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白井 明大『日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし― 増補新装版』

2020年08月11日

日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし― 増補新装版
著:白井 明大 ; 出版社:KADOKAWA; 発行年月:2020年2月; 本体価格:1,700円税抜

「今日は“迎え火”なので、早めに家に帰って迎え火をともすんです」

今年の7月13日、同僚の一言にハッとした。そうだ、もう7月も半ば、旧暦のお盆の時期。今年は、新型コロナウィルスの影響があってか、例年以上に毎日がサラサラと流れていく。日々刻々と変わる状況に凹んだり、不安になったりしながら、今何をすれば良いのか都度考え、慣れない新しい生活様式なるものに戸惑いながら、過ごしているという感じ。

緊急事態宣言に入った頃には桜が咲いていたなぁ、と思い出しつつ、それから何をしていたのか記憶が朧気なまま、気がつけば夏が来ている。

そんな中での、同僚との“迎え火”トークは、私にとって、今いる“季節”を想う時となった。

「きゅうりや茄子で馬を作るあれ?」
「そうなんです、きゅうりや茄子の馬や牛でご先祖様をお迎えするんですよ」

迎え火とは、お盆にあわせ、先祖の霊が訪れるとされる新暦の7月13日に盆ちょうちんや灯籠などの迎え火をともしてご先祖様を迎える季節の行事。

きゅうり、茄子に割りばしなどをさして、それぞれ馬や牛に見立て、ご先祖を乗せて迎える「精霊馬(しょうりょうま)」、荷物を載せるための「精霊牛(しょうりょうぎゅう)」を作り、仏壇に飾る地方も多いようだ。

私の実家では、迎え火の時には、おがら(麻の茎を乾燥させたもの。麻がらとも言う。茎の中が空洞で火が付きやすい)を折って積み重ね、庭先で小さな焚火のように燃やし、ご先祖様がその煙を頼りに我が家へ戻ってくるとして、そこでお線香の火をつけ家の中の仏壇へとご先祖の霊をお連れした。もちろん、仏壇には果物などのお供えとともに、きゅうりと茄子の馬と牛もあった。

実家を出てから、この季節の行事は家族任せにしており、ご無沙汰してしまっているが、本格的な夏がそろそろやってくる前の心静かになる行事として、小さい頃からの記憶に刻まれている。

日々の生活に流され、迎え火のこと、ご先祖のこともすっかり忘れていた。さらには、新型コロナウィルスの影響もあり、いつも以上に月日だけが無為に過ぎていくこの感覚をなんとかしたいなと思い手に取ったのが、本書『日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-』 だ。

もとは2012年に初版だったものが、30万部超のベストセラーとなり、新たな文や絵を加えて増補新装版として今年2月に新たに出版されている。

季節には、太陽暦の一年を四等分した春夏秋冬の他に、二十四等分した「二十四節気(にじゅうしせっき)」と、七十二等分した「七十二候(しちじゅうにこう)」があり、よりこまやかな季節の移ろいが取り入れられ、より自然のリズムによりそっているのが七十二候となる。

二十四節気は、立春からはじまり、春分、夏至、秋分、冬至の四つの時期に春夏秋冬それぞれの盛りを迎え、大寒で締めくくられて一年となる。
春で言えば、「立春」・「雨水」・「啓蟄」・「春分」・「清明」・「穀雨」といったように、春夏秋冬で6つに分かれ計24となるのが二十四節気。

七十二候は、二十四節気のなかにそれぞれ初候・次候・末候があり、年間で72となる。

七十二候の最初の候となる、立春の初候は「東風解凍(とうふうこおりをとく)」、次候は「黄鶯黄鶯睍睆(おうこうけいかんす うぐいすなく)」とされ、季節それぞれのできごとを、そのまま名前にしているのが面白い。

二十四節気、七十二候は、旧暦で成り立っており、旧暦というのは、太陽暦(地球が太陽のまわりを一周する時間の長さを1年とする)と太陰暦(月が新月から次の新月になるまでを一か月とする)を組み合わせた太陰太陽暦のことで、明治5年(1872年)に「改暦の詔書」が出されるまで親しまれてきたそうで、まさに昔ながらの日本の暮らしの暦となる。

田植えや稲刈りの時期など農作業の目安になる農事歴でもあり、桃の節句や端午の節句などの五節句、節分、彼岸など雑節(ざっせつ)と呼ばれる季節の節目など、年中行事としてなじみ深くいまでも暮らしに溶け込んでいるものが多い。

本書では、四季、二十四節気、七十二候それぞれにちなんだ、旬の魚や野菜、果物、その時季ならではの暮らしの楽しみや行事のことが、あたたかな挿絵、文章、さらには気候にちなんだ名歌とともに記されている。

先にあげた「迎え火」は、季節は夏。二十四節気でいう「小暑」、七十二候では「蓮始華(はすはじめてひらく)」の気候の頁に記されている。新暦では7月12日~16日あたりとなり、梅雨が明け本格的に夏になる頃、蓮の花が咲き始め、夜明けとともに水面に花を咲かせる頃ということだ。

迎え火は、この時期の旬の行事として、きゅうりの牛や茄子の馬の挿絵とともに記され、同じ頁には、旬の魚介「かれい」、旬の野菜「とうもろこし」、旬の日「藪入り」等が紹介されている。

このような頁が七十二候におよんで続き、それぞれの気候を身近な日々の営み、行事のなかで、かつ現在の忙しない生活では忘れてしまっている気候の事柄とともに描かれており、頁をめくり眺めているだけで飽きない。

作者である詩人の白井明大さんはこう書いている。
「季節は初めから四季だったわけではありません。歴史をひもとけば、二十四節気も七十二候も、人が作り出した時間の目安であり、季節とは名前に過ぎないことに思い至ります。それでも、単に数字ばかりで月日を数えるのではなく、どんな風が吹きはじめ、どんな花が咲き、どんな鳥が鳴くころなのか、候の名前となって語りかけてくるような七十二候の暦には、人がこの世に生きている喜びが込められているかのようです。」

そう、季節とは人が意味づけ、その時々の自然の様子、人の営みを各時代の人々がつぶさに眺めながら、味わい、愉しみ、次の時代へと繋げていったものなのだ。
私たちは、いにしえの人が意味づけしてくれたものを、現代の生活のなかでもまた味わい、“四季”というものを感じ生きている。

「季節がめぐるということは、一年とは過ぎゆくばかりのものではない、ということです。くり返し、くり返し、春夏秋冬を重ねるなかで、私たちの時間はどこへも去らず、慣れ親しんだ一日一日として再会できるということです。」

本書の初版は東日本大震災の翌年2012年に出版。そして増補新装版は2020年2月。期せずして、このコロナ禍にあって、私のように、この本を手に取ることで、忘れていた“季節”を味わっている方も多いように思う。

この文章が掲載される8月半ばは、二十四節気では「立秋」。七十二候では「涼風至る りょうふういたる」となる。旧暦では、秋の気配のはじまりとされるが・・・猛暑、酷暑の続く昨今、まだまだ信じられない残暑が続いていることだろう。いまを生きながら、季節に暮らす。そんな日々。
これからも一日一日刻んでいきたい。

(保谷範子)

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