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内田 樹「混沌に立ち向かうということ」

2012年10月09日

内田 樹
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
講演日時:2012年4月17日(火)

内田 樹

内田樹氏は、専門は「フランス現代思想」ですが、政治、経済、社会、文化を含む多方面の分野について、ブログや著作を通じ、ご自身の考えを積極的に展開されています。今回は、演題の「混沌に立ち向かうということ」について考えるヒントとなるお話をしてくださいました。
内田氏は、私たちはこれまで、この世界は、漸進的ながらも進歩している、多少遠回りすることがあったとしても、大筋としては正しい方向に向かっているという考え-「進化史観」を持っていたと指摘します。実際、私たちの生活自体は過去に比べて豊かになったのは確かです。しかし、近年の世界の混沌とした状態は、「進化史観」が通用しなくなりつつあることを感じさせられます。

内田氏は、「歴史の迷走性」という言葉を用いられました。例えば、中東などの独裁者が倒されたとしても、その後に平和な、より良い社会が形成されることは、現実には困難で、常に予断を許さない展開があります。
このような先の読めない状況において、内田氏は、知識や情報に頼りすぎることなく、むしろ「身体的違和感」を大切にすることを勧めます。例えば、マスコミの報道を見たり聞いたりしたとき、「なんかおかしい」「どうもだまされているような気がする」といった、体の内面から湧いてくる漠然とした違和感を元に考えを深めてみることを内田氏自身は実践しています。

内田氏は、シャーロック・ホームズの、「なぜあの晩、犬は鳴かなかったのか」という有名なセリフを引用しました。ホームズは「何かが起きたこと」ではなく、「何かが起きなかったこと」に着目して推理を組み立てることを得意としていました。同様に、私たちが得ることのできる情報を鵜呑みにせず、「Aという情報があるのに、なぜBについての情報や報道がないのか」「Cに関する説明や分析がないのはなぜなのか」といった視点から、情報を深読みすることを行なっているそうです。

実際、ある種の情報が十分に明らかにされていないことがわかる例として、内田氏は、日本における米軍基地問題を取り上げました。
内田氏が、海外特派員協会にて講演を依頼された際、外国人記者の方から、「なぜ、日本では米軍基地への反対運動がそれほど大きくないのか?」と訊ねられたそうです。というのも、例えば、お隣の韓国ではかなり強硬な反基地運動が繰り広げられているからです。しかし、日本で韓国の米軍基地を取り巻くニュースがマスコミで取り上げられることはありません。フィリピンの米軍基地として知られたクラーク空軍基地、スービック海軍基地が、フィリピン政府の強い要請によって既にフィリピンに返還されていることを知る日本人も非常に少ないでしょう。このように、情報源をマスコミだけに頼ってしまうと、大きな視野で物事を考えることができない可能性を内田氏は危惧しているのです。

日本で反基地運動が大きくならないでいるのはなぜか。その理由には、わが国の軍事(国防)は、第二次世界大戦以降、米国の安全保障体制-Pax Americana-に全面的に依存してきたという歴史的背景があります。このため、日本の政治家のほとんどは、軍事(国防)についてあまり強い関心を持っていません。何かあれば、米国におうかがいを立て、指示を待つという姿勢が染み付いてしまっているからです。内閣総理大臣が、自衛隊の最高指揮監督権を有していることを自覚していなかった首相もいるほどです。昨年の東日本大震災によって起きた福島の原発事故に対して、政府当局の動きが鈍かったことについても、やはり米国から何らかの指示を待っていた可能性があるのでは・・・と内田氏は感じています。原子力もまた、軍事に関わる事項であるからです。

そもそも外交全般において、米国の頭越しに交渉することは、過去、日中国交樹立など、米国からの強い反発を招いた経緯もあるため、おいそれとは行なえない状況が続いてきています。
このような、日本の軍事・外交における一種の「思考停止」状態について、内田氏は警鐘を鳴らしています。なぜなら、米国が世界に広げた「安全保障」は、いまや縮小傾向にあるからです。加えて、米国における日本の重要性は低下していることは明らかです。つまり、もはや米国は日本を全面的に支援することはできない。自分たちでなんとかしてくれ、という姿勢が強まりつつある。従来のように、米国の指示を待つのではなく、日本が自ら考え、行動することが求められています。

だから、内田氏は、これからの日本に必要なことは、「日本をこうしたい」という、将来の大筋の方向性、すなわち「ビッグピクチャ」を描くことだと指摘します。思い切って大風呂敷を広げ、日本のあるべき姿を語るべきだと考えています。同時に、今できることを始めること、地域社会の中のごく小さい集団でいいから、理想の在り方を実現するよう努力すべきだと提案します。

将来がどうなるか全く読めない混沌の時代だからこそ、ビッグピクチャ、大きな方向性を明確化しておくべきこと、そして私たち一人ひとりがそれぞれ身の回りでできることから着手することが、より良い世界を実現することにつながるのだというメッセージとともに、情報の受け取り方を学んだ講演でした。

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