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阿刀田 高「小説とはなにか、いま改めて考える」

2022年09月13日

阿刀田 高
作家

小説って、なんだろう?
私は作家として、900編を超える小説を書き続けてきた。直木賞はじめとする選考委員も務めてきた。私はずっと小説におもしろさを求めてきたが、そのおもしろさは多種多様である。そもそも小説とは何だろうか?すこし考えてみたい。

小説とは(1)

 ―小説って、なんだろう―
 若いころに考え、確かな答をえられずそのまま小説家を生業として四十有余年を過ごしてしまった。今でも考え続けているが、いっこうに解答がえられず、

 ―私はこの仕事に向いていないのではあるまいかー
と疑うこともある。

 辞書を引くと、答はもちろん書いてある。定義が示され。坪内逍遥が novel の訳語として用いたのだとか。しかし、これをいくら調べても釈然としない。実作や批評のたしにならない。
 そこで……ずいぶん前から小説について言われる言葉を、格言のようなものをノートに留めてみた。作家や研究者、あるいはだれとはわからない人が述べた、うまい言葉である。これは役に立たないでもない。アト・ランダムに綴ってみよう。

 *おもしろい話を語るのが小説です。
 だれが言おうと真実だろう。世間にはおもしろくない小説もあるけれど(それにも一定の価値があるけれど)小説について考えるとき、この一行はけっして忘れてはなるまい。

 *小説はすべてミステリーだ。
 私の信条であり、松本清張もきっとこう考えていただろう。狭義のミステリーではなく、なにかしら謎が示され、謎が深まり、それが次第に解けて大団円に至る。これが、小説にとって望ましい構造であり、おもしろさにも通じている。恋愛小説だって、この言葉と無縁ではあるまい。この男女、どうなるのか、と。

 *小さな説です。
 読んで字の如し。逆に大説という言葉もあるらしいが、小説は大言壮語を述べるのではなく、身のまわりの小さなこと、「私、こんなつまらないこと考えているんです」と遠慮がちにさし出すべきもの、しかしその実、それが人間の真実であるようなもの、それが小説なのかもしれない。ゆえにフィクションもよし、トンデモナイ想像も許される。〝小さな説〟のわりには、
「小説家は偉そうな顔をしているじゃないか」
 まあ。まあ、まあ、それは言わないでおいてください。

小説とは(2)

 引き続いて小説についての格言を私のノートから引いて延べれば、

 *革命に資するものを知らせること、それが小説の役割だ。
 少し古いが、毛沢東の『文芸講話』などに見られる主張である。革命をやっている人がこれを言うのは理解できるが、これでは一般的な文学論にはなりにくい。昔、これを知ったときには全面否定だったが、昨今は革命を〝社会的大事業〟と考えれば、この格言も内容的に〝あり〟かなと思う。〝核兵器の廃絶に役立つ〟小説、〝地球温暖化に警鐘を鳴らす〟小説、大所高所からこれらをひたすら訴える作品もあってよいだろう。この格言は読み替える必要がありそうだ。

 *社会全体が是とするものに対して個々の真実を訴え叫ぶもの、それが文学だ。
 伊藤整のエッセイ『藝術は何のためにあるか』で(少し古いけれど)顕著に語られているが、たとえば結婚制度、社会全体がよしとするものだが、それに背いてでも貫きたい個としての情愛がある。これを否定したら人間否定になる。このあたりを吐露するのが文学であり、反社会的であることを恐れてはなるまい。漱石の『それから』をよしとしたのも、このロジックかな。

 *小説とは男と女のことを語るものです。
 山口瞳さんの言葉だったと思う。これとはちがう小説もたくさんあるけれど、やっぱり、〝男と女のこと〟こそが小説のもっとも得意とするところですね。

 *成長小説こそ小説の王道だ。
 ビルドゥングスロマンとも言う。若い主人公が登場し、いろいろな体験をへて成長していく。たとえばロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』など。確かにこれが王道でしょう。短編小説にもこのパターンがないでもない。

 *美しい、正しい文章を示すこと、それが文学の役目です。
 これも一つの真実。平凡なこと、月並なこと、なんであれ美しく、正しい文章の提示は大切だ。

 *恵まれない人への光。
 これも充分にあってよいパターン。
 いろいろな格言のあること自体が文学の多様性なのだろう。

究極の理想

 少しく〝小さな説〟を離れよう。
 昭和二十年の秋遅く、快晴だった。私は小学五年生、新潟県の長岡に住んでいた。学校の先生から、
「もう日本は戦争をしないんだ。軍隊も持たない。憲法で決めるらしい」
 と教えられた。

 長岡は空襲で市街の四分の三を失い、みんなが悲惨な、とげとげしい日々を送っていた。私は戦時中こそ軍国少年で、〝兵隊さんになって天皇陛下のために死ぬんだ〟と思っていたが、次第に、
 ―日本は勝つのかな。こんなひどい戦争やってていいのかな―
 疑いを抱いていたし、育った家庭が比較的進歩的だったから敗戦直後にはすでに、ぼんやりとであったろうが、平和な日本を願っていた。先生の言葉を聞いて胸のつかえが晴れ、そのときの清らかな青空が忘れられない。〝崇高な理想を深く自覚〟し〝諸国民の公正と信義に信頼して〟まる腰になることを知ったのはもう少し後だったろう。

「わるい奴に攻められたら、どうする」
 それを訴える仲間もいたし、私自身も考えた。そして結論は、
 ―その時は死ぬのだ―
 つい先日まで天皇のために死ぬ覚悟があったのだ。理想のために死んで、なにがわるかろう。青い空のイメージとともにこの思案はずっと私の中に残り続けている。まったくの話、赤紙一枚で召集され、なんのためかもはっきりせず犬死にしたケースは山ほど聞かされていた。高い志のため国際社会の蛮族に殺されても仕方ない。

 まともな大人の考えとして、平和憲法を守ること、それも命がけなのだ。ひどい侵略があれば無力である。国際協調は死にものぐるいでやっていかねばなるまい。が、憲法九条は人類が到達すべき究極の理想なのだ。軽々には損なえない。

 私は個人の倫理として、〝人を殺すくらいなら自分が死ぬ〟と(本当に実行できるかどうかはともかく)信じている。同意する人もいるだろう。同じことを国家の倫理として言うのは……政治家はむつかしかろう。しかし小説家は「まさかのときは平和を守って死ぬのです」と、これは個人的な〝小さな説〟だろうか。

座右の銘

 極論ではあろうが〝人は自分自身について語るとき、それはつねに自慢話である〟と私はこう放言する立場である。卑下したり失敗を語ったり、マイナス面を言うときも、これは裏返しの自慢であることが多い。
 かくてこの本書も……私自身の生きて来たくさぐさを綴った本書も自慢のオン・パレード、例外ではあるまい。屋上に屋を架す思いで、開き直り、もう1つ私のおいしい話を綴ってみよう。

 私の略歴を見た人から、
「初めから狙ってたんでしょ、小説家を」
 と言われたことがあった。
 私は大学の文学部で学び、図書館に勤務し、そこを退職してフリーとなり、間もなく直木賞をえている。大学は早稲田大学の文学部で、ここは「石を投げると小説家志望に当たる」と言われるほど憧れを抱く人が多く、事実、多くの作家を輩出している。
 卒業の後に勤めた図書館は給料をえて生活を保ちながら習作するに適している。頃あいを見て退職し、文学賞をえて作家となる、と確かに典型と言ってよいほどのコースを私は歩んでいる。

 しかし、ちがうのだ。私は、そのつどそのつど、
 ―どうしよう、仕方ないか―
 迷いもしたし、やむをえず行く道を決めたり、はっきりとした計画性とは縁遠かった。結果として幸運に恵まれ、帳尻が合ったようなものである。たくさん読書をしたのも病床のつれづれだったし、小説を書くことも注文を受けて初めて筆をとったのであり、若いころから志していたわけではなかった。小説家になる能力など、備わっていない、と思っていた。

 読書好きも幼いころ言葉遊びに親しんだせい、と、このエッセイに綴ったが、これもよくわからない。短編小説をよく読んだのも病床で根気がなくなったせいと記したが、これも一生を顧みると、そうとばかり言い切れない。少しヘンテコな脳みそを持って生まれたせいかもしれない。

 八十年を越える人生を振り返って〝シンプル・イズ・ザ・ベスト〟、簡単なものが好きなのである。食べ物はあまり手を加えず原材料をそのまま生かしたものが好みだ。衣服は単色が好きだし、住まいもシンプルで、飾り棚にいろいろ置くのは面倒くさくて厭である。読むのも書くのも短いのが好みで、それが持って生まれた私の脳みその特質らしい。
 
 それにしても人間の脳みそとは、どういうものなのだろう。どんな特徴を持ち、それをどう育てたらよいのだろうか。それには小説も役立つだろうと、やはり思うのである。

 

私が作家になった理由』の第5章を著者と出版社の許可を得て加筆掲載。無断転載を禁じます。

出版社:日経BPマーケティング出版 ; 発売年月:2019年1月; 本体価格:1,500円

阿刀田 高(あとうだ・たかし)
  • 作家
昭和10年(1935年)東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業後、11年間、国立国会図書館に勤務。その後軽妙なコラムニストとして活躍した後、短編小説を書き始め、昭和54年『来訪者』で日本推理作家協会賞、短編集『ナポレオン狂』で直木賞を、平成7年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。ユニークな短編の書き手として知られる。また、エッセイとして『知っていますか』シリーズ、小説『闇彦』、『知的創造の作法』、『私が作家になった理由』など多数。
2003年紫綬褒章、2009年旭日中綬章受章、2018年文化功労者顕彰。日本ペンクラブ第15代会長、1995年から2013年まで直木賞選考委員、2012年から2018年3月まで山梨県立図書館館長を務めた。
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