今月の1冊
2023年12月12日
前田 はるみ 著『トップも知らない星野リゾート 』
私にとって星野リゾートといえば “ちょっと高級な、憧れの宿泊先”。それと同時に、社長の星野佳路さんの顔もすぐ浮かぶ。メディア露出も多く、日曜朝の経済バラエティ「がっちりマンデー!!」の「スゴい社長特集」でよく拝見し、その社長然としていない、飄々とした出で立ちに勝手に親近感を感じ、スゴさを知りたい!と思うようになった。特に、リゾート施設の再生を多く手掛けるなかで、「星野リゾート」ブランドを確立し、ホスピタリティの面で支持を得ている要因に興味があった。
そんな星野代表が経営において大切にしているのが「フラットな組織文化」だという。どうやらここにヒントがありそう。では、フラットな組織とはどういうことなのだろう?“社員が勝手に動き出す”というサブタイトルに強烈に惹かれ、この本を手にとった。
本書では、星野リゾートの様々な施設で働く10人のスタッフのストーリーが紹介されている。
中でも印象的だったのが、北海道・トマムの「雲海テラス」の仕掛け人、鈴木さん。彼はマーケティング担当などではなく、スキー場でゴンドラやリフトの運営・保守を担当する「索道(さくどう)部門」のメンバーである。
オフシーズンの魅力を発掘したのは、裏方のメンバーだった
星野リゾートトマムの雲海テラスは、今や「雲海」とWEBで検索すれば日本の雲海おすすめランキングにもれなく入っている人気スポット。
しかし、以前はトマムのお目当てといえばスキーで、夏には観光の目玉がなく、オフシーズンだった。索道部門のメンバーにとっては、雲海は初夏から秋にかけて早朝に山頂で作業するときによく見る光景であったが、それが観光スポットになるなんて思いもよらなかった。
以前の運営会社の下では、トップダウンの意思決定で言われたことをやっていればよかった。しかしバブル崩壊後、経営破綻に追い込まれ、2004年に星野リゾートが運営を担当することになってから、仕事のやり方は180度変わったという。
星野代表はこう言った。
「トマムとしてどのような魅力を発信していくか、スタッフみんなで考えよう」
所属部門にかかわらず、全員で接客や顧客満足度の向上に取り組む。誰もが自由に意見を言い合い、上司が言ったことが絶対ではなく、ポジションに関係なく「説得力のある意見」が尊重される職場を目指そうと宣言したのだという。
しかし、オフシーズンはゴンドラのメンテナンスやペンキの塗り替え作業に勤しむ彼らにとって、顧客満足度を上げるというのはどこか他人事だった。
そんなある日、山頂での作業中、いつもの雲海を目にしたメンバーの一人が『お客さまにもこのすばらしい景色を見てほしいなあ』とつぶやいた。夏の魅力発掘ということが頭にあった索道部門のメンバーは、雲海を眺められる早朝カフェの企画を全体会議で提案することにした。そして企画が通ると、接客やサービスとは無縁だった自分たち自身で準備を重ね、カフェの運営を始めた。
当初、鈴木さんは雲海テラスには反対だったという。山のふもとからは曇り空にしか見えない山頂にわざわざお客さまが来てくれるのか。仕事が増え、本来の業務がおろそかにならないだろうか。朝4時から勤務する生活を続けられるはずがない…。
ところが、雲海テラスの運営に関わっていくうちに、自分がその仕事を楽しみ始めていることに気が付いたという。雲海を見て喜ぶ人たちを目の当たりにすることで、仕事への張り合いが生まれたのだ。
そして、『魅力やサービスは一度つくって終わりではない。常に進化が必要だ』という星野代表の言葉に応えるように、索道部門のメンバーはサービス内容を広げていった。雲の形をした展望スポットや、雲粒をイメージしたクッションで寛ぎながら雲海を眺められるスペースなど、映える写真が撮れるスポットも満載に。
鈴木さんは、雲海の出現率を予想する「雲海予報」を編み出し、今では「雲海仙人」と呼ばれているという。
雲海テラスWEBサイト▼
https://www.snowtomamu.jp/summer/unkai/画面上で見ているだけでも絶景に癒されます。
星野リゾートには、「全員がサービスクリエイター」という考え方がある。ホテルや旅館の運営に関わるスタッフは、ホテルや旅館のサービスを提供するだけではなく、提供に至る企画まで行なうマーケティングチームになることをコンセプトにしている。スタッフ一人ひとりが地域の魅力を掘り起こして発信し、顧客の満足を高めていくクリエイターなのである。
「フラットな組織」は仕組みでつくれる
鈴木さんたちをサービスクリエイターたらしめたのは、誰もが自由に意見を言い合える、フラットな環境である。では、どうしたらフラットな環境をつくれるのだろうか?
ここで一番重要なのは、「社内の情報共有」であるという。
星野リゾートでは、社員全員が、自分たちの施設の売上や顧客満足度など業績に関する情報にアクセスすることができる仕組みになっている。星野代表はこう言う。
「上司が部下よりも正しい判断ができるとするなら、それは正しく判断するために必要な情報を持っているからです。それぞれが持つ情報に差があると、正しい議論ができません。上層部が経営判断に使うのと同じ情報をタイムリーに現場と共有して初めて、現場は正しく考え、議論し、判断することができる。こうした環境を整えることが、現場スタッフが自分の仕事に責任をもって取り組むためには必要です」
鈴木さんたちも、全体会議でトマムのリゾート全体の状況や情報が共有されることで、リゾート全体の動きがわかり、部署同士の相互関係も意識し始め、全体の効率化にもコミットするようになったという。
私がこのエピソードに最も感銘を受けたのは、私自身が以前正社員として働いていたサービス業の職場で、指示通りのことのみをこなすアルバイトさんや、ベテランの職人気質な専門職スタッフなどさまざまなメンバーがいる中、チームとして皆に同じ方向に向かって動いてもらうことの難しさを体感し、日々試行錯誤していたからだ。
この経験から、“元々ホスピタリティに溢れる人”ではなく、 “職人気質の裏方の人”がサービスクリエイターとして活躍しているということに驚いたのである。
ましてや、再生案件が多く、違う組織出身のメンバーと一緒に働くことも多い星野リゾートでは、私が経験したよりももっと難しい環境であるはずなのに、スタッフが自律的に動き、お客様のために一丸となり、イキイキと楽しく働いていることは本当にスゴいことだと思う。
それはひとえに、リーダーの力量のみに頼るのではなく、社内への徹底した情報共有や、一人が複数業務を担当する「マルチタスク」を始めとした“仕組みづくり”が功を奏していることがわかった。
本書では、コラムとしてさらに3つの仕掛けが紹介されており、興味深い。
1:魅力会議
各施設が現場主導で部門や世代を超えて希望者を募り、季節ごとにどんな魅力を発信していきたいかを議論する。
2:立候補制・プレゼン
管理職に就くには立候補が基本。入社2年目~ベテラン社員まで誰でもエントリーでき、立候補プレゼンを行う。それを立候補先のスタッフたちが評価する。
3:麓村塾(ろくそんじゅく):学びたい人が自分の時間を投資して受講する、いわば社内ビジネススクール。学んだことは仕事で実践でき、仕事で実践できたことは評価に結び付く。
星野リゾートの競争力の源泉は、スタッフ一人ひとりの情熱とエネルギー
ポジションに関係なく、自由に議論できる環境を整え、仕事の楽しさを引き出すことで、スタッフは自ら考え、動くようになる。こうして生まれた自律型人材こそが星野リゾートの競争力であり、多くの人々に支持されている要因だとわかった。
こうしたフラットな組織文化は、いいモノをつくれば売れる時代は終わり「人的資本」が注目されている今、サービス業のみならず、様々な業界で示唆に富むのではないだろうか。
星野リゾートには、非日常感を味わえる「星のや」、温泉旅館の「界」、リゾートホテルの「リゾナーレ」、街ナカホテルの「OMO」などのブランドがあり、現地のスタッフたちが地域それぞれの魅力を最大化し、発信している。本書の10のストーリーを通して、「星野リゾート」と一括りにせず、各地の施設に足を運んでみたくなった。
この本のタイトルは「トップも知らない星野リゾート」であり、確かにトップが知らないところで数々の物語が生まれているのだが、それを仕掛けているのは他でもない「トップ」である。「がっちりマンデー!!」のフレコミ通り、スゴい社長であることを感じてしまう一冊でもあった。
(竹内菜緒)
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