KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2012年04月10日

前刀 禎明「五感を活かすセルフ・イノベーション」

前刀 禎明
(株)リアルディア代表取締役社長、元アップルコンピュータ(株)代表取締役
講演日時:2011年10月20日(木)

前刀 禎明

前刀氏は、2004年に米国Apple社のバイス・プレジデントに就任、日本のアップルコンピュータ株式会社(現アップル・ジャパン株式会社)の代表取締役も兼務し、携帯音楽プレーヤー「iPod mini」の大ヒットを主導しました。前刀氏は、2011年10月5日に亡くなられたApple 元CEO スティーブ・ジョブズ氏との思い出を語りつつ、当時、どのようにiPod miniのマーケティングを展開し、デジタルミュージック革命を起こしたかを語ってくれました。

前刀氏がアップルに入社した当時、iPodはほとんど売れてなく、2003年11月に銀座にオープンしたアップルストアの業績も厳しい状況にあったそうです。日本でのiPod不振の大きな理由のひとつに、圧倒的に普及していたMDプレーヤーの存在がありました。そこで、前刀氏は、「Goodbye MD」というキャッチコピーを掲げ、5色のバリエーションがあり、感性に訴える優れたデザインが特徴のiPod miniを、単なる携帯音楽プレーヤーとしてではなく、おしゃれなファッションアイテムという見せ方で売り出したのです。この仕掛けは大成功し、iPod miniの発売日には、銀座のアップルストアに同製品を買い求める人々の行列が朝から夕方まで続いたほどでした。

さて、前刀氏の今回の講演の本題については、3つの切り口でお話くださいました。すなわち、「感じる力」、「創る力」、「動かす力」です。

まず、3つめの「動かす力」です。これは端的には、本質的な次元で人を動かすにはどうすればいいのかということ。前刀氏は、スティーブ・ジョブズ氏の卓越したプレゼンテーションを例に挙げて説明してくれました。

彼のプレゼンテーションは、イマジネーション(想像)をかきたてるような内容を情緒的なアプローチで語るものです。すなわち、エモーショナルな訴求力が非常に強く、聴衆を熱狂させることができます。これと対極にあるのが、リアリティ(現実)を直視するような内容を論理的アプローチで語るもの。これは、コンサルタントが得意とするプレゼンテーションであり、論理的訴求力が強い方法です。前刀氏は、どちらが優れているというわけではないとしながらも、ジョブズ氏のスタイルのほうが「創造的なプレゼンテーション」であり、人の感情を揺さぶり、共感を得ることを通じて、人を動かす力があると考えているようです。ちなみに、ジョブズ氏は、マックワールドなどでの新製品発表が予定されていると、2カ月も前から基調講演の準備に集中し、完璧なプレゼンテーションを行なうために細部までこだわり、訴求力を高めていたそうです。

2つめは「創る力」です。ジョブズ氏は、「人は、何が欲しいかなんて、それ(実物)を見せられるまでわからない」と言っていたそうです。特に技術革新のスピードが速い、パソコンやオーディオ・ビジュアル製品などでは、「今のニーズが何か」を消費者に聞いても間に合いません。というのも、今のニーズを反映した製品が実際に発売されるまでには、たとえば3年という開発期間が必要だからです。したがって、商品企画者自身が自分の感性を信じ、「未来のコンシューマー」として自分が欲しいものを製品化するしかないのです。

こうした製品開発方法は、元々ソニーも得意としていたことでした。しかし、他の日本企業でも起きていることですが、革新的な商品は、なかなか社内の合意を得ることができず、予定していた発売日が近づいたからという理由で、仕方なく、魅力の乏しい無難な仕様で出すという「妥協の産物」になってしまっていることが多いと、前刀氏は指摘していました。

しかし、ジョブズ氏は、社内の技術者に対して「君たちは、技術と文化を融合させるアーティストである」と称え、製品の裏側など、目に見えないところまでこだわり、どこから見ても破綻のない優れたデザインを持つ製品を目指しました。「神は細部に宿る」という言葉があるように、だからこそ、徹底的にこだわり抜かれたアップル製品は魅力的で使いやすく、多くの利用者の支持を得ているのだと前刀氏は主張しました。

そして1つめが「感じる力」です。ロジカルシンキング、つまり論理思考も重要だけれども、同時に、自分の心で感じること、直観・直感を大切すること、想像力を働かせ、創造的な思考をすることの意義を前刀氏は説きます。そして、感じる力を高めるためには、日常生活の中で、感覚を研ぎ澄ませ、好奇心を膨らませてものごとを様々な角度から見ることを奨めます。例えば、空を見上げ、雲の形を見てどんな動物やモノに見えるかを想像してみる、こんなことで頭は柔らかくなるのだそうです。前刀氏は、「イマジネーション・バリュー」という言葉を示し、人々が想像し、エモーショナルに訴えかけられることには大きな価値があると指摘しました。

感じる力を伸ばすには、私たちの五感を磨くことが必要です。前刀氏が代表取締役を務めるリアルディアでは、味覚を始めとする五感を高める感性・創造性教育を展開しています。企業、個人向けのワークショップのほか、子供や親子向けのプログラムもあり、子供の時から五感を磨くことにより、日本にジョブズ氏のような天才、新たな価値を創造する人を生み出したいと夢を語ってくれました。

前刀氏は、大学院修士課程修了後、ソニー、ベイン・アンド・カンパニー、ウォルト・ディズニー、AOLジャパン、ライブドアの創業、冒頭に紹介したアップルコンピュータ、そして現在のリアルディアまで、多様な企業・業界を経験されてきていますが、常に一貫していたことは、「明日の自分には無限の可能性がある」と信じて、自らに高い目標を課し、継続的にセルフ・イノベーション(自己革新)し、チャレンジしてきたことだそうです。これからのますますの活躍が楽しみです。

メルマガ
登録

メルマガ
登録