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夕学レポート

2011年10月11日

佐野 元春「共感伝達としての「音楽」と「言葉」」

佐野 元春 ミュージシャン >>講師紹介
講演日時:2011年5月27日(金) PM6:30-PM8:30

佐野元春氏は、昨年(2010年)にデビュー30周年を迎えました。今もミュージックシーンの第一線で活躍されると同時に、母校、立教大学の文学部客員講師として、詩作に関する講義を数年前から担当されています。佐野氏が大学で教えていて常々感じていたことは、大学では、様々な優れた教育が提供されているのに、あまり外に開かれていないという点でした。この思いが、NHK教育テレビで2009年から放送されている「佐野元春のザ・ソングライターズ」という番組の実現につながったのだそうです。
公開講座という位置づけの「佐野元春のザ・ソングライターズ」は、立教大学の教室に日本のソングライターたちを呼び、佐野氏と音楽談義をする番組です。メインテーマは、今回の講義のタイトルにもある、「音楽」と「言葉」との関係です。


佐野氏は、今の学生たちは、以前にも増して言葉に対する関心が高いと感じているそうです。
言葉以上に、膨大な映像・画像情報に触れているはずの学生、つまり若い人たちの言葉に対する関心がなぜ高いのか。佐野氏は、今の若い人たちは動画などの情報に常にさらされているからこそ、目に飛び込んでくる映像・画像の真実性といったものに疑問を感じることもある。その結果、言葉で表されることに対する関心が強くなっているのではないかと考えているそうです。
さて、現代は、いわゆる「詩」が以前ほどの力を失っていると言われています。しかし、60年代後半から登場した、自ら詩と曲を書き唄うシンガーソングライターたちは、「現代の詩人」と言えるのではないかと、佐野氏は考えています。シンガーソングライターたちの書く詩は、多くの人々の心に深く届いており、佐野氏曰く、ポップソングは、「時代の表現」「時代を超えたポエトリー」であり、文学や演劇と並ぶ一級の表現形式なのです。
では、「詩」とは何でしょうか。佐野氏は、何人かの著名な詩人の言葉を引用しました。
“詩は一種のエネルギーだ。詩作とは、エネルギーを放出するようなものである”(高村光太郎)
“現実は本来つまらないもの。偉大なつまらなさに気付いてもらうものが詩である”(西脇順三郎)
佐野氏が特に好きなのは、英国の詩人、ウィスタン・オーデンの次の言葉だそうです。
“詩を書きたいという衝動は、彼(詩人)の想像力が聖なるものと遭遇するところに起こる”(オーデン)
佐野氏によれば、詩を書きたいという衝動とは「インスピレーションが湧いている」状態です。「霊感」や「ひらめき」ともいえます。それは、「聖なるもの」と出会った時に生じる。聖なるものとは、「人生の真実や美」だと、佐野氏は考えています。すなわち、詩人が、「人生の真実や美」に触れたとき、詩が生まれるのです。ですから、佐野氏によれば、詩作を解く鍵は、「聖なるもの」にあるのです。
それでは、ソングライティングは、何の役に立つのでしょうか?
まずは、本人にとって癒しになります。複雑さを増す現代、私たちは常に感情を乱されがちです。そんな時、言葉として書き出すことで、自分が感じていること、考えていることを確認することができる。これは、自分を知る作業だともいえます。
また、ソングライティングは、自分の経験などを元に想像力を拡げていくものですが、自分の悲しみや悔しさなど、個人的な動機から書いたものが、誰か他の人を激しく感動させることがあります。佐野氏は、これは自分の書いた詩が、始めからそのような力を持っていたのではないと強調します。その歌を聴いた人が、詩に共感してくれたからこそ、それらの言葉に力が宿ったのです。つまり、詩とは自己完結しているものではなく、共有されるものである。ソングライティングとは、共感を求める作業であるというのが、佐野氏の考えです。
佐野氏によれば、詩は、次の3要素で成り立っており、切り離せないものだそうです。
・音   ・映像   ・意味
この3つの要素が響きあい、豊かな意味を作り出すのです。優れた詩は、3つの要素が絶妙なバランスで成立し、音が聞こえ、映像が浮かび、意味が見えてくるのだそうです。
優れた詩の条件として、例えば、「自己憐憫ではないこと」が大事です。自分自身の悲しみや苦しみをなぐさめることに止まるのではなく、それを「他者への優しいまなざし」に変える。「私の歌」から、「私たちの歌」へと広げることが必要なのです。
そして、「普遍性があること」。時代、国、年代を超えて、読んだ人が詩に価値を見出してくれるかどうかも優れた詩の条件です。この意味で、普遍性は、作るのではなく、発見されるものだと佐野氏は言います。
また、音楽と言葉とのつなぎめのない連続性も大切です。何を歌っているかわからない時、それは、音楽と言葉の関係がうまくいっていないということなのです。
さらに、「共感を集めることに自覚的であるか」という点も重要です。これは、なぜ詩を書くかという根源的な問いにもつながるものです。
佐野氏にとって、ソングライティングは、世界を友とするための道具です。そして、できれば、世界をより良く変革するための武器であってほしい、そう佐野氏は願っています。佐野氏は、世界を変えるためにどうすればいいかを考えて詩を書くのです。そして、ビートとメロディを加えて立体的な表現にしていく。その目的は、「僕に似た誰かとある思いを共有すること」。すなわち、そこに共感伝達としての、音楽と言葉があるのです。
ソングライティングには無限の可能性がある、と佐野氏は強調します。その全ての源は想像力にあります。この想像力を有効に使うためには勇気が必要です。想像力は、唯一、個人に与えられた強力な武器であり、他人に阻害されたり、介在させない勇気を持たなければなりません。
私たちは想像力をもっと発揮して、言葉を使って自由に表現し、その先に広がる景色を楽しめばいい。「夢を見る力」をもっと持とう、というメッセージが伝わってきた2時間でした。

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