KEIO MCC

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今月の1冊

2004年12月14日

『EQリーダーシップ―成功する人の「こころの知能指数」の活かし方』

著者:ダニエル・ゴールマン, リチャード・ボヤツィス, アニー・マッキー
訳者:土屋 京子
出版社:日本経済新聞社; &nbspISBN:4532149754(2002/6)
本体価格:2,000円 (税込2,100円); ページ数:328
http://item.rakuten.co.jp/book/1457318/


思い出話をするには若輩すぎて恐縮だが、新人時代の話から始めたい。生命保険会社のある大都市の支社スタッフとして、私は社会人生活をはじめた。この会社では伝統ある支社だったが、当時順位は常に下から数えたほうが早いほど業績は振るわず、直接営業を担当しない私にも大きなストレスと長い残業に悩まされる原因となった。当支社は、支社―営業部―営業職員(いわゆる生保レディ)という組織であったが、ベテランの支社長が営業部長・職員をどんなに叱咤し、督励しても、あるいはインセンティブをかけても、業績は好転せず無念にも彼は期中で交代した。新支社長はまもなく定年という方だったが、就任した途端に業績は上向きになり、1年目の年度末には全国平均の水準に戻り、2年目は上位20位にランクインした。名門支社は見事に蘇ったのだ。
さて、新旧支社長の違いはなんだったのだろうか?今回ご紹介させて頂く「EQリーダーシップ」のフレームワークを使って考えてみたい。それぞれのリーダーシップスタイルを考えると、緻密で論理的な指示をしようとする旧支社長は、「ペースセッター型」あるいは「強制型」と思われた。予算計画の達成率が不振になるほど、部下からの業績報告を多く求め、1日にひとりの営業部長から提出される報告用紙を積み上げると高さが1cmになった。また、営業会議の頻度は増加し、業績不振の営業部長の中には罵声を浴びに毎日1時間かけて支社にやってくるとしか思えない人まで現れた。
一方、新支社長はたたき上げで、論理的で意味明瞭な話をするというタイプではなかったが、基本的には「関係重視型」+「コーチ型」だったと思われる。新人で仕事もろくにできない私など、旧支社長は目にもかけなかったが、それに対し新支社長は、着任するやいなや、幹部や営業職員は当然のこと、末端の私や事務スタッフの女性まで、一人一人と話をする機会を設けた。営業職員との懇談の機会を設ける支社長は多いが、支社スタッフにまでする人は珍しかった。報告業務の量を大幅に削減して本来の営業活動に注力させ、部下へ叱咤激励する場合は、成績が悪くても、まずは労をねぎらうことから始めていた。販売目標の高いキャンペーン月は、自室で営業部長に一対一で酒を振舞いながら、苦労話を聞いた上で、今後の活動への指示という形をとっていた。新支社長のこのような姿勢は、販売現場での苦労が絶えないがゆえに、幹部の姿勢に敏感な営業職員から大きな支持を受けたのだ。そして、退任時の会には、いつもは強制的な感覚で参加する営業職員も自発的に参加していたのが非常に印象深った。
「EQリーダーシップ」を紹介するために、私が初めて体験したリーダーシップの違いについて綴らせて頂いた。この本は、組織員の「共鳴」のない組織が成果を出すのは困難であり、「共鳴」に最も影響するのが、組織員の感情に配慮しながら、感情を良い方向へ導けるEQリーダーシップであるという主張を、実証研究や大脳生理学にも触れながら議論を展開している。いまさら説明するまでもないが、EQとはEmotional Intelligence Quotient(こころの知能指数)のことで、著者の1人である心理学者のダニエル・ゴールマンが提唱した概念である。そして、本書では、それを超え、リーダーシップ理論と脳のメカニズムや神経学と結びつけた「EQリーダーシップ」という新しい概念を提唱し、リーダーにとってEQを習得することの重要性を説いている。本書では、リーダーシップ・スタイルを6種類に分類し、具体的事例を用いて説明している。この本の中で私が特に紹介したいのは、組織に業績を向上させる共鳴を起こすリーダーシップとは、ビジョン型、コーチ型、関係重視型、民主型であり、ペースセッター型と強制型は、注意して使わないと、組織に不協和状態を引き起こしパフォーマンスも上がらないという議論である。横道にそれるが、笑いや愉快な感情は、人間の能力発揮に好影響を与えるが、ストレスやマイナス思考は逆に悪影響を与えることは心理学の常識である。リーダーはたとえ単なる職制上のものだけであっても、与える影響の大きさから、不協和状態を生むリーダーは組織にとって存在だけで有害なのだ。
旧支社長の末期は、本部からのプレッシャーもあったせいか、顔面を紅潮させながら、部下の怠慢をなじり、業績をあげろという単調な指示を相当な頻度で行った。そこにはユーモアの入る余地はなく、後に部下の表情に漂うのは疲労感と不協和だった。一方、新支社長の指示は、どことなく愛嬌もあり、部下に対する暖かさの感じられる内容であることも多かった。意図せざるにせよ、旧支社長は不協和状態を生むリーダーだったのであり、新支社長は共鳴を生むリーダーだったのであろう。
もっとも、新支社長はただ優しかっただけではない。むしろ、昔「鬼の○○」という異名をとったこともあるほど業績へのこだわりや部下への叱責は非常に厳しかった。ひょっとしたら、「強制型」という意味では旧支社長よりもそうであったかもしれない。ただ、頻度は多くはなかった。伝家の宝刀はめったに抜かないから価値があるのだが、「EQリーダーシップ」では、優れたリーダーは、ゴルフクラブを選ぶようにリーダーシップ・スタイルをうまく使い分け、不協和を招きやすい危険な「ペースセッター」や「強制」は注意深く使用すると述べている。
新支社長が意識的にEQリーダーシップを磨いたか否かはわからない。在任中にはこの本はなかったので、少なくとも、ここで説かれているトレーニングは積んではいないだろう。では、我々がEQリーダーシップを磨くにはどうしたらよいか。著者の主張は自発的学習を通して、5つの発見(すなわち、1.理想の自分、2.現実の自分、3.学習計画、4.新しい行動、思考、感情をマスターできるまで試行錯誤と反復練習、5.変化の努力を支援する人間関係)を経て、最終的には「自己認識、自己管理、社会意識、人間関係の管理」のカテゴリーに分類されるコンピテンシーを身につけることであるということである。ユニークなのは、このトレーニングは、大脳新皮質(考える脳)ではなく、大脳基底核(感じる脳)を鍛えることであり、それによってリーダーシップは反復練習することで習慣化されるという主張である。
この手の経営書を読むときは字面を追うだけになりがちだったが、自分の実体験に結び付けながら読むことで、とても良く理解でき、私にとって稀少な書籍となった。「リーダーシップと感情」という、道徳的な内容になりがちなテーマが、論理的に記述されているのも見事だと思った。この文章を読んで頂いた方で、「EQリーダーシップ」を読んでみようと思われた方には、実体験に照らし合わせながら読まれることをお勧めするし、読み進む過程で、自然に上司や部下のことを思い浮かべられるだろう。リーダーシップを発揮して組織を運営することの難しさを感じられる方もいるかもしれない。ご心配には及ばない、「EQリーダーシップ」は先天的なものではなくトレーニングで個人も組織も身に付けられるということは先述したとおりだ。
知識がないことには始まらない、知識を得た上で実践していく。それこそが読書の意義と私は考えている。私自身もこの文章を書く過程でEQとリーダーシップについて深く考える機会を頂いたことに感謝し、意識的にEQを磨いていこうと考えつつ筆を置かせて頂くことにする。
(朴澤憲治)

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