。
(保谷範子)

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