HOMEへ戻るMCCマガジン『人間はこんなものを食べてきた 小泉武夫の食文化ワンダーランド』

『人間はこんなものを食べてきた 小泉武夫の食文化ワンダーランド』

2004年11月09日

著者:小泉武夫
出版社:日本経済新聞社(日経ビジネス人文庫); &nbspISBN:4532192153(2004/2)
本体価格:571円 (税込600円); ページ数:222
http://item.rakuten.co.jp/book/1638544/


いくつもの台風が過ぎ去り、冷たい雨を降らせた秋雨前線も遠ざかり、ようやく穏やかな秋晴れが続くようになりました。これから銀杏の葉が色づき、黄色いジュータンがあちこちで見られるようになる頃、私たちの住む日本は寒い冬を迎えます。脂ののったブリ、甘味を増した大根、そして、旬の食材がたくさんつまったお鍋のおいしい季節です。
「日本には春夏秋冬という四季があり、その季節季節には『旬』がある。旬とはなにかというと、食材がいちばんおいしいときと思いがちだが、それだけではなく、収穫がいちばん多く、そのため安く、かつ栄養価が高いときを指して使う言葉である。旬を指す言葉は外国にはほとんどなく、年中食材の絶えない地理的条件に恵まれているこの日本だけのものなのだ。」と著者は語っています。
著者の小泉武夫氏は、東京農業大学で学生たちに「食文化論」を講義する教授です。そして、自他共に認める「食べることが大好き」な農学博士でもあります。
「生き物は食べなければ生きていけない。」-私たちの生活「衣食住」のなかでいちばん大切である「食」の歴史・文化について、著者は、軽快な語り口調で時折りユーモアを交えながら教えてくれます。
著者の、人類の食のルーツを辿る旅は、原始時代から始まります。最初は人間も動物と同じように口に入るものをそのまま食べていましたが、やがて道具を使って食材を採ったり、火を使って加熱することを覚えます。人類は火を使うことによって脳の容積が大きくなり、さらに知恵が発達し、サルや類人猿とは違うヒトになっていったのです。そして次に、人間は食料を保存することを考えます。乾燥による脱水、竹や笹による防腐、塩(塩蔵)や煙(燻製)、灰も防腐剤になるといいます。
そして最も食の歴史を大きく変える要因となったのは発酵です。チーズ、ヨーグルト、納豆、醤油、お酒…。私たちの食生活に発酵食品は欠かせません。特に雨量の多い日本には、カビを使った代表的な発酵保存食品があります。それも私たちが毎日口にしているもの。皆さん、何だと思いますか?鰹節です。私はこの本を読んで初めて知ったのですが、鰹節があんなに堅いのは、表面についたカビが内部の水分を吸い上げるからなのだそうです。また、カビは水分を吸い上げるだけでなく、脂肪分を分解する酵素を出し、その結果、うまみのもととなるアミノ酸、イノシン酸ができ、上品な「だし」の味を醸し出すという、驚くべき役割を果たしているのです。また、食物によっては発酵によりビタミンが作られる場合もあり、発酵は「保存」だけでなく「味」「栄養」面においても食文化に欠かすことのできない存在なのです。
このように、人間は知恵を使って、他の動物には真似のできない食文化を作り上げてきました。私たちが毎日おいしく食事をいただけるのも、人類の食への飽くなき探究心があったからということに他なりません。そこには新たなものを発見する喜びだけでなく、失敗による犠牲や落胆もあったことでしょう。
この本では他にも食の加工、好き嫌い、マナーなどについて、文化的な面や生理学的な面、いろいろな側面からとらえて説明しています。そして最終章「211世紀の食をめぐる諸問題」で著者は日本の食文化の危機を訴えています。日本政策の農業軽視、日本人の食生活への関心の薄れを危惧し、「恵まれた気候風土の日本で培われた伝統の食文化をこのまま終わらせることだけは絶対にあってはならないのだ。」という文章で最後を締めくくっています。人類が長い年月をかけて築いてきた食文化-それは、それぞれの土地や気候の特徴を生かした独自のもので、また生きていく上での栄養面についてもよく考えられている奥深いものでもあり、これらを決して無駄にしてはならないのだという著者の思いが強く感じられます。
今年の夏、休暇を利用してタイに行ってきました。遺跡も自然も素晴らしいものでしたが、中でも私の気を引いたのは街中に所狭しと並ぶ屋台でした。朝早くから、鉄板で卵を焼いたり麺を炒めたり、おいしそうな匂いが街にあふれています。特に夜は混んでいて、空席を探すのも一苦労です。現地の人に聞いてみると、タイの人たちは家で食事をする習慣があまりないということ。オフィスに通う若者達は仕事に専念して、食事は安い屋台で済ませて帰るという、合理的な考えからきているようです。
文化はその地域独自のものですから、良い悪いは決められません。それでも食事を外で済ませる習慣に私は疑問を感じました。それは、「食事は家族団欒の場である」という考えが自分の中にあるからだと思います。というよりも、日本の食事の原点が「囲炉裏を囲む」という形態であり、それを遺伝的に受けついでいるからなのかもしれません。
しかし昨今の日本でも、そのような考えは薄らぎ、少しずつ囲炉裏形式から離れつつあるように感じます。スーパーに行けば、調理しなくても食べられるお惣菜が手に入り、街へ出れば、世界各国のおいしい料理を手軽に堪能できます。伝統行事にも食文化はつきものですが、お正月のおせち料理、ひな祭り、端午の節句、お月見といった日本の伝統が薄れつつあるのは否めません。それはとても寂しいことです。私は、これらの伝統を受けついでいくことはとても大事であると考えます。また、その伝統を家族と共有することにより家族の対話を生み、それが豊かな生活に結びついてゆくのではないかと思うのです。
最後に、著者小泉氏は他にも「食に知恵あり」「食(く)あれば楽あり」など食文化についての本を多数執筆されています。特にこの2冊は日本中の(世界中の)食をコラム形式で紹介しているもので、空腹時にはとても読んでいられないほど、舌をくすぐるおいしい話の連続です。小泉氏はこれらの本の中で一貫して、さまざまな民族が作り上げてきた食文化のすばらしさ、そしてその文化を味わいながら食することの楽しさを書き綴っています。
今は食欲の秋。さんまやさつまいも、きのこや栗、そして私たちの食生活に欠かせないお米のいちばんおいしい季節でもあります。そして冬が終わって春になると、ふきやたけのこが食卓に並び、初夏には初がつお、暑い夏になるとなすやきゅうりといった夏野菜が夏の暑さを和らげてくれます。皆さまも、四季のある日本に生まれた幸せを感じながら、そして、人間の知恵や工夫により発展してきた食文化の歴史に思いを馳せながら、食卓を囲まれてはいかがでしょうか。
(山本容子)

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