夕学レポート
2011年09月13日
紗幸「日本初の西洋人芸者が見た花柳界」
紗幸 浅草芸者 >>講師紹介
講演日時:2011年5月20日(金) PM6:30-PM8:30
外国人観光客に「日本で見たいもの」を問えば、多くの人が「ゲイシャ」を挙げます。しかし本物の芸者や、彼女たちの芸を見たことがある人は、日本人ですら少ないと思います。それは、日本文化の美の要素が凝縮された世界を、私たちがそのすぐ近くで見逃しているということに他なりません。
オーストラリア人の紗幸さんが交換留学生として日本を訪れたのは15歳の時。そのまま慶應義塾大学に進学して心理学を学び、日本企業で二年間働いたのち、オックスフォード大学で経営学と社会人類学を修めました。当時は日本的経営が世界的にもてはやされている時代でしたが、あえてその欠点も含めて「日本的経営」をテーマに論文を書き、博士号を取得されました。
その後、TVプロデューサーとして、対象の世界に入り込んで撮るスタイルの番組制作を手掛けます。その企画の一つとして芸者のドキュメンタリーを撮った時のこと。不機嫌な客が大勢待つお座敷に、芸者は登場してものの5分でその場の雰囲気をがらりとかえてしまいます。愉しそうに笑う客を眺めながら、それまで彼女たちの芸の「形」だけを追っていた紗幸さんは、芸者が何をする人なのか初めてわかったと言います。
そして紗幸さん自身、本物の芸者になることを目指して、浅草で修業を始めます。最初は半玉(見習い)として置屋に通う娘も、三年も経つと芸者らしい雰囲気を醸し出し、美しくなってきます。それを目指して紗幸さんも芸に励み、一年間の修業を経てようやく「お披露目」をしたのが3年半前のことです。
しかしそのニュースを見聞きした日本人は殆どいないはずです。「初の西洋人芸者誕生」というストーリーに、日本のメディアは全然興味を示さなかったのです。最初に取材記事が載ったのはイギリスの新聞。それを見た母国オーストラリアからも取材が殺到。そして外国紙の記事を紹介する日本の雑誌で取り上げられてから、ようやく日本人が取材に来たそうです。
世界との意識のズレはメディアだけではありません。花柳界自体が、芸者に興味を持っている海外のメディアや観光客と、積極的につながろうとはしていません。そんな中で紗幸さんは、多言語WEBでの予約受付や料金明示など、お客さんを取るための独自の工夫を展開しています。
花柳界の対外的姿勢に変革を促しつつも、コンテンツである芸そのものについては、紗幸さんは伝統を保持していくことの大切さを訴えます。自らも芸者社会の一員として、厳しい上下関係と序列を守り、芸と礼儀作法に関する先輩の叱責を浴びながら、伝統の継承者として日々精進を重ねています。
歌舞伎のコンテンツは200年前から変わっていません。しかしイヤホンガイドや一幕見席など、外国人や初心者が気軽に楽しめる工夫のおかげで、ハイカルチャーとしての今の隆盛があります。ビジネスを続けるために大事なのは、コンテンツを変えないこと。そして同時に社会とのつながりかたを革新していくことです。芸者文化がハイカルチャーとして生き残れるかどうか、花柳界400年の歴史の中で今が分かれ目と紗幸さんは見ています。
紗幸さんは現在、母校の慶應義塾大学で日本文化講座の講師も務めています。この講座の最終回では、実際に料亭でお座敷を体験します。建築、美術、工芸、書画、生け花、着物、邦楽、舞踊、そして四季の移り変わり。お座敷には、日本の美の要素が凝縮されています。美の体現者である芸者に導かれながら、日本文化のすべてを五感で味わえるのがお座敷なのです。
そんなお座敷に、日本人ももっと来てほしいというのが紗幸さんの切なる願いです。「自国の文化を学ばずに、外国の文化ばかり見ている国はありません。」お座敷はもちろん、邦楽や歌舞伎を見に行くこともなく、芸術鑑賞と言えばミュージカルやコンサートが主流の日本の学校教育を念頭に、紗幸さんは私たち日本人に気づきを促します。
華やかな芸は、長く厳しい修練の賜物です。楽しくなければ続けられない、と紗幸さんは言います。日本文化の一番美しいところを残している花柳界。その内部と外部を自在に行き来しながら、伝統の継承者としてこの場に立ち会っていることの面白さが、紗幸さんの情熱の原動力となっているようです。この時代に、美しい生き方を追求し、生き甲斐を持って自分を磨いていける職業についたことは、芸者になった最大の喜びであるとも表現されました。
講演の締めくくりは「付け帯」の紹介でした。実は芸者の帯は多くが付け帯です。今、自分で着物が着られる日本女性は約5%。でも付け帯があれば誰でも2分で着物が着られるようになります。街を歩く日本女性の2割が着物になれば、外国人の目に映る日本の姿も、より美しく変わることでしょう。
観察者であり実践者、継承者であり変革者。そんな紗幸さんの変幻自在な所作が、これからの花柳界を、そして日本を優美に変えて行くことと思います。ただ、その様を眺めているだけでは野暮というもの。ともに唄い、舞うことこそ、これからの「いき」な日本人の振る舞いでありましょう。
(白澤健志)
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