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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2021年12月14日

『サンタクロースっているんでしょうか?』

サンタクロースっているんでしょうか?
著:The New York Sun, 中村妙子訳、東逸子挿絵: 出版社:偕成社; 発売年月:1977年12月; 本体価格:800円

皆さん、どなたもがきっと、子どものころ一度は思い、大人に問いかけたことでしょう。
「サンタクロースっているんでしょうか?」

原題は、「Is There a Santa Claus?」。
米国ニューヨーク・サン新聞のもとに届いた、8歳の少女バージニアからの手紙と、これに答える記者からの返事。1897年9月21日付の社説に掲載され、大きな反響を呼びました。のち、クリスマスの季節が近づくたび毎年掲載されるようになり、米国中に、そして世界に広がりました。100年以上たったいまでも世界中で語り継がれています。

日本では1977年12月に絵本として出版されました。すぐに話題となり、たびたびメディアでも取り上げられてきました。2020年の第124刷で80万部を超えるロングセラーといいます。子どもはもちろん大人にも読まれて続けている絵本です。

私の手元にある一冊は1978年の第12刷。バージニアと同じ年ごろに、「サンタさんっているのかな?」 とつぶやいた私に、母が贈ってくれました。

記者さま、私は8つです。
私のともだちに、「サンタクロースなんていないんだ。」といっている子がいます。パパに聞いてみたら、「サン新聞に問い合わせてごらん。新聞社で、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」と言いました。
ですから、お願いです。教えてください。サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?
     バージニア=オハンロン

この手紙に、当時社説を担当していた記者フランシス・ファーセルス・チャーチが答えます。

「バージニア、お答えします。」「あなたのお友だちは間違っています。」
「うたぐりやは、目に見えるものしか信じません。うたぐりやは、心の狭い人たちです。心が狭いために、よくわからないことがたくさんあるのです。それなのに、自分のわからないことは、みんな嘘だと決めているのです。」
「この世の中に、愛や、人への思いやりや、まごころがあるのと同じように、サンタクロースもたしかにいるのです。」

これを読んで私は、とても嬉しくなりました。何かに抱きしめられたような、あたたかさを感じました。

目に見えないから、いない、ない、ということではないんだ。という価値観。
ほかの人がいないと言っても、私はいると思っていていいんだ。という肯定感。
この絵本との出会いなしにはいまの私はない、と言えるほどに、私にとって大切な一冊です。

Is there a Santa Claus?

私は二度目、この絵本に出会いました。原文の英文でした。
当時簡単ではなかったコピーをとってもらって、大切に絵本にはさみこんだことを覚えています。タイトルにLesson12とあり、脚注にはinfluenceやskepticismなど単語の発音が記載されているので、英語教材だったのでしょう。いつどう手にしたのかは忘れてしまいましたが、いまでも絵本とともに大切に持っています。

「Dear Editor:
I am 8 years old. Some my little friends say there is no Santa Claus. Papa says, “If you see it in The Sun, It’s so.” Please tell me the truth. Is there a Santa Claus?」

8歳の少女が自然に使っているこの”there is there are 構文”。
当時の私を変えてくれた、偉大なる“知”でした。

いまでは、身近に音や文字があふれ、小学生のころから親しみ始める英語ですが、私たち(おそらく多くの読者の方が)育ったころは、中学1年生の教科書で出会う、“This is a pen.””My name is Mari Yukawa.” で英語学習は始まりました。私はおおいに戸惑いました。この一教科だけが特別、難しかったわけでも苦手だったわけもありませんでした。ただ私は、IなのかWeなのか、It isなのかIt wasなのか、全てが主語から始まり、主語が決められなければ何も進まない、そんな英語の構造(思考)に違和感があって仕方がありませんでした。好きになれませんでした。

あなたはどう思うのか、あなたはどうなのかと、常に問われ続けられる息苦しさ。そこにたしかにある美しさや印象がうまく表現できない、もどかしさ。学び始めて数年たち、耳や頭では英語に慣れても、いつまでも心がついてきません。苦手意識とともに、抵抗感がつきまといました。

これを解決してくれたのが There is. There are構文でした。
“Is there a Santa Claus?” とバージニアは問います。“Does Santa Claus exist?” でもなく、”Do you believe in Santa Claus?” でもなく。

さらに、8歳の少女が会話や手紙に使うような、自然な日常表現でもあるのです。おしゃれで、素敵な武器をひとつ、私は手に入れた気持ちでした。それからはとても気に入って、英作文で好んでよく使いました。私の思考のつまづきを和らげてくれ、表現の可能性をぐっと広げてくれました。

そしてこれは、“学び”を、“学び=楽しい” に変えた、私のブレイクスルーでした。
新しいことを知る。それを使うことで表現できることが増える。
知る・覚える・わかるだけでなく、自分のものになってこそ、学びは楽しい。
この実感が持てたからこそ、仕事としても学びに携わる、いまの自分がある、とたしかに思います。

サンタクロースっているんでしょうか?

現在本書は第125刷(2021年10月改定版)です。今年のクリスマスも変わることなく、書店の絵本コーナーやお店のクリスマスプレゼントコーナーに並んでいます。この絵本がいまなお、多くの子どもたちに読まれ、親しまれていることを心から嬉しく思っています。

しかし現代の子どもたちは、これまでの私たちとは違う問いを新たにもっているかもしない、と気づきます。

なぜ新聞社に手紙を書くの?インターネットで調べれば簡単にわかるのに。
どうしてお父さんは答えてくれなかったの?バージニアはお父さんに質問したのに。

この社説が掲載されてから125年がたちます。
100年の間、たしかに語り継がれ、変わらず共感を得てきたと言えましょうが、最近の10年15年で、古い時代の話、理解しにくい話、にもしかしたら変わってしまったのではないでしょうか。そもそも紙の新聞を見たことがない、情報はすべてインターネットにあると思っている、そんな子どもたちも多いかもしれません。それらは致し方ないことです。そして、それら些細と思うほど、この文章・絵本には、いつまでも変わることのない、もっと大切なことがあると信じます。

お父さんはバージニアに、自分で答えるかわりに、答えを探すことを教えました。
フランシス記者は、答えが二者択一ではないことや、いつでも合理的に決まらないことを人々に訴えました。
バージニアは、目に見えない心や思いやりやサンタクロースを信じて、自分で考え続けました。

サンタクロースっているんでしょうか?いま、皆さんでしたら、どうお答えになるでしょうか?さいごに、絵本はこう締めくくられます。

「サンタクロースがいない、ですって!とんでもない!
うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。それどころか、いつまでも死なないでしょう。」

絵本はいまでも私の本棚に並んでいます。大きくなって絵本はすべてお下がりに出し、引っ越しや節目のたび持ち物を整理しましたが、この一冊だけは手元に残してきました。カバーは破れてなくなり、紙は古くなって黄ばんでいますが、いまでも鮮やかに私に微笑みかけてくれています。そしてこれからも、いつまでも、読み続け、大切にしたい一冊です。

原文はこちらで読むことができます。
https://www.newseum.org/exhibits/online/yes-virginia-there-is-a-santa-claus/

(湯川真理)

サンタクロースっているんでしょうか?
著:The New York Sun, 中村妙子訳、東逸子挿絵: 出版社:偕成社; 発売年月:1977年12月; 本体価格:800円
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