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夕学レポート

2012年01月17日

佐藤 綾子「ビジネスパーソンのためのパフォーマンス学」

佐藤 綾子
日本大学芸術学部教授、国際パフォーマンス研究所代表
講演日時:2011年7月5日(火)

佐藤 綾子

「パフォーマンス学」とは、佐藤綾子氏が日本で初めて体系化した学問です。パフォーマンスとは、「日常生活における個の善性表現」、つまり「個々人の善いところを適切に表現する」と定義しています。適切に表現するためには、自己を表現する技術をトレーニングで身につける必要があります。なぜなら、佐藤氏は、「表現されない実力は無いも同じである」と考えているからです。 佐藤氏は大領領の就任演説など、実際の自己表現の場面を研究対象として取り上げ、膨大な時間を投じてデータ化し、分析を行っています。そして、データによるエビデンス(検証結果)に基づいた理論を構築しているのです。

優れた自己表現能力を発揮している具体例として、佐藤氏はまずオバマ大領領をあげました。彼は、コリン・パウエル氏をもって「He has both style and substance.」(彼は、「表現」と「実体」の両方を兼ね備えている)と言わしめたほど、高いパフォーマンス能力があります。実際、大統領選においては、さまざまな効果の高いパフォーマンスが用いられました。

例えば、「Yes, We can!」というスローガン。「サウンドバイト」と呼ばれ、覚えやすく、力強く、ポジティブなこの表現は、オバマ氏の演説で繰り返し叫ばれ、米国有権者の気分を高揚させる一助となりました。また、彼の演説には、「We」「us」(私たち)といった言葉が、I(私)よりも大変多く用いられています。これは、「巻き込み話法」と呼ばれています。「I(私)がやる」のではなく、「We(私たち)がやる」と表現することによって、一緒になって課題や問題に取り組むという共有感覚を与えることができます。

ひるがえって、日本の某首相のスピーチを分析したところ、「私たち」という表現は一回も登場せず、「私」ばかりが使われていたとのこと。表現能力の彼我の差が実感されます。

さらに、オバマ大統領の優れた点は、「非言語力」にあります。ひとつは、「アイコンタクト」です。彼は、しっかりと前を見据えて語ります。就任演説を分析したところでは、1分あたり31秒もの間、聴衆に目を向けていたそうです。視線がぶれないことで、言葉が相手にしっかりと伝わります。残念ながら、日本の政治家は話すとき視線がぶれる(unfocused -アンフォーカス)ことが多いのです。

非言語力のもうひとつは、顔の表情をつくる「表情筋」の動きがとても大きいことです。表情の変化が大きいほど、聴き手に強く印象づけることができます。
それでは、日本の政治家で、自己表現能力の優れた人は誰でしょうか。佐藤氏は小泉純一郎氏を挙げました。彼もまた、非言語力が高く、ある年の所信演説においては、アイコンタクトが1分あたり48秒にも達していたのです。小泉氏は、短く明快な言葉を多用することで知られていますが、以下の所信演説の言葉では、「連辞」という技術が使われています。

「痛みを恐れず、既得権益の壁にひるまず、過去の経験にとらわれず、恐れず、ひるまず、とらわれず、の姿勢を貫き、21世紀にふさわしい経済社会システムを確立したい」

恐れず、ひるまず、とらわれずという「連辞」はその調子のよさもあって、人々の心を捉え、記憶にも残りやすいのです。小泉氏が歴代の首相の中でもとりわけ高い人気を誇ったのは、その自己表現能力の高さにあるようです。

また、聴き手の心を捉える方法として、佐藤氏は「ブリッジング」という技術を紹介してくれました。これは、聴き手がどんな人々なのかを理解していることを伝え、聴き手と自分の間を橋渡しするような話をすることです。佐藤氏自身、本講演の冒頭で、「日本で一番学生数の多い日本大学から、日本で一番エリートの多い慶應大学に(話に)来ました」(注:佐藤氏は日本大学教授、夕学五十講は、慶應学術事業会の主催)と語りかけることで、意識的に、「ブリッジング」を行なっていました。

佐藤氏は、自己表現能力の中でも、とりわけ「良い表情」が重要であることを指摘します。顔の表情で一瞬の好感が決まるのです。実際、佐藤氏の研究によれば、人の感情はわずか2秒で読み取ることができるのです。佐藤氏によれば、良い表情には2つのメリットがあります。ひとつは、「相手に好かれる」ということ。心理学では、「対他効果」と呼びます。もうひとつは、「自分が楽しくなる」ことであり、これは「対自効果」です。佐藤氏は、アランの幸福論の一節を引用してくれました。

「人は楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ!」

気分が滅入っているときでも、良い表情を意識的につくると、なぜか気分が楽しくなってくる。これは、「顔面フィードバック効果」と呼ばれているそうです。佐藤氏によれば、良い表情づくりも練習によって習得することができます。

文化人類学者のエドワード・ホールは、日本は「高コンテキスト文化」だと指摘しています。日本人同士は、ほぼ同じ言語、文化、価値観を共有しているので、あいまいな言葉でも、阿吽(あうん)の呼吸で伝わります。つまり、コンテキスト(文脈)が高い水準で共有されているのです。

一方、諸外国は、様々な異なる言語、宗教、価値観などを持つ人々が混じりあっている国がほとんどです。すなわち、文脈がほとんど共有されていない「低コンテキスト文化」であるため、あいまいな言葉は伝わりません。明快な言葉で、自分の考えを強く主張しなければなりません。

そもそも、日本人はシャイ(恥ずかしがり)なところがあります。しかも、高コンテキスト文化という背景もあるため、国際会議などでの存在感が低いことが指摘されてきました。シャイネスは謙虚さから発しているところもあり、美徳とされる面もあったのですが、グローバル化が進む現代においては、克服すべき課題となりました。あるいは、普段はシャイでもいいけれど、国際会議などでは、堂々と主張できなければ、グローバル競争での生き残りが難しくなっています。ですから、場面に応じた自己表現能力の必要性に対する認識が高まっていると、佐藤氏は強調します。

佐藤氏が学問として体系化されたパフォーマンス学は、自己表現をサイエンスとして扱っています。つまり、細かい技術に分解し、繰り返し練習することで、その能力を高めていくことができるのです。パフォーマンス学は、これからのビジネスパーソンにとって極めて重要な学問のひとつとなることを強く認識させられた講演でした。

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