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ラジオのすゝめ

2021年08月10日

私は心に大きな不安を抱えた時、ラジオの力を借りることがあります。

子供の頃、ヤクルトスワローズファンの父と、車の中でショーアップナイターくらいしか聴いたことがなかった私が、初めてラジオに耳を傾けるようになったのは、東日本大震災の直後。

ほんの小さな明かりでも灯っていると気になって寝付けなかったのに、余震や原発の不安で暗闇が怖くなってしまいました。そこで、誰かがそばにいてくれるという安心感、時間帯を意識して優しく語りかけるパーソナリティの心地よい声を聴いていれば余計なことを考えずに眠りにつけるという誘眠剤的な効果を期待して、ラジオを聴くようになりました。

いつの間にかすんなり安眠できるようになり、ここ10年はラジオとも疎遠になっていたのですが、このコロナ禍の今、再び毎晩お世話になる日々に。地震の恐怖とは違いますが、自室の真っ暗な空間はネガティブ思考を引き寄せてしまい、自分が新型コロナウィルスに感染し、同居する両親にうつして命にかかわることがあったらどうしようなどと考え始めると、次々に良くないことばかり思い浮かべてしまって寝られないことが度々あったからです。

今も昔も私の安眠の助けとなっているラジオですが、10年前との大きな違いはスマホのアプリで聴けるようになったこと。そして、アプリの利点は受信音がクリアであること以上に、気軽にアーカイブを活用できることでした。

うっかり面白いとかえって寝られなくなってしまうため、内容は流しながら耳を傾けることが安眠の秘訣。今は「今夜の番組はちゃんと聞きたいな」と思えば、翌日の通勤中にアーカイブを聴くことができ、第2次ラジオブームにして初めて、コンテンツの質の高さと豊富さに驚いています。

ラジオ深夜便は学びの宝庫

安眠第一なので、私はCMが入らないNHKラジオを愛聴しています。ラジオ第一では365日毎日23時から翌朝5時まで「ラジオ深夜便」という番組が生放送されていて、バラエティー豊かなラインナップで飽きがこないのです。

私のラジオへのイメージというのは、リスナーの方からのお便りを紹介し、リクエスト曲を流すか、ラジオドラマや朗読くらいだったのですが、この「ラジオ深夜便」は、著名人の経験談から万葉集、経済学を読み解くヒントまで多種多様です。

例えば、大河ドラマでは衣装や小道具、所作だけではなく台詞、ト書きに至るまで細やかに時代考証をされている話を聞いて、作品の見方が変わりました。また、料理研究家の方からは、人間も冬は“半冬眠状態”であり、春になると活動量が増えて肝臓に負担がかかるので、肝臓を労わる食事を取るべきだという食養生を学び、これまでとは違った観点で献立のレパートリーを増やすこともできました。

世界中の様々な職種の外部リポーターによる現地リポートもあります。各地の風習や文化はもちろんですが、コロナ禍の状況をマスメディアとは違う視点で共有いただけることに大きな意味を感じました。

そして、こんなこともラジオでできるのかと驚いたのは、奈良国立博物館で開かれていた特別別展「聖徳太子と法隆寺」の貴重な展示品の解説をしてくれる番組でした。それは、リスナーは「聖徳太子と法隆寺」の公式Webサイトに掲載されている代表的な展示品を見ながら専門家の解説を聴く、という構成でした。声だけの一方的なコミュニケーションでありながら、実際の会場で聞いているような、空間を超えた一体感に感動すら覚えました。

文字情報とは違う魅力

月に1回程度ある、書評の番組も楽しみの1つです。(ちなみに、全く興味が沸かない書籍のときは誘眠効力が絶大で、一石二鳥の番組でもあります)

今はプロアマ問わず、数多くの方の書評がブログやSNSなどで目にすることができます(この「今月の1冊」もその中の1つですね)。その人の感性を通して、書籍を知ることの面白さは文字を読むことでも得られますが、ラジオは声色が表現の中心になることが魅力の1つです。

例えば、「とても引き込まれる内容でした」という一文。文字情報では、それが感心したからなのか、展開に驚いたのか、背景までは分かりません。しかしラジオでは、声色によってどのように引き込まれたのかをある程度把握することができます。また、複数冊の書籍をおすすめしているときは、ご本人が意識しているかどうかにかかわらず、どれがイチオシかも伝わってきます。

文字だけの書評と違って、ラジオだと表現が粗かったりシンプルになりがちで、練られてないことも正直あります。しかし、そのデメリットをカバーするだけの魅力があり、書評の聞き手を代表するパーソナリティの技量が試されるシーンでもあります。「あぁ、その点、もう少し具体的に聴きたいな」と思う私の気持ちを知っているかのような質問をしてくれたときは、さすがプロだと思わず唸ってしまいました。

ラジオで食わず嫌い解消

この書評を通して、素敵な出会いがありました。

朝吹 真理子著『だいちょうことばめぐり』です。

朝吹さんは大学院で近世歌舞伎を専攻し、修士論文は鶴屋南北をテーマとされた歌舞伎に精通している若い女性です。卒業後は小説家となり、芥川賞を受賞されました。本のタイトル『だいちょうことばめぐり』は歌舞伎の脚本のことを指す「台帳」を指していて、日本最初のタウン誌と言われる『銀座百点』で2年間連載した、歌舞伎に関連するエッセイをまとめた書籍であることを紹介されていました。  

『銀座百点』で2年も続いた連載がどんな内容なのかという好奇心と、大好きな歌舞伎というキーワードにも惹かれはしたものの、私自身エッセイが苦手で、そのジャンルに大きなハードルを感じていました。見ず知らずの他人の日常を切り取り、そこから筆者が感じたことの何が面白いのだろうかと思っていたのです。

この『だいちょうことばめぐり』も、エッセイであることで躊躇する気持ちがありましたが、紹介していたロバート・キャンベルさんの熱弁ぶり、イチオシぶりが、本屋に立ち寄った際に思い出すほど印象的で、大好きな歌舞伎ネタであればエッセイでも楽しめるのではないかと期待を込めて読んでみることにしました。

数分後、その期待は見事に裏切られました。

なんと、「歌舞伎の演目が一行出てくれば、あとはどんな内容でも構わない」という依頼だったようなのです。最初はこじつけかじゃないのかと思うくらい歌舞伎のことはほんの少ししか触れず、朝吹さんの家族や親しい人とのエピソードや昔の思い出を振り返る文章が続いていて、これは典型的な私の苦手とするパターンではないかと後悔しました。

しかし読み進めていくと、朝吹さんの風情のある言葉が私の頭の中で短編映画のように映像化され、その場面で朝吹さんの感じたことが、歌舞伎の演目と不思議にリンクする瞬間が何度もあるのです。

奥が深い…!こじつけなんて、本当に失礼だったと反省しました。後味もとてもよく、240ページをあっという間に読み終え、私のエッセイ食わず嫌いを克服してくれた『だいちょうことばめぐり』。ラジオを聴いてなければ手に取らなかった1冊です。

不安からはじまった私のラジオブーム。本当はもう、以前のようにすんなり安眠できるのかもしれませんが、今回はまだまだラジオとの付き合いが続きそうです。

(藤野あゆみ)

だいちょうことばめぐり
著:朝吹 真理子 、写真:花代; 出版社:河出書房新社; 

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